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(No173) 立川談春 独演会 鑑賞記 その2          

 2010年4月28日(水)、京都府立府民ホールALTIにて。




立川 談春 「お若伊之助」


 江戸は日本橋の石町(こくちょう)に栄屋という大きな生薬屋(きぐすりや)がございまして、旦那は亡くなったんですが、おかみさんがいい人で、変わらず繁昌している。
 一人娘のお若は18で、今小町と呼ばれる美人。楽しみは娘の成長だけ、ということで、娘のゆうことは金で済むことなら何でも叶えてやる。ある日、お若さんが一中節
(いっちゅうぶし)を習いたいと言い出した。

 ところが店が繁昌して猫の手も借りたいところだから、お稽古に出る時に付けてやる人手がない。と言って、大切な娘を一人で通わす訳にもいかないので、誰か師匠に来てもらおうとゆうことで出入りの鳶
(とび)の頭で初五郎とゆう者が顔が広いので相談をした。



  

「あっ、それでしたら、うってつけのが。伊之助と申しまして、歳は24・・・」
「それは困るねぇ。だって、お若は嫁入り前だから、もし間違いがあったら・・・」
「いえ、それは大丈夫です。こいつは元は菅野伊之助と申しまして侍でして。
 堅い男ですし、何しろ私が間に入ってるですから間違いなんぞ起こりっこありません。

 それに、栄屋さんのような所に出入りさせてもらってるてぇと、こいつの芸人としての格がぐん!と上がりますので、是非、お願ぇいたします、これ、この通り・・・・(お辞儀)
「そうかい?まぁ。鳶頭
(かしら)がそこまでゆうんだったら・・・・」

 とゆうことで伊之助が通ってくることになったんですが、この伊之助。男前のことをよく「役者にしてもいい」なんて言いますが、役者が「ごめんなさい」と言うほどの男。

 遠くて近きは男女の仲、とか申します。近くて遠いは田舎の道・・・・。
 そんな二人が差し向かいで、「はぁ〜♪」とか「ほぉ〜♪」とかいってるんですから、いつしか、その・・・・・・俗な言い方でゆうと、できちゃった。

 

 こうゆう言い方、京都には、そぐいませんか?始まったとたん、まずいな!って思ったんだけど。

 母親ってのは敏感でして、稽古だとゆうのに閉めきったまま、鳴り物一つしない。そぉ〜っと中をうかがってみると、睦みあっている。これは・・・ってんで、さっそく初五郎を呼び出す。

「鳶頭、悪いんだけど、伊之助さん、今日を限りに出入りを止めたいんだ。いえ、うちのお若と妙な仲になってね」
「えっ!あの野郎!さっそく行って、半殺しの目に・・・」
「いえ、そんな乱暴なことはよしておくれ。ここに20両ある。つまり・・・・手切れなんだ。これだけのものを出すんだから、二度と足を運ばないようにしてもらいたい」

 初五郎がきつく伊之助を叱って「了見違いでございました」と謝ったが、それで済まないのがお若さん。
 焦がれる気持ちが募るばかりなので、こりゃ、家
(うち)に置いてちゃダメだってんで、おかみさんの義理のお兄さんで、根岸に道場を開いてる長尾一鶴という剣術の先生のとこへ預けることにした。

 この根岸というのは、落語界にとっては呪われた土地でございまして。(会場、笑い)
 笑っても罪にはなりません。

 根岸は、あの三平一家が根城としてまして。・・・・・・・面と向った悪口は、お嫌いですか?
 根岸には有名な豆腐料理の店があるのですが、そこより海老名家の方がよっぽど有名だとゆう・・・・・・・。

 もともと根岸とゆうのは、何の歌でも下の句に「〜根岸の里の侘び住まい」とつければ歌になると言われたほど、金持の別荘だの、文人墨客が庵(いおり)を結んだりする閑静な所でございました。
 賑やかな日本橋の石町とは全く違う。いわば隔離されたわけで、聞こえると言えば、朝夕の読経か、ヤッ!トウ!の音ぐらい。
 お若さん、すっかり気鬱、いわゆる恋煩いになって、寝たり起きたり・・・・になってしまった。

