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(No255) 立川談春独演会 鑑賞記その5   
          

 平成23年4月30日(土)、京都府立府民ホール アルティで開催された立川談春独演会のメモ。

 



立川 談春 「紺屋高尾」


 ああゆうとこは、店にいきなり上がるんじゃなく、まず茶屋ってとこに参ります。

 久蔵に幸いしたのが、この薮井先生、吉原じゃ大変に顔が利いた。というのは、薮井先生が連れてくる客、連れてくる客、どれも金払いはいい、店と揉め事は起こさない、大変に筋のいい客ばかりでして。

 
「ごめんよ」
「あら?薮井先生、お久しぶりでございます。
 おや、先生、お連れの若旦那は?初めてでらっしゃいますよね?」
「ああ、初店で悪いんだがね。こちらは野田の醤油問屋の若旦那なんだが、どうゆうわけか、三浦屋の高尾さんをお名指しなんだ。
 すまないが、お願いできないか?」
「ええ?高尾太夫ですか?ご存知でしょうけど、高尾太夫は大層売れっ妓ですのでねぇ。難しいと思いますが、薮井先生のおっしゃることなんで、ちょっと言ってみます」

・・・・・・まあ、こんなことには普通ならないんですが、あの薮井先生が何も言わないで、いきなり高尾太夫で名指し・・・・。ってことは、この若旦那、よっぽど太い客(註 大物とか、太い金づるになる、おろそかにしてはいけない客といった意味だろうか?)なんだろうと、何も言わないのに茶屋の女将が勝手に勘違いしましてね。三浦屋に話をした。

 で、三浦屋の方も、本当にたまたまなんですが、高尾についてた客が、急に用事ができて来れなくなった。店も金の成る木なんで、遊ばせておくよりは・・・てんで、上楼(あが)れることになった。

 こうなると、高尾の家に招かれる・・・ってことなんで竹庵先生もついていく訳にはいかない。
 贅も粋も尽くした部屋で、久蔵、手ぇ出しちゃいけないって言われてるんで、こう、たもとん中に入れてる。と、身体が小刻みに震えだした。

 すると、禿(かむろ)の横っ座(つあ)りって、横に来て、しなだれかかるように座って、煙管を差し出して「一服、吸いなんし」。
 こりゃあ、吸いたいね。久蔵、普段はタバコなんぞ吸わないんだが、あの高尾が吸いつけてくれたタバコだ。でも手ぇ出しちゃいけないって言われてるから、こう・・・・たもとに手ぇ入れたまま
(苦労して口から迎えに行くようにして必死に吸う)

 とにかく3年の間、惚れぬいた花魁(おいらん)が横にいる。身体の震えは大きくなるばかり。
 高尾の方も、何を訊いても「あいあい」、「あいあい」としか言わないし、変わった人だなぁと思ってたけど、どこがどう気に入られたのか、初めてだってぇのに、男と女の仲になりまして。

 久蔵は、男にしてもらった。
 横で、高尾はすやすやと寝息を立てている。久蔵ときたら、寝るどころじゃねえ。
 寝ちゃいねえけど、起きてちゃ高尾が気を使うだろうってんで、寝たふりをしてた。
 久蔵が思ってたことはただ一つ。カラスよ、鳴くな。朝が来なけりゃ、こうしていつまでも高尾といられる。夢ならさめないでくれ。
 でも、そんな願いが叶う筈もなく、カラスが鳴く。夜が白んでくる。

「ああ・・・・・明けちゃった・・・・」

 と、高尾がつい!と床から立って、すっと廊下に出て、襖を閉めた。

「ああ、閉められちゃった。行っちゃった・・・・」

 これは出て行ったわけではございませんで、高尾と久蔵は、夫婦になったわけでございますから、亭主に寝顔を見せるわけにはいかない。化粧をして、戻ってまいりました。

 久蔵は寝たふりを続けておりますが、分からない筈がない。というのも、目をしっかり握って(註 メモでは「つぶって」ではなく「にぎって」とある)、汗をダラダラかいてますから。

