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(No105) 第30回市民寄席 桂米朝一門会 鑑賞記その2       

 平成20年10月1日、堺市民会館での公演・・・・・の続き。

 

 


(3) 桂文我 「試し酒」

 
いつもながら、にこやかに、ふくよかな表情での登場。
 本日はお酒のお噺をさせていただこうと思うんですが。

 わたくし、桂文我を名乗らせていただいておりますが、これは実は四代目でございまして。
 ということは、歴史上、これまでに私の前に三人の文我がおったということなんですが、三代目の文我は平成4年まで生きておりました。

 ひょろっとした人で、これ以上痩せられんて感じでね。骨付きカルビみたい。

 地味ぃな噺家でしたんで、ひょっとするとご記憶の方も少ないかも知れません。
 この方の口癖が「わしは60からの芸人や」、「60からのわしを見といてくれ」ゆうもんでしたが、59歳で亡くなってしまいはりまして・・・・。

 うまいこと、自分の人生にもオチを付けはったんです。

 この文我師匠が、お酒を浴びるように呑みはるんですな。ほんで、ベロベロに酔いはるんです。

 私、昔は雀司ゆうてたんですが、文我師匠が酔うたはる時、近くを通ったりすると呼び止められるんですね。

(酔っ払いの口調で)「じゃくしくん、じゃくしくん!」
(やや迷惑そうに)「あ、はい?何ですか?」
「君ねぇ。君の顔、ペケ!
(と、手で×印を作る)

 そんなん、どない見ても三代目師匠の顔の方がペケなんでっせ。

 この師匠がよぉ出てはったんが動物園前
(注 地下鉄の駅名。大阪市立動物園の前という意味。通天閣などがある、いわゆる「新世界」の最寄駅)、じゃんじゃん町んとこにある「新花月」ゆう劇場でした。
 ここの劇場は200人くらい入るんですが、そのうち素面
(しらふ。酒を呑んでない人)は20人くらい。後は全部、ワンカップ(の酒)を持って「やれるもんやったら、やってみい」。

 私もいっぺん出さしてもうたんですが、出たらいきなり客席最前列、右端の人が大きな声で「やめとけ!」

 こら、つらい。出てきた時に「待ってました!」ゆわれたら嬉しいですけどねぇ。こないだ、帰る時に「待ってました!」て言われました。

 まあ、先に出た者の噺を袖で聴いている訳ではないだろうから(特に後輩が、先輩の噺を勉強のため舞台の袖で聴くことは多いだろうが、先輩は自分より前座の者の噺はほとんど聴かないだろう)仕方ないが、まるで同じギャグを直前のよね吉がやったところなので、会場中をしらけた雰囲気が走ったと思う。

 右端の人が「やめとけ」て言いはったんですが、今度は左端の人が「聞いたれ!」
 「やめとけ」と「聞いたれ」。この両端の人が真ん中でつかみ合いの喧嘩を始めましてね。真ん中の噺家が「まあまあ」て仲裁に入って。
 その内に、劇場の支配人が出てきて、二人をロビーへつまみ出した。
 そしたら、劇場中の全員がロビーへ出てしまいましてね。
 どうも、舞台でやってるやつより、ロビーの方がおもろなりそうや、ゆうんで。

 そしたら、ロビーで血みどろの喧嘩でもやってるんか思いますやろ?ところが、ロビーに行ってみたら、その二人がソファーに仲良く並んで腰掛けて、「今日は受けたなぁ」て。

 

 お酒ゆうたら、強い人はとことん強いけど、弱い人は皆目呑めませんからな。

 ある、そうゆう呑めん人が、どっかから二枚の酒の粕を贈ってもらいよって、両面をこんがりと火ぃで炙りまして、黒砂糖をかじりながら、食べたところ、それでベロベロに酔うてしもうたんですなぁ。

「お、おぅ。こら、えらい、ええ心持ちになったなぁ。ああ、これが酔うたゆうもんなんかぁ。
 あ、せや。いつも、友達仲間がわいのこと、酒をよぉ呑まんゆうて馬鹿にするさかい、自慢してきたろ。


 よし、こいつとこ、行ったろ。

 おう、こんちわぁ。でや、わい、今日は赤い顔してるやろ」
「麻疹
(はしか)か?」
「ちゃうわい!酒に酔うたんじゃい」
「へぇえ?お前、酒、呑めたんかい。で、何ぼほど呑んでん?」
「これくらいのを
(手で四角い形をつくって)二枚」

「・・・・・・・お前、酒粕食うたな?」
「何でわかるねん?」
「わからいでか。どこの世界に酒呑むのに二枚ゆう奴がおんねん。
 ええこと教えたろ。もし、今度、誰ぞが何ぼ呑んでん?て訊いたら、これくらいの
(両手で大きな盃を持つような格好をして)武蔵野で二杯て、こうゆえ。そしたら、向こうは感心しよる」
「ははぁ。そらええこと聞いた。おおきに、ありがとう。


