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京劇の世界(13)「白蛇伝」徹底比較

1 比較のきっかけ

 4月3日の中国京劇院公演で「白蛇伝」の中の「盗仙草」を観た。そして、6月には、上海京劇院の「白蛇伝」通し公演を観た。

 頭に来るのは、法海禅師のおせっかいぶり。「別に、許仙が蛇でもかまへん言うてるんなら、そんでええやん」そう思うのだが、執拗に二人の仲を裂きに来る。
 これは、法海がホモ趣味で、許仙が好みのタイプ。何とか白素貞から奪って・・・なんて考えてるんちゃうか、あの執着ぶりは、な〜んてアホなことを掲示板に書いていると、真樹操さんから、たしなめるが如く、「白蛇伝」のいわれについて紹介をいただいた。
 要は、今でこそ白・許の純愛物語のようになっているので、法海が人の恋路を邪魔する野暮な奴にうつるが、もともとは、性悪な妖怪に色仕掛けでたぶらかされている許仙を法力で救出するヒーローだったのだ、ということかと思う。

 それで思い出したのだが、「白蛇伝」パンフにも、金丸邦三大東文化大教授が「明代小説の『白蛇伝』」という文章を特別寄稿されておられた。
 「白蛇伝」の出典とされるのは明末の馮夢龍が編んだ『警世通言』「白娘子永鎮雷峰塔」とのことだったが、これは以前買った「中国古典文学全集19 今古奇観(下) 二言三拍 抄」(平凡社)に収められていた。

 もののついでで、「白蛇伝」を追って東へ西へ、というサブタイトルがついた『蛇女の伝説』(著:南條竹則。平凡社新書)を買った。


2 比較表

 『蛇女の伝説』によると、「蛇女による若者の誘惑」と「法師(あるいはそれに類した人物)による妖怪退治」まで単純化すると、唐代まで遡れるし、原典はギリシャかインドか・・・とスケールが大きくなるようだ。
 しかし、小説として現在の「白蛇伝」の骨格を備えた代表選手といえるのは、やはり『警世通言』「白娘子永鎮雷峰塔」。そして、数え切れないほど劇化された中の代表は、乾隆36年(1771)に出た方成培の台本「雷峰塔伝奇」とのことである。で、この両者と今回の上海京劇院公演の内容を比較してみよう。

