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(No182) 大阪市立美術館 没後150年歌川国芳展 鑑賞記 その6


 平成23年5月14日(土)に大阪市立美術館に「没後150年 歌川国芳展」を観に行った時のメモ。

 

 


第8章 戯画 溢れるウィットとユーモア



341 「かゑるづくし」

 中段右は相撲の決まり手「河津掛」の語源となった河津三郎祐泰俣野五郎景久の相撲を、カワズ(蛙)で再現している。

 昔、ジャイアント馬場選手ご存命の頃、TV中継で「河津掛けから・・・・・・・・・・河津落とし!!」と絶叫していたのを思い出す。

 

 中段左で印を結んで術をかけているのは仁木弾正。妖術でカエルに変身したようだが、元々カエルなんで何の効果もない。 


346 「ばかでほんひゃうきんぐら 十一段目」

 国芳は忠臣蔵ネタの絵を多く描いている。

 これは、それだけ「忠臣蔵」の人気が圧倒的だったということでもあろう。

 十一段目というから、武者絵のところでいよいよ討ち入り!ということで両国橋で勢揃いという場が描かれていた。

 この橋は両国橋なんだろうか。

 仮名手本忠臣蔵ならぬ「馬鹿手本 票軽ぐら」。

 もう、いやになるくらいバカ面の義士が欄干に乗り、それをまたバカ面の義士たちが囃している。

 

 下段は炭小屋に隠れた高師直を探して討たねばならないところ、柱に顔を伏せているのは「鬼」なのか、他の義士もかくれんぼに夢中。



352 「蝦蟇手本ひゃうきんぐら」三段目・四段目

 左図は本作品の下部で四段目の「城明け渡し」の場。

 太刀はナメクジ。二つ巴の紋はオタマジャクシ。

 

353 「おぼろ月猫の盛」

 画像は、国芳HPの上部の作品紹介で。

 

356 「朝比奈小人嶋遊」

 チラシ、切符などに多く使われている作品。画像はチラシ日曜美術館HPで。

 「日曜美術館」でも、図録解説でも背景が紹介されていた。弘化4年(1847)、浅草に朝比奈(歌舞伎に出てくる人気者)の巨大な籠細工(要はハリボテの人形か?)の見世物があったそうだ。しかし、その小屋のために通路を変更しなければならなくなった武士のクレームによって撤去されてしまった。

 そこで、国芳は、巨大な朝比奈が矮小な大名行列の前に寝そべって、どかせることができるならやってみろとばかり、不敵に見下ろす絵で、皮肉ったとのことである。

 

 

360 「みかけハこハゐがとんだいゝ人だ」

 この作品が、国芳の諸作品の中でも一番有名なのではないか。私でも知っていた。

 画像はチラシで。

 図録にも書いてあったが、私も以前に鑑賞したアルチンボルト(画像はたとえばここで)と関係があるのかな?と感じた。

 

361 「其まゝ地口猫飼好五十三疋」

 「五十三疋」は「五十三次」なんだが、「猫飼好」が「東海道」なのか。ボケるなぁ。

 「日本橋」が鰹節2本で「二本だし」。蛸を引きずり「重いぞ」(大磯)。魚に夢中で「府中」。ぶち猫が寄って「よったぶち」(四日市)。こたつ(草津)、ぶちが鯖をくわえて「ぶちさば」(藤沢)。なまづ(鯰。沼津)。ネズミを取るのがヘタなぶち猫は「ぶちへた」(藤枝)、上手な猫は「じゃうず」(大津)。最後は、ネズミの叫びで「ぎゃう」(京)

 画像は国芳HPの上部の作品紹介やチラシで。ごゆっくりお探しください。

 

 「影絵遊び」というのは江戸時代後期に大流行したらしい。

 ある絵が、シルエットとなると全く別のものになるところがミソ。

 よく紹介されるのが、

363 「其面影程能写絵 おかづり/ゑびにあかがひ」

 
芦の中で釣竿を2本伸ばしている男が伊勢海老に、笠と餌箱が赤貝となる。


 また、「日曜美術館」で紹介されていたのが、

365 「其面影程能写絵 弁けい/たいこもち」

 画像は、国芳HPの下部の作品紹介で。

 363は獲る釣り師が獲られる側の海の幸に、365は豪傑の弁慶が軟弱な幇間に変わるところが面白い。

 なお、上方では幇間を大尽客(判官)に忠誠を尽くすとか、鳴り物など酒席に出る道具を弁慶の七つ道具に見立て、幇間を弁慶と呼ぶそうだ。


 で、私が紹介したいのは

364 「其面影程能写絵 猟人にたぬき/金魚にひごいッ子」

 ちょっと顔が細いので狸より狐に見えるのだが、その立派な八畳敷きはまぎれもないタヌキだろう。敵である猟師を八畳敷で押しつぶす、凄い攻撃。

 国芳は、どうも八畳敷が大好きみたい。

318 「狸ト狐の遊」

 では、カーペットのように宴席に広げ、料理の皿や重箱、徳利などを並べている。

333 「狸の川がり・狸の夕立」

 では、魚をすくう網にしたり、雨を避ける蓑。

334 「さむがり狸・初午のたぬき」

 では、こたつ布団や掛け布団、カイマキ(外套のようにかぶる)など。八畳敷、大活躍。 


 

第9章 風俗・娯楽・情報
(秋田氏の解説)

 幕末の錦絵は、鑑賞のためばかりでなく、時事世相の報道メディアとしての役割も果たした。市井風俗・信仰・祭礼・相撲・見世物など、その時々に話題になったさまざまな情報が錦絵化されている。

 また、新春に出版される双六にも、国芳は武者・役者・名所や百面相のような戯画など、さまざまな画材を採り上げている。

 

404 「破家利口振分双六」

 下写真は一部。右側がバカ代表。左側は利口。

 赤四角の「遊びに行って先に帰る人」は利口。そうだよなぁ。それがグズグズ最後までいちゃうんだよなぁ・・・・と反省してしまう。

 黄色丸は「熱いお湯をこらえる人」。江戸っ子は、熱い湯が好きで、銭湯で勝手にうめる(水を足す)と怒るそうだが、まあ、どっちかと言うと(と言うか、ずばり)バカのグループだよなぁ。

 ちなみに、その左の丼でかっこんでる人や、そのさらに左のにやけてる女性も「大食を自慢する人」と「おだての効く人」も、堂々としたバカ選抜メンバー。

 右上の緑四角内の病弱な感じの人は「釣りを見ている人」で、もちろんバカ。
 落語でも、
「世の中にはヒマな人間がおるもんでんなぁ。朝から晩まで自分で釣りすんねんやったらまだしも、釣りしてる人をじぃ〜っと一日中見物してる人間がいてまんねんやで」
「え〜??いくら何でも、そんな人間はいてまへんやろ?」
「うそやおまへん。現に、わいが、この目でずっと見てたんやから」

・・・・という小噺もある。

 で、釣り好きな人、つまり自分でする人もやはりバカに分類されている。・・・・・・・・・・悔しいが納得。

 

 

406 歌川芳富画 国芳死絵

 

 門弟芳富による死絵。

 「死絵」とは、図録解説によると「おもに歌舞伎役者の死亡時に、追善の意味をこめ訃報を伝えるために刊行されたもので、江戸時代後期には浮世絵師の死絵も描かれた」とある。

 左手の根付が猫の細工なのが特徴的。

 



 お疲れ様でした。

 
 
  

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