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2011年2月のひとこと書評(掲示板に書いた文章の転載。評価は★5つが最高)

 久しぶり。 

 2月のひとこと書評の再録です。掲示板そのままでは芸がないので、評点をつけます。★5つが最高。評価基準の詳細は、2001年11月書評のページをご参照ください。




(662) 『「分かち合い」の経済学』(著:神野直彦。岩波新書)

 甲論乙駁される「子ども手当」をめぐる議論に、訓覇研究員は驚き、私に「日本人には連帯という意識はないのでしょうか」と尋ねた。私は悲しみを込めて答えざるをえなかった。「日本人は、そのようなものはもう喪失してしまいました」と。

 幸福は「分かち合う」ものである。〜現在の危機は「分かち合い」を「奪い合い」とされていることから生じている。

P3 政治の使命は社会の統合にある。その責任者が「格差のどこが悪い」、「格差のない社会などない」と得意顔に唱えることは、政治責任の放棄にほかならない。

P8 新自由主義政策を推し進めた小泉政権は、「改革なくして成長なし」をキャッチフレーズとしていたが、その真意は「失業と飢餓の恐怖なくして成長なし」というものである。

P11 21世紀に入るや〜小泉政権が、この年金改革をすれば「100年安心年金」が実現すると豪語した。しかし、これほど悪意に満ちた欺瞞はない。〜
 100年もすれば、国民の生活を支える条件そのものが大きく変化してしまう。〜国民の安心を保障するのは、制度ではなく、制度を支える人間の絆である。年老いても必ず社会の他者が生活を支えてくれるという人間の絆への信頼こそが、安心を保障するのである。

P14 オムソーリを支える思想は、「悲しみの分かち合い」が幸福の実現になるという思想である。

P71 「日本的経営」は福祉国家が担った雇用保障機能や生活保障機能を、企業が吸収したものということができる。

P76 〜「小さな政府」を可能にした古き良き時代のように、家族やコミュニティが機能し、企業福祉が機能する条件は欠如していた。
 にもかかわらず「小さな政府」の条件が欠如したまま、「小さな政府」を強行した悲劇が、新自由主義の演出した貧困と格差の悲劇として演じられる。

P115 貧困者に限定して現金を給付することを「垂直的再分配」と呼んでおくと、育児や養老などの福祉サービスや、医療サービスを社会的支出として、所得の多寡にかかわりなく提供していくことは「水平的再分配」と呼ぶことができる。〜ところが、現実には水平的再分配のほうが、格差や貧困を解消してしまう。

P142 「経済中立性のドグマ」を信じ、所得税・法人税中心税制をかなぐり捨てている国は、日本だけである。

P159 日本では企業の従業員の3分の1が非正規従業員となっている。つまり、日本の社会は社会の構成員の3分の1を「仲間」から排除する「3分の2社会」に陥ってしまったといわれる所以である。

P179 「量」を「質」に変換するのは知恵であり、知識であることを忘れてはならない。


★★★☆

 「本書は〜失望の書である。〜「分かち合う」べき幸福を「奪い合う」ものだとされている日本社会への失望である」とあるが、やはり、この書を日本のこれからの希望の書にしなければいけないと思う。


(663)『人生、成り行き  談志一代記』(立川談志、聞き手:吉川潮。新潮文庫)

P20 畢竟、美味いものってのは、「甘いもの」じゃありませんかね。〜
一切合財含めて、あらゆる食い物の中でチョコレートがいちばん美味いんじゃないですか。

P39 小言というのは、「不快感の瞬間的な発散」であって、教育とは違う、と。

P43 喧嘩になるのは少しでも何かが重なってる人間同士ですよね。まるで重なるところのない者同士は、気が楽ですね。けして仲良くはならないけども。

P71 円楽が〜「あたくしに投げさせればひとつも打たせません」なんか言ってて〜やらせてみたら〜運動神経が先天的にない奴で〜嘘ばっかりついてやがる。

P159 〜「もうよそうよ、あんたがこんなに傷つくの見てられないよ」と言ったら〜まだ粘るんだ。ああ、ここまで傷つくことのできる人間なんだなあって、ある意味感心したね。

P200 ズバッと言えば、「80歳近い円生師匠が亡くなった後の会長は〜おれでしょう?」ってことですよ。そしたら、「いや、おまえさんじゃありません。志ん朝でげす」「そりゃあねえだろう」。〜あたしのプライドを立つようにしてやればよかったんだけどネ。人間、プライドと利潤で動くわけですから。

P275 「大根おろしのうまさがわからないやつは日本人じゃない」

P281 小朝には15年くらい前から、「お前、このままだと志の輔とか志らく、談春といったうちの弟子に抜かれるゾ」って直接言ってきたんですが・・・・彼もすっかりオールドタイマーになっちゃいましたな。

★★★

 家元の志の輔大絶賛ぶりにちょっとびっくり。吉川潮氏は、ちょっとヨイショしすぎか。

 



(664)『僕が、落語を変える』(柳家花緑+小林照幸。河出文庫)

 
ずっと順風満帆と思っていたが、芸に悩み、何度も出刃包丁を手にした・・・とは知らなかった。

 いかんせん、古い。10年前の本なんだから当たり前なんだが。「笠碁」は演りません、師匠のものだからと言ってる点で「賞味期限切れ」って感じがしてしまった。

 

★★☆

 

 


 

(665)『志高く 孫正義正伝 完全版』(著:井上篤夫。実業之日本社文庫)

P147 孫には並み外れた能力がふたつあるとドロッタは言う。〜
 ひとつは、問題の本質を見極める驚くべき能力。〜
 もうひとつ。信じがたいほど一所懸命に仕事をする。