摘要 『警世通言』白夫人がとこしえに雷峰塔に鎮められたこと 方成培「雷峰塔伝奇」 2002年上海京劇院公演
主人公の名 白夫人 白雲仙姑 白素貞
主人公の前身 大うわばみ 西王母の蟠桃園に棲む白蛇が、仙桃を盗み食いして神通力を得、峨嵋山連環洞で更に修行を積んだ 峨嵋山で千年の修行を経た白蛇
俗世にくだるきっかけ たまたま 有縁の士を済度するため(結婚) 観光
兄弟子 なし 黒風仙。俗世にくだるのを止めるが、彼女はきかない。  なし
最初の住み家 臨安の双茶坊巷 臨安の双茶坊巷の空家裘王府 銭塘門外の紅楼
小青(青青)の前身 西湖に住む千年を経た青魚の精 千年修行した青蛇の精。西湖の水族の長 峨嵋山で千年の修行を経た青蛇
小青との出会い ふとした廻り合わせで女中にした 裘王府で出会い、一戦交え、敗れた青青は侍女になる 特に紹介なし
許宣の身の上 両親とは死別。姉の夫で役人の李仁の家に同居。母方の李叔父の生薬店の番頭をつとめる 両親とは死別。姉の夫李君甫(字は李仁)は捕り方。李仁の紹介で王員外の生薬屋で働く 両親とは死別。姉夫婦と同居
なぜ白・青主従は西湖にいたか たまたま 青が「人手の多いのは西湖」と言ったので(=ナンパするのに盛り場に行った) 観光
白・青と許宣の出会い
「遊湖」
夕立に会い、知り合いの張じいさんの船に乗っていると、白・青主従が岸から乗せてくれと頼んだ(許宣に一目惚れ) 湖で舟に乗っていると夕立にあい、舟を岸辺につける。その舟に白氏主従が乗せてくれと頼んだ(雨は白氏が起こした) 折からの夕立で白・青が雨宿りしているところに通りかかった許仙が傘を貸し、船で送る
白の身分(自称) 白侍従の妹。張氏に嫁いだが、死別 杭州の白太守の娘 特になし
許宣の訪問 許宣から、傘を取りに行こうと考え、主人に嘘をついて出かける。 貸した傘を取りに翌日、訪問 貸した傘を取りに翌日、訪問
結婚の申込 白夫人が直接申し込む。
五十両の銀子を支度金として渡す
青児がずばり結婚を申し込む。貧しいと断るが、白氏が支度金を渡す 青児がずばり結婚を申し込む
第一の災難 許宣は銀子を結婚資金に姉に渡す。姉の夫李仁はこれが盗品と知り、訴え出る。許宣は逮捕され取調べを受ける。笞打ちを受け、蘇州に流される 渡された白銀ニ錠は、番号から盗品と判明。 なし
第一の失踪 捕り方は双茶坊巷の屋敷を捜索。白夫人は捕り方の目前で失踪。盗まれた銀は押収される 李仁は、双茶坊巷の屋敷を捜索。白・青は捕り方の目前で失踪。盗まれた銀は押収される なし
第一の離別 蘇州の牢城営に送られる。入牢は免除され、王氏の経営する宿屋に寝泊りする 李仁は、許宣を蘇州の友人で飯店(宿屋)を営む王敬渓のもとに行かせる なし
第一の復縁 白・青が訪ねてくる。白夫人は、銀は亡夫の残したものと弁解し、二人は結婚する 李仁は、許宣に白・青が妖怪であると手紙を出す。その後、白・青が訪ねてくる。
白氏は、銀は亡夫の仕業と弁解し、二人は結婚する
なし
開業 第二の復縁の後に開業 生薬屋を開業し、繁盛する 生薬屋を開業し、繁盛する
道士とのやり取り 道士が許宣の顔を見て妖怪払いの霊符を与える。白夫人は霊符を火にくべ、飲み下してみせる。白夫人は術で道士を空中に吊るす 道士魏飛霞は許宣の顔を見て、妖怪払いの霊符を与える。白氏はおふだを飲んでみせて疑いをはらす。その後、白・青は道士を打ち据える なし
第一の正体露呈
「端陽驚変」
なし 端午の節句に、許宣から雄黄酒を無理強いされ、正体を現す。許宣は失神 端午の節句に、許宣から雄黄酒を無理強いされ、正体を現す。許仙は失神
「盗仙草」 なし 嵩山の南極仙翁のもとに”九死還魂仙草”を取りに行く。白鶴童子、鹿仙、東方朔に勝つが、葉仙が雄黄山の下敷きにして捕える。
仙翁の情で仙草をもらい、許宣は蘇生
崑崙山の霊芝仙草を鶴童、鹿童と戦って奪い取る。(仙翁の情で分けてもらう場合も多い)
許仙は仙草により蘇生
第二の災難 寺参りに出かける許宣に立派な身なりをさせるが、周質店からの盗品と判明し、捕えられる 先祖の形見として八宝明珠巾という頭巾を許宣にかぶせる。
花見の席で、これが盗品と判明し、許宣は捕えられる
なし
第二の失踪 捕り方が宿を捜索した時には既に失踪 捕り方が許宣の家を捜索するが、既に白・青は失踪 なし
第二の離別 笞打ちを受け、鎮江に流される。
李仁は、生薬店を営む叔父李克用への紹介状を持たせる
李本誠(李仁の上司)は、許宣を鎮江に流す。王敬渓は親戚何員外への紹介状を持たせる なし
第二の復縁 許宣が酔って歩いていると、ある家の二階から捨てられた灰を被る。謝りに来た女性が白夫人。あの服は亡夫の着物と弁解し、復縁する 白・青が何員外の家を訪ね、言葉巧みに弁解し、復縁して何員外の屋敷に入り込む なし
第二の正体露呈 李克用は、淫らな意図で女中に言いつけ白夫人を離れの便所に案内させる。中をのぞき、白蛇の正体を見て失神する。(第一の正体露呈)
白は、李員外と許宣を引き離すため、生薬店を開業させる
何員外は白氏の美貌に惑い、誘惑する。白氏は正体を現し、何員外を失神させる なし
法海との出会い 金山寺に出かけた許宣を風雨激しい中、白・青が船で迎えに来る。法海禅師が一喝し、白・青は姿を消す。 許宣を救うよう仏の命をうけた法海は下界に降りて、許宣に金山寺に来るよう約束させる。 法海が雄黄酒を飲ませるよう勧める。蘇生後、金山寺に連れて行く
金山寺での戦闘
「水漫金山寺」
なし 法海の護法神将と白・青の水族の戦い。法海優勢だが、白氏が妊娠中のため捕えることができない 法海の護法神将と白・青の水族の戦い。産気づいた白は敗走
金山寺その後 家に帰ったが白・青はいない。李員外の家に泊めてもらい恩赦を受け、杭州に帰る。
姉の家には白・青が先回りしており、別れる気ならこの町を血の海にすると脅す。李仁は、夜中に正体を見る
なし なし
蛇取り名人 蛇取りの載先生に依頼するが失敗。許宣は白夫人から、町の人を皆殺しにするぞと脅される なし なし
第三の復縁
「断橋」
なし 断橋で休んでいる白・青のもとに、法海が許宣を連れて行く。白・青は許宣の薄情をなじるが、罪を法海にかぶせて弁解し復縁。姉夫婦の家に身を寄せる (第一の復縁)
白・青は断橋まで敗走。許仙は、寺を出て、二人と会う。白・青は許宣の薄情をなじるが、罪を法海にかぶせて弁解し復縁。(通常は、いったん姉夫婦の家に身を寄せる)
白氏の出産「合鉢」 なし 李仁夫婦に娘玉梅が生まれる。その後、白氏は男子を出産 なし(通常は、身を寄せた姉夫婦の家で出産)
白氏の封印「合鉢」 西湖に入水自殺しようとしたところを法海に呼び止められる。鉢を授けられ、許宣が後方から鉢を白夫人にかぶせる。 法海が鉢を白氏にかぶせて封じる。雷峰塔倒れ、西湖が干上がり、銭塘江の潮がおこらなくなるまで塔に閉じ込める 断橋の場に法海が現れ、その場で鉢に封じる。(通常は、出産後に封じる)
小青の封印「合鉢」 法海禅師が呪文で青魚の正体を現せる。
白・青ともに雷峰寺の塔に封じる。
取り押さえられ、七宝池のほとりにつながれる 小青は逃れる
許宣のその後 法海に弟子入りし、出家。数年後に座禅したまま大往生 法海に弟子入りし、出家 不明
兄弟子の面会 なし 黒風仙が白氏に面会し、辛抱せよと言い残す 不明
息子の出世 なし 許士麟は、科挙を状元で合格 なし
息子の結婚 なし 玉梅と結婚 なし
白氏と許宣の再会
「倒塔」
なし 仏は士麟の母を思う孝心に免じ、白・青を放免し、許宣と再会 再び峨嵋山で修行を積んだ小青が、黒風仙とともに塔を倒し、白を救い出す。白と許仙は再会
ラスト なし 白・青は息子夫婦と清明節に会うことを楽しみに天界にのぼる。法海と許宣は仏の世界に戻る なし