 任せろと胸を叩いて預かった可愛い姪っ子ですから、妹の手前もあって返すわけにもいかない。根岸に来て1年、今じゃ、すっかり寝っぱなしになってしまった。

 弥生3月、ひと雨降って、あがった後、お若さんが所在なげに縁側に座ってる。見るともなしに見てると、空は、刷毛で薄紅(うすべに)を流したような夕焼け。

 小紋の縮緬(ちりめん)を着てたたずむお若さんの姿はぞっとするほど美しく、さながら一幅の絵。そこに一陣の風が吹き、桜の花びらを舞い上がらせ、一片(ひとひら)がお若さんの手に。
 ああ、なぜ伊之助さんは便りの一本もくれないのだろう。よそにいい人ができたのかしら。そんなことになったら私はもう生きてられないから、淵川に身を投げて死んでしまおう。それにしても、その前に一目だけでも逢いたいものだ・・・・・・そんなことを考えて、ふっと向こうを見ると、垣根の向こう側に男の後ろ姿。

 雨にあったせいなのか、ほっかむりをして、着物をぐぅ〜っと高く尻っぱしょりして、そこに雪駄を挟み込むというなかなか、いい格好をしている後ろ姿に何だか見覚えがある。
 まさか・・・・・と、縁側から庭に飛び降り、つつつつっと駆け寄り、声をかける。

 振り返った姿は、まごうことなき菅野伊之助。

 ここが大事なんですよ。決して立川志の輔ではない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・こうゆう所が談志に似た。せっかく(噺を)聴いてやろうとゆう雰囲気になったのに、なぜ自分で壊す?

 

 

 伊之助はお若を抱き寄せる。焼けぼっ杭に火がついて、それから毎夜、毎夜伊之助は通ってくる。そうすると、お若さんのお腹がだんだん前にせり出してきた。

 こうなると、さすがに堅い剣術の先生でもおかしいな、と気付く。
「これはいかん。門弟の者と通じたか、あるいは外から通って来る者がいるのか。いずれにしても油断はならん」

 もう手遅れなんですが

 ある夜、お若さんの部屋の様子を伺うと、人影が二つ。こっそりと見てみると、以前見かけた一中節の伊之助に間違いない。
 一刀の下に斬り捨てるのはた易いのですが、初五郎に話をしてからでも遅くはあるまいと、その夜は見逃して、あくる朝、さっそく初五郎に使いを出した。

「ごめんくだせえやし!お頼申しやす!」
「どぉ〜〜れ」
「あっしゃあ、に組の初五郎ってぇ鳶のもんですが、お招きをあずかりまして、とるもんもとりあえず駆けつけてめえりやしたと、こう、お取次ぎ、お願
(ねげぇ)しやす」
「・・・・・・・・さ、さようか。暫時、お待ちを。

 

・・・・・・あのぉ先生、おでん屋が参りました」
「何?」
煮込みのお初を持ってきたと。葱鮪
(ねぎま)もございます。かけてくわえてトロロもいかかが、と」
「さような物は誂えておらん。どうも、その方は、取次ぎが粗忽でいかん。今一度聞いてまいれ」

 

「先生。聞いてまいりました。わたくしの聞き間違いでございました。
 に組の初五郎というのを煮込みのお初。お招きにあずかり・・・というのを葱鮪、とるものもとりあえず・・・というのをトロロと。何しろ、大変な早口で」

 すぐに通させて、

「ああ、鳶頭(かしら)、よく来てくださった。

 伊之助を紹介してくれたのは・・・・・お前だな?」
「それを言われると面目ない。何しろ、1年も前のことなんで、どうかご勘弁を」

「その折、栄屋から20両の手切れが出ていると聞いておるのだが・・・・」
「へえ。あっしゃあ、そんなこと結構ですよと申し上げたんですが、後でゴタゴタしてはいけない、二度と近づかないようにしておくれ、とおかみさんが」

「その金は伊之助に渡っておるのかな?それとも・・・・・鳶頭に入り用があって一時の融通で、まだ伊之助の手に渡っていない・・・・とゆうようなことはないか」
(むっとして)それじゃ、あっしがその金を猫ばばしたとでも?あっしゃあ、これでも人からは頭とか棟梁とか言われてるんだ。100両、200両の金を預かることもあるが、1文だって妙なことはしたことがねぇ。金にはきれい、堅いと・・・」
「いや、鳶頭を疑っておるのではない。では、その金、間違いなく伊之助に渡っておるのだな?手は切れておるのだな?」

「へい!切れております」
「切れてなければ、どうする?」
「そんな時は、行って、野郎の手足をおっぺしょっちまいやす
(折ってしまいます)。そっ首ひっこ抜いてでも・・・」
「さようか。行け!みごとにやってみせよ!」
「え?それじゃあ・・・」
「昨夜も通って来ているのを拙者が見ておる。それにお若は懐妊いたしておるのじゃ」
「あ、あの野郎!!」

 一度ならず二度も人に煮え湯を飲ませやがって・・・・とすっかり頭に血がのぼった初五郎。
 根岸から、伊之助の家のある両国まで駆け出していく。

 走る格好が、両手を前後に振るのではなく、肘を曲げて両脇に広げ、そして、その両手を腹の前で交差させる・・・という繰り返しで表現。

 ようやく、両国に着き、伊之助の家に怒鳴り込む。

 

「やい!伊之助!てめえ、いったい何の恨みがあって、俺に仇(あだ)をする?