 高尾は、しばらく久蔵の顔を見てましたが、頃もいいだろうって時に
「お目覚めなんしょ」と声をかけた。

 そして、また煙管を差し出す。吸えないタバコだが、久蔵の奴、火玉が躍るほど吸いつけて。

「お裏は、いつざますか?」
「・・・・・・・へ?・・・・あいあい」
「そうではござんせん。今度、いつ来てくんなますか?」
(しばらく黙っていたが、やがて意を決するように)3年たったら、また来ます」
「3年とは、ずいぶん長
(なご)ぉありんす」
「3年たたないと来れないんです。金がないんです」
「まあ、そんな、おほほほほ」
「信じてもらえないんですね。
 花魁、お腹も立つだろうけど、聞いておくんなさい。
 あっしゃぁ、野田の醤油問屋の若旦那なんかじゃない。
(たもとに隠していた指を見せる)神田お玉が池の紺屋六兵衛んとこの職人です。

 3年前、花魁道中で花魁のことを一目見て、惚れちまって、かみさんにしたいって親方に言いました。

 親方からは住む世界が違う、忘れろって言われたんですが、どうしても忘れられなくて、そしたら病気になっちまって、親方が3年必死で働いたら会わせてやるって言ってくれました。

 あっしもバカじゃないから、しばらくしたら、親方の言ってることが正しいんだと分かりました。また具合が悪くなったけど、あっしみたいなもんのこと、あんなに考えてもらってるから、ここで倒れる訳にはいかねえって、歯ぁ食いしばって働きました。
 で、もし金が貯まっても口が裂けても会いたいなんて言わないでおこう。そう決めてたんですが、貯まったって分かると、気持ちにフタができなくて・・・・・・。

 でも、夢が叶いました。死ぬ気で3年働いたけど、死ななかったから、今度はもっと頑張って2年で来ますから、会ってください!

・・・・・・・・・プイと横、向いちまうんですね。そうですか・・・・・・。会ってくれないとなると、花魁は、そのうち、お大名の側室になるか、金持ちの商人(あきんど)のおかみさんになってるか・・・・。でも、おいらには、いつまでも花魁だから。この広い江戸だって、生きてりゃ、きっとどこかで会えると思います。
 そん時ゃ、どうかイヤな顔せずに『・・・・久さん。元気?』って、そう言ってくれませんか?その一言で生きていきます!」

 久蔵は目を閉じたまま。高尾は、つっ!と左の目からだけ、涙が一筋伝わった。それを横を向いて、小指でそっとぬぐった。

 久蔵は、あんまり静かなもんだから、ひょい!と顔を上げた。

「・・・・・・花魁。本当のことを言っちゃあいけないんですか?

 ・・・・・・・ずっと・・・・・・・このままでいいんですか?

 幸せなんですか?・・・・・・・・・・・・・・・すいません。生意気なこと言いました」

 久蔵が帰ろうとした時、こらえきれず、高尾の両目から涙が。

「来年3月15日、あちきは年季が明けるざます。

 明けたら、眉毛を抜いて、歯に鉄漿
(かね)染めて、久蔵はんの女房にしてくんなますか?」

「・・・・・・・・・・・・・ダメだよ。花魁。本気にするから。
 大丈夫。生きていけます」

「ぬしの正直に高尾は惚れんした」
 と、高尾は簪
(かんざし)を抜いて、手文庫の引き出しを開けて30両という金を出して、これは後日の証拠に・・・・と久蔵に手渡した。

「久蔵はんも、あちきとこういう仲になった限りは、二度とこの里に足を踏み入れてはなりんせんよ」
 と、クギを一本差して、亭主の扱いで送り出した。



 久蔵っは、てぇとどっからが夢で、どっからがまことなんだか、分からない。

(ふらふらっと店に着き、戸を叩いて「ただいま」と言おうとして)
「たっ、た、たった、たった、たった・・・・」
行司か?誰?誰なの?何?久蔵?・・・・ダメだったろ?振られたろ?何?会えた?グーで殴るぞ。おめえ、うちの店、近所の連中、集まってまんじりともしねぇや。バカ野郎、それもこれも、おめえの首尾が気になって・・・。え?ほんとに会えたのか?
 ああゆうとこは一見
(いちげん)は断るもんだぞ。会ったって、おめえ、そりゃ、振袖新造とか留袖新造とか・・・」

「違います。高尾がね。来年3月15日に年季が明けるざますから、久蔵はんのとこに嫁に行くでありんす、と。こう言うんでありんす。
 あちきは、いったいどうしたら、いいんでありんしょう?」
まともな人間、一人ダメにしちまった。

 おい!あの花魁って、何で”おいらん”て言うのか知ってるか?狐、狸は尾で人をだます。花魁は尾がなくても人をだますから、”尾要らん”で”おいらん”てゆうんだぞ!
 上から下まで骨抜きにされやがって!」
「う、うそじゃないですよ。これを見てください」
「何?勘定書きか?ったく、バカぁ固まっちまったね。何だって?え?30両?・・・・・引き算すると儲かった?
 うん。こりゃ、何かのエサだ。ところで、おめえ、竹庵先生は?」