 


 まず、最初の『警世通言』から、次の方成培本への変化をみてみたい。
 『蛇女の伝説』P50には、こうある。
「〜「雷峰塔」の内容は方成培本に較べ、ずっと単純で、「雄黄酒」、「盗仙草」、「水闘」、「断橋」など、『白蛇伝』といえば我々がすぐ思い出す有名なエピソードの多くは後世の付加〜方本では、最後に状元になった息子が墓に供養に来ますが、これなどは当時の観衆の好尚におもねったつけたり〜」

 上記比較表で、『警世通言』の段階では無かったが、方成培本への過程で付加された内容は、摘要欄をピンクで塗ったので参照してほしい。演劇として楽しむうえで、ビジュアル的に派手なシーンが追加されていることがわかると思う。

 なお、雄黄酒というのは何か?について紹介しておきたい。雄黄とは「ゆうおう」とか「うおう」と読む。石黄とか鶏冠石ともいわれる硫化砒素化合物。雄黄を浸した酒が雄黄酒で、当時は体内の毒素を排泄すると信じられていたが、何せ砒素だから現在では飲用されない。


 次に、方成培本から現在の公演内容への変化を見てみたい。摘要欄を水色で塗ってみた。
  要するに、白素貞が悪者になる要素が削られているのがわかる。
 結婚資金に、と渡した銀が盗品だった。すぐにばれる稚拙な犯罪。しかも、白はさっさと逃げてしまい、許仙(許宣)はとばっちりで災難に遭う。さらに、蘇州へ流れた許を白は探し当て、言葉巧みにたらしこみ、復縁する。
 しかも、同じ事が性懲りも無く繰り返される。これでは、白はヒロインにはなれない。

 「道士とのやり取り」と題したところもそう。能力不足の道士を手ひどくやっつけるところは痛快かもしれないが、したたかな印象を強める。
 「第二の正体露呈」と題したところは、すけべ親父に誘惑された白が、妖怪の正体を現して失神に追い込む。妖艶、淫靡、怪奇とはいえても、純愛を引き裂かれる悲劇のヒロインには相応しくないシーンである。

 なお、『警世通言』の段階で消えてしまった場面は、摘要欄を緑色に塗った。
 「金山寺その後」は、派手な「水漫金山寺」が追加されれば必然的に不要となるシーンである。
 また、「蛇取り名人」は、その前の「道士とのやり取り」と同様、法海ほどの力もない者が中途半端に白に抵抗し撃退されるシーンで、これも排除される運命にある。
 しかも、この「金山寺その後」、「蛇取り名人」には、「ほかの人間も皆殺しだ」と脅すシーンが付随しているのだから、これはますます削除されざるを得ない。

 さて、前掲の真樹操さんは、このように白が美化されるに至った要因をこう分析しておられる。
(1) 封建時代には、身分の違いによって仲を引き裂かれるカップルが多かったので、「蛇」ゆえに引き裂かれる白娘子に感情移入した
(2) 美形の主役スターは善玉であってほしいという、今も昔も変わらぬファン心理

 まことに慧眼と感服せざるを得ません。 


 さて、この白蛇伝は、崑曲からはじまって、京劇はもちろん川劇、越劇等々あらゆる地方劇の演目となり、それぞれによってストーリーも微妙に異なっていたりするようである。
 そうしたバリエーションも知る機会があれば、またご紹介したい。


 それでは、この辺で「白蛇伝」研究(←そんな大層なもんではない)は、いったん終えさせていただきます。  

 

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