 だいたい、おめえは、もともと俺の身内でも、兄弟分でもねえ。八幡山の楊弓場で、おめえの方から声をかけてきたんじゃねえか。

 私は元は侍ですが、一中節で身を立てようと考えております。が、こればかりはお客様の取立てがないとどうにもなりません。顔の広い鳶頭に何とか・・・と言うから、つき合い出した。

 俺ぁ、おめえが真面目な奴だと思ったからこそ、よし、一人前の芸人にしてやろうとあちこちに声をかけた。中にゃあ、何で鳶頭が侍崩れの芸人なんかに肩入れするんだと言う奴もいたが、見てろ、奴は必ず末には天下を取る・・・そう言ってきたんだ!
(昂奮して、床をどん!と叩く。と、置いてあった扇子がその拍子におどった。すかさず・・)
 見ろ、土瓶がひっくり返った。拭けぃ!

 栄屋のおかみさんだって、最初は嫌がったんだ。それを頭の百っぺんも下げて・・・・・

 何で根岸に行くんだよ!

 そっ首ひっこ抜いてめえりやす・・・・と言ったもんの、おめえの顔を見ちまうと、そうも行かねえじゃねえか。妙におめえのことが気にいってるから。

 お若さんは、堅い商人(あきんど)の家の一人娘、一緒になれる筈がねえ。いくらでも、よそに女はできるだろう?それを・・・・・はらんじゃったってゆうじゃねえか!」

(困惑げに)・・・・・話がよく分からない。私も男でございます。ああゆう物をいただいた以上、一切会っておりません。根岸にお住まいとゆうのも、今初めて聞きました。

 それに、落ち着いてください。他の日ならいざ知らず、夕べに限っては、根岸に行ける筈がございません。

 だって、夕べ、鳶頭は、胸の晴れねえことがあるんだ、飯をつき合えっておっしゃって、川長(かわちょう)でご飯をいただきました。
 で、まだ、晴れねえ、吉原
(なか)行こうとおっしゃって、いつもの角海老(かどえび)に登楼(あが)ったじゃありませんか」

(ふと、我に返り)そうだよなぁ?あの剣術使(つけ)ぇ、俺が猫ばばしたような事ぉ言いやがるから、カァ〜っとして・・・・・。おめえ、ずっと一緒にいたよなぁ?よし、俺ぁ、ちょっと行って、言ってくる!」

(と、また、さっきと同じ走り方)

「おぉ、鳶頭。どうじゃ、ひっこ抜いてまいったか?」
「いや、ひっこ抜かねぇ。

 と、言うのは、昨日は仲間の寄り合いで、ちっと業腹なことがあったもんで、伊之助の野郎を誘って川長で飯を食って、それでも、まだむしゃくしゃするもんだから、一緒に吉原(なか)ぁ繰り込んで、角海老に登楼ったんでさぁ。

 ですから、夕べに限っては、奴が根岸に行ける筈がないという訳で」

「・・・・・・・なぜ、それを最初に言わない?
「それは、ちっとカァ〜っときたもんだから」

「うん。鳶頭は嘘偽りが言えるような人間ではないことは拙者、見てとった。
 しかし、角海老といえば、拙者のような者でも知っている大見世。角海老が芸人を客に取るか?」

「あ、いや、あっしらみてえな半纏着も登楼
(あげ)ねえんですが、あっしゃあ、そこの旦那の知り合いなんで、内々で遊ばしてもらってんですよ。伊之助は茶屋にさがって、翌朝、迎えに・・・」
「そこだ!」
「どこ?」

「お前を寝かしつけておいて、茶屋に下がる振りをして大門を出る。すると駕籠というひょうきん者がいる。吉原と根岸と言えば、目と鼻の先。駕籠に乗れば、煙草二、三服のうちに根岸に着くぞ。
 そして、お若と逢引をいたし、朝になれば何食わぬ顔でその方を迎えに来る。

 鳶頭ぁ、お前は寝呆かしを食ったのじゃ。瞬時にそのくらいのことが見抜けずに、頭だの、しっぽだのと言われるか?」

「ああ!なるほど!くっそぉ〜〜、あの野郎!!」

(また、あの走り方で伊之助の元へ。「疑いは晴れましたか?」とにこやかに迎える伊之助に、一鶴から言われた台詞をそのままぶつける)