 よし、今度は、こいつんとこ行ったろ。
 こんちは!でや、わい、顔赤いやろ?」
「かぶれたんかい?」
「ちゃうわい。酒、呑んだんじゃ」
「へ〜ぇ。お前、酒、呑めたんか。で、何ぼほど呑んだんや?」
「聞いて驚くなぁ。このくらいの武蔵野で二杯じゃ」
「ほぉ〜〜。えらいもんやなぁ。で、肴は何で呑んだんや?いや、ちゃうがな。アテは何で呑んだんやって訊いてんねんがな」
「アテかぁ?アテは・・・・黒砂糖」

「・・・・・・お前、酒粕食うたやろ?」

「何でわかんねん?」
「どこの世界に、黒砂糖かじりながら酒呑む人間がいてんねん。
 はは〜ん。お前、いつも酒が呑めんと馬鹿にされるさかい、そんなことゆうてんねんなぁ?
 ほな、ええこと教えたろ。もし、何を肴にしたんやて訊かれたら、鯛のぶつ切り、ワサビのぼっかけなんてことゆうてみい。相手、感心しよるさかい」
「ほぉ、そらええこと聞いた。おおきに、ありがとう。


 あかん、だいぶん、酔いが醒めてきたで。はよ行かんと。

 よし、今度はこいつとこ行こ。

 どや、わい赤い顔してるやろ。ゆうとくけど麻疹でもなけりゃ、かぶれでもないで。酒に酔うてるねん。このくらいの武蔵野に二杯呑んだんやから」

「へえ〜。そらえらいもんや。で、肴は何で呑んだんや?」
(ほくそえんで、小声で)台本通りや。
 肴は、鯛のぶつ切り、ワサビのぼっかけや」 
「なるほど!その肴やったら、一升が二升でも呑めるわなぁ。
 で、酒は燗
(かん)して呑んだんかい、それとも冷やか?」
「いや、よぉ焼いてや」
 私は、文我の高座は、この「酒粕」で終りなのか?と一瞬危ぶんだが、この小噺が終ったところでようやく文我は羽織を脱いだ。

 どうやら、この「酒粕」という噺は本日は前段の小噺扱いのようである。

「前田さん、今日は蔵出しの上等、幻の名酒が5升あるんです。どうです。ちょっと一杯、こんなこと?(と、酒を呑む仕草)
「ああ、そら、ありがとうございます。しかし、今日は供の者を連れておりますので、これで失礼させていただきます」
「供の者?いや、お供の方がいらっしゃるんやったら、一緒に呑んでもろたらよろしい」
「いや、今日、連れておりますのは飯炊きの権助とゆうものでして。礼儀も知りませんし、それにずいぶんと酒飲みですから、失礼があってはいけません」
「ええ?いくら酒飲みゆうても、5升もあるんですから」
「いや、うちの権助なら、5升あっても呑み尽くしてしまいかねませんし」
「ははは。1升や2升ならいざ知らず、5升てな酒、一人で呑める筈が。もし、5升の酒を一人で目の前で呑み干してしまうんやったら、こら一生の話の種になる。どうです。そしたら、有馬温泉にあなたと、その権助さん?その方を一泊ご招待しようやないですか」
「え?有馬温泉に一泊招待していただける?こら、ありがとうございます」
「もう、その気になったはりますな。そやけど、どうです?もし、呑めなんだら。そん時は、逆に、あんさんが私を有馬温泉に一泊招待してもらうとゆうことでよろしいか?」
「はあ。それで結構ですが」
「え?それでも、この話、受けなさる?よっぽど自信がおありなのじゃな。ほんなら、そのお供の方をお呼びになったら」
「へえ。これ、権助!権助!」

「はあ?あんだに〜?」
「旦さんが、かまへんからお前もこっちに上がり、ってゆうたはる」
「はあ、そうかに〜」
「旦さんに、挨拶せんかいな」
「はあ。ああ、こらこら、旦さん。いつも、これがお世話になって」
「そんな挨拶があるかいな。

 それでやな。旦さんが、お前が酒を5升呑んだら、わしとお前を有馬温泉に一泊ご招待してくれると、こうおっしゃっておいでなのじゃ」
「はあ・・・。5升かねぇ。おら、今まで、5升の酒って、呑んだことねえでね。呑めるかねぇ。・・・・・・・ちょっくら、待ってもらって、ええかねぇ?」


「ははは。前田さん。どうです?正直なもんで、5升の酒が呑めんから怖気づいて、どっかに行ってしまいよりましたがな。顔色変わってましたで」
「はあ・・。おかしいな。いつもなら、酒がなんぼあっても、平気な顔で呑んどるんですが」
「そやかて血相変えて・・・・・・・・・・あら?戻ってきましたな」