「あっ、忘れてきました」
「何?おめえ、恩人の先生を。まあ、いいか。いねえ方が人死にが出なくて、いい。

・・・・・・・・会えたな。よかったな」

 久蔵はそれから、誰も久蔵とは呼びません。
「おい!あの来年3月15日はどうしてる?」
「ああ、来年3月15日は今、昼飯に・・・・あっ、帰ってきました」
「あっ、親方。今、戻りました」
「あ、来年3月15日か。おめえ、今日はもう、あがりだろ?」
「はい。そうです。それじゃあ、来年3月15日・・・」

 

 正月から如月、弥生・・・・・・。ある日、店の前に黒塗り、四つ手の駕籠がとまりまして、中から高尾が。
「これ、小僧どん。あちきの久蔵はんは、おいでかい?」

「お、親方〜!!!へへへ、た、たか、たかたか、かたかたかたかた・・・・」

「うちゃあ、まともな人は一人もいねえのか?小僧くれぇは頑張れよ。お前もグー(で殴られたいの)か?

 どうしたって・・・おお!おい!来年3月15日!高尾だ!」

 これ聞いて、久蔵、二階からうわぁ〜!!と叫びながら転がるように降りてきて、親方の頭、飛び越して、高尾の前に。

「よく来てくれた。ずっと待ってたんだよ」

「・・・・・・・・久さん、元気?

(親方はかみさんに)何が、『ちぇっ!』だよ!豆腐屋のお花ちゃん?なもなぁ、どうでもいい。さ、さあ。中へ、中へ!」

 

 

(町人同士の噂話)
「俺ぁ、三浦屋の高尾は偉いと思うね。望めばどこへでも行けんだぜ。
 店やひいき筋から花嫁衣裳を・・・と言われたらしいが、全部断ったらしい。あちきは紺屋の職人のおかみさんになるんざますってよ」
「3年働いたのを一晩でどぉ〜んってのがいいんだな。俺もおめえも毎晩チョビチョビいくだろ?

 久蔵の店、行くと、あの高尾が『また、来てくんなまし』なんて言うんだよ。行こうぜ」
「でも手ぶらじゃ・・・」
「あたりめえだ。江戸っ子がそんなことできるかい。俺ぁ、店行くたんびに何か染めてもらってる。面掛けとかよ。だから今じゃ、家ん中、真っ青だ。何があっても、家にいりゃ、すぐ落ち着いちゃう。今日は、ふんどしでも染めてもらおうかと・・・・」

 門前に市をなす賑わいで。

 この二人、共白髪まで仲良く添い遂げたと言います。傾城に誠なしと誰ぞがゆうた。紺屋高尾の一席でございます。

 

 ありがとうございます、ありがとうございますと左右に礼をしながら、幕はおりていく。

 これまでの談春の独演会では、幕が下りずに、又は下りかけた幕を強引にもう一度上げ直させて、何かひとこと言っていた。(去年の秋に初めて京都で聴いた時も、今年の初めにNHKホールで聴いた時も、3月に堺で聴いた時も)

 しかし、今回、幕はそのまま下り、そのまま独演会は終った。

 時計を見ると、だいたい2時間。前座が一席やって、二席の談春、「紺屋高尾」の大ネタで2時間。何も文句はない。

 これまでは「いいんですか?今日は帰れないよ」なんて冗談言いながら2時間半、3時間、3時間半・・・・・。そっちが「異常」なんで、いつもいつもそんなじゃ身体がもたないだろう。
 独演会で「2時間」というのは関西での独演会も特別なものでなくなった、馴染みのものになったという証しとみるべきなのかもしれない。

 今日の「紺屋高尾」も、久蔵の長セリフが談春の真骨頂ってとこなんだろう。

 年季が明けて、約束通り、店に来た高尾が最初に久蔵にかけたセリフが「久さん、元気?」
 ここは、ほんと泣けるセリフだ。

 今日も素晴らしい高座だった。

 ただ・・・・・・・まあ、これで、しばらくは談春は、いいかな・・・・って思った。 



 どうも、お退屈さまでした。殴り書きのメモとうろ覚えの記憶で勝手に再構成してます。聞き違い、記憶違いはご容赦ください。  
 



 

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