「・・・・・確かにいつもはそうです。でも夕べは違ったじゃありませんか。

 どうしても胸のモヤモヤが晴れねえ。俺ぁ、ここに女と遊びたくて来た訳じゃねえから、一晩付き合ってくれとおっしゃって、差し向かいでお話をお聴きしました。

 私は、初めて聴くお話ばかりで、ああ、鳶頭は、こんな苦労もなさったんだなぁと思って聴いているうちに東の空が明るくなって、『あの、鳶頭。もう、夜が明けましたよ』と申し上げたら、じゃあ、ここに居てもしょうがねぇとおっしゃって、駕籠を誂えて、それで風呂に入って帰ったじゃありませんか」

そうだよなぁ?お互ぇ、寝てねぇよなぁ?・・・・・もう、何がどうなってんだか?ああ、伊之、おめえは、もういいよ。俺ぁ、ちょっと根岸まで・・・」

 と、今度は、こうは(と、例の腕を横に振る仕草)いかない。ヨロヨロヨロ・・・・っと、根岸まで。

 

「おお、旦那。もう、往生しておくんねぇ。あっしゃあ、幾度行きあやぁいいんですか?

 一鶴は、鳶頭から事情を聞き、あいつは今夜も逢引に来るだろうから、一緒に確かめてくれと頼む。

 酒肴を出したが、何せ根岸・両国二往復でヘロヘロの鳶頭、わずかな酒でベロベロになってしまった。

 次の間に布団が・・・と言われてたちまち高いびき。

 一鶴は寝もやらず待っていたが、折から打ち出だす寛永寺の鐘がぼぉ〜〜ん。
 木戸が開いた気配に、お若の寝間の様子を伺うと確かに二つの人影が。

 
「鳶頭、鳶頭!」
(寝ぼけて)ちっきしょ〜〜!!火事はどこだ!」 

「いや、火事ではない。大きな声を出すでない。伊之助が参ったのじゃ」

 こっそりと一鶴が様子を伺い、中の伊之助を確認する。
 そして、初五郎を手招きし、見てみろとばかりに「どうぞ!」と手を出す。

 初五郎は、無言で「俺?見るの?」という手振りをして、のぞき、あっと驚く。
 間違いないなと確かめて、一鶴は鉄砲を構え、火縄に火を付ける。

「ええ!それ、種子島の短筒じゃないですか!本物でしょ?引き金ひいたら、菜ばしが出て、下に旗がさがる奴じゃないでしょ?

 伊之助はともかく、もし、お嬢さんに当たったら・・・」
「案ずるでない!」 

 だぁ〜〜〜ん!!という轟音とともに、弾が伊之助を貫く。お若は気を失って倒れてしまう。と、お若の離れ全体がぐらぐらと揺れ動き・・・・・。門人がやって来て、

「先生、いかがいたしました?物凄い音がしましたが。拙者、日頃の腕前を・・・・・」
「おでん屋はさがっておれ」

 鳶頭は耳を押さえて震えていたが、一鶴に言われて、伊之助の上の筵をはねる。

「先生!大きな狸ですよ!!」
「伊之助でなくてめでたいな」
「んなことは、どうでもいい」
「お若が伊之助を慕う一念があまりに強いので、年経
(ふ)る狸が伊之助に化けて、たぶらかしに参ったのじゃ」

「ええぇ〜?この〜スケベ狸!(と叩く)てめえのせいで、俺は何べん往復させられたことか!この野郎!(叩く)

 おめえは、毎晩、お若さんと・・・・・・ちきしょう!俺も狸になりたい!

 結局、お若さんは狸の双子を産んだが、すぐに絶命し埋めたのが、根岸御行(ごぎょう)の松、因果塚の由来の一席でございました・・・・・と結ぶ。

 まあ、ラストが訳分かんないし、これからお若さんは、どうなるんだろうと心配になる噺である。 

 店の名前(栄屋など)については『志ん朝の落語 1』(ちくま文庫)を参考にした。

 ただ、「いっかく」は、その本には「一角」とあったのだが、つい浪曲師「田辺一鶴」の連想で「一鶴」と書いてしまったので、そのまま通した。
 また、同書には「寝こかし」と書いてあったが、私には「ねぼかし」と聞こえたので、そうした。

 




 

 どうも、お退屈さまでした。毎度のことですが、録音はしてません。殴り書きメモとうろ覚えの記憶で勝手に再構成してます。聞き違い、記憶違いはご容赦ください。  
 



 

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