「ああ。えらいお待たせしましたぁ。呑める思いますで、ほなら、やらしてもらいますぅ」
「そうかぁ?無理しぃなや。
 ここに自慢の武蔵野
(塗りの大盃)があるねや。塗りも上等やろ?ちょうど、これに1升入るねん。ほなら、これで飲(や)ってもらお」
「おお。そしたら、これでいただくとすべぇ。ささ、どんと注いでくんなせぇ。さぁ、もっと勢い良く。もっと、尻
(けつ)さ、上げろ。いや、おめえのけつでねぇ、一升瓶のけつさ、あげろってゆうてるだ。
(自分の主人の方を見て)旦那、心配(しんぺえ)いらねぇ。もう温泉つかってるような気分になれ」
(扇子をいっぱいに拡げて大盃に見立て)
「クウ、クウ、クウ
(と、盃を上げ酒を呑む)・・・・・これは、なかなか・・・・・(最後を呑み干すべく、さっきよりやや小刻みに)クウ、クウ、クウ、クウ」(顔を隠すくらい完全に扇子を立てた状態から、ぱあ〜っと両手を開いて下ろしていって)
「1升、呑んだぞう」

「ほぉ、えらいもんやなぁ。しかし、まだ先は長いで。ほれ、次の1升や」
(再び、自分の主人を見て)顔色、変えいで、ええって。クウ、クウ、クウ・・・・ふ〜。こら、ええ酒だねぇ。こないだ、旦那に呑ませてもらった酒とは、だいぶ違うなぁ。
 この酒は、五臓六腑にしみわたるねえ。旦那に呑ませてもらった酒は、後戻りして頭にガビンと来るでねぇ。酒の名前聞いて、驚いた。名酒トリカブト・・・・・・。命があっただけ、よかっただ。

 クウ、クウ、クウ この酒は、酒の方で口ん中に飛び込んでくる。クウ、クウ、クウ、クウ どうだ。2升、呑んだぞ〜」

「ほぉ、大したもんだ。しかし、これで3升、峠やで」
「クウ、クウ、クウ ははは、おめえらも、ただ見てるだけじゃつまらねえだろう。この武蔵野、なんで武蔵野ってゆうか、教えてやろぉ。
 武蔵野てぇのは、江戸の野っぱらのことをゆうだ。この野っぱらは広くて、とても見尽くすことができねぇだ。
 野を見尽くすことができねぇ。野見尽くせねぇ、呑み尽くせねぇから武蔵野ってゆうだよ。
クウ、クウ、クウ 嘘かほんとか知らねぇけどな クウ、クウ、クウ よそでゆうな。
(じろっとスポンサーの旦那を見て)おめえは、いっつもこんないい酒、呑んでるかねぇ?・・・・・・あまり、ええ死に方せんぞ。クウ、クウ、クウ
 どうだ、峠は越えたぞぉ!」

「ほぉ、砂地に水が沁み込むようやな。ほな、4升やで」
「お、お、お。
(武蔵野を持つ手が震え)1升の酒ってこない重かったかな。クウ、クウ はは、有馬の湯ぅが目にちらついてきた。クウ、クウ お酒呑む人、花なら蕾 今日も咲け(酒)、咲け 明日も咲け・・・・ってな。昔の人はうめぇこと言ったもんだ。クウ、クウ 酒呑みは奴豆腐にさも似たり はじめ四角で、後はグズグズ・・・・てなぁ。ははは、昔の人はうめぇこと言った。
 酒のねえ国に行きてぇ二日酔い でも三日目に帰りたくなる・・・・てな。クウ、クウ、クウ ふ〜っ 4升呑んだぞう」

「おお〜。こら凄いもんや。しかしな。よぉ大食会なんぞでそばを100杯食べるなんて時でも98杯までは食べれても、後の1杯、2杯がどうしても入らんてなことはよぉあるもんやで」
「はは、あといっぺぇ呑めばええだな。
 しかしな、ちっと腹にたまってるでな。身体ゆすりながらでねぇと呑めねえだ。
(武蔵野をゆっくり回しながら呑む。それにつれ、身体もゆっくりと回しながら呑み干してゆく)クウ、クウ、クウ、クウ、クウ・・・・・・・・ぷわぁ〜〜っい。どうじゃ、有馬に招待してもらおうかい!」
「いやぁ招待する、招待する!生涯の話の種じゃ。しやけど、一つだけ教えてくれるか。あんた、呑む前にここ出ていったやろ。あん時に何ぞ、酒の呑める薬か、まじないでもやったんやろ。招待するから、それだけ教えてくれ」
「いやぁ、そんなもなぁ、ありゃあせん。わしゃあ、今まで5升てな酒を呑んだこたぁなかったでねぇ。ちょこっと表の居酒屋ぁ行って、試しに5升の酒ぇ呑んでみただよ」


 いわば、酒を延々と呑むだけの単調な噺なので、なかなか変化をつけるのは難しい。
 よね吉が客席を沸かしに沸かした後なので噺の選択が少し苦しかったか?



  どうも、お退屈さまでした。聞き違い、記憶違いはご容赦ください。

  
 



 

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