P226 約束を守らないことが、孫はいちばん嫌いである。どんな小さなことでも孫は約束を破らなかった。

P349 「退却は進軍の10倍の勇気がいるんです。〜冬のなかで、耐え忍んで戦っていくためには葉っぱも枝も落とさなければならない。男は勝たなければならない」

P362 「もっとも重要な三つのこと。一番目が志と理念。二番目がビジョン。三番目が戦略です」
 孫が力強く言った。
「日本はかならず世界一になれる」

P383 「日本を今一度、洗濯いたし申し候」
 不撓不屈、不退転の決意で、孫正義は情報革命に臨んでいる。

★★☆


 立派です。すげえや。かなわない。ここまで「徹底する」ことができないんだよな。

 

 


 

(666)『清朝と近代世界 19世紀』(著:吉澤誠一郎。岩波新書)

 清朝の人材登用のすぐれた点は〜皇帝が適宜に使ってみて昇進させていくという点にある。〜世襲的な旗人エリートと、個人の知的能力で選抜された科挙エリートとを巧みに組み合わせたところに、清朝の人材登用の特色があった。

P10 本居の『玉勝間』を読むと〜中国に感化された「からごころ」の作為性・欺瞞性をあざわらう指摘も含まれている。

P16 公式な使節のやりとりでは、相互に納得できる儀礼的な作法を合意するのがたいへん面倒であり、それ自体、紛争の原因となりかねない。

P26 〜寛大な態度で諫言に耳を傾けて綱紀を粛正し、朝廷の雰囲気を一新しようと務める嘉慶帝の政治姿勢であろう。

P38 〜陶澍や林則徐は、実態を大局から把握したうえで現実的な立案をおこない綿密に実施するという手法によって、地方の具体的な問題に意欲的に対処しようとした〜。

P64 客家は勤勉で団結力に富むということが、しばしば指摘される。これは一種のステレオタイプではあるが〜本来の民族性に由来するというよりも、厳しい生活環境のなかで劣位をはねかえすために養われた資質と考えるべきだろう。

P87 反乱を鎮圧するときの林則徐〜らの上奏文には〜細かい報告が多く含まれているが、これは官位・官職の授与という形での報奨に必要な手続きだった。また、官に軍費を寄付することも、形を変えた官位の購入にほかならなかった。

P117 〜伊達宗城の一行は北京に赴いて総理衙門を訪問し、亦訢(えききん)らと面会した。日本からの正式な使節が、清朝のみやことしての北京に至った最初の事例であろう。

P119 〜副島は、新しい方式で清朝皇帝に謁見した最初の人物となった。

P207 ここでいう三つの誓いとは、煙草を吸わない、嘘をつかない、妻との情交を慎むというものである。曾国藩は、そのほかにも早起きなどさまざまな戒めを自分に課しているが、それを守れなかったという反省ばかりが日記に書き連ねられている。

P215 〜康有為には、都合の悪い史料はすべて偽造されたものだと断じるといった強引な論法がみられる。

P219 〜戊戌の年の変法運動は、光緒帝を後ろ盾とするだけで、支持基盤があまりなかったというほかない。ついに西太后は軍事力で変法を停止させた。

★★★

 

 史書で読む『蒼穹の昴』。



 

(667)『龍馬伝 野望篇』(著:つかこうへい。角川文庫)

P43「リョウマ?」
「いい人です。あの人には、己をむなしゅうして人に尽くす徳というものがあります」
 言いながら彦次郎は笑った。あの豪放磊落さを徳と呼んだ自分がおかしかったのだ。

「〜龍馬さんは会う人をすべて幸福にします」

P63 これが龍馬のえらいところだ。人に対して心が開いている、というか寛容の心が並はずれて大きいのだ。

P68「女だって人間じゃ。『やってらんねえよ』と言いたいことがあったんじゃ。〜女が『やってらんねえよ』と言わんでいい時代を作らにゃいかんのじゃ」

P199 具視が膳をひっくり返した。
「ふざけんじゃねえ。オレら公家は三百年腐った魚や豆腐しか食べさせてもらえなかったんだ。〜それをいまさら、徳川が困ったから帝に大政をお環ししたいじゃ、話が通らねんだよ」

P239「わしがいつか、おまんなんでそんなにモテるんかって聞いたら、『わしは舐め上手でごわす』だってよ。天下の西郷吉之助の言う言葉か」

P324 文化も教えてくれた。文化とは、恥の方向性である。なにを恥じるかで、その国の行方は決まると。

P349 他の女郎たちも我先にと帯をほどこうとしている。
「わて、先生にやってもらわんかったら、一生女の喜びを知らんで死んでいくんや」
「それは分かるが、ちょっと待て」
「それが分かってて、天下の坂本龍馬がほっとけますのかいな」
「そういうときに天下は使わんぜよ」

P381「〜わしゃ、口じゃ、人間、男じゃ女じゃと言うてる間は大成せんと言うとるが、オカマはどうも性に合わん。いや、どうしてもケツ貸せっちゅうたら貸さんこともないが、基本的には勘弁してほしいということじゃ」〜
 薩長をとりまとめることができず、大政奉還がうまくいかなくなれば、戦が始まる。何も知らない女たちが乳飲み子を抱えて亭主の死体を血まなこになって探すことになるのだ。
「男一匹、そうはさせられんのじゃ。じゃ、またな」

★★★


 つか作品は、いろいろ同じモチーフを使いまわすというか、発展させるというか、似たような話で中味が少しずつ変わるパターンが多い。

 これも『幕末純情伝 〜龍馬を斬った女〜』との関係がややこしい。

 


 今月も、まだまだ書評が大量に積み残し。



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