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2008年4月のひとこと書評(掲示板に書いた文章の転載。評価は★5つが最高)

 4月のひとこと書評の再録です。掲示板そのままでは芸がないので、評点をつけます。★5つが最高。評価基準の詳細は、2001年11月書評のページをご参照ください。




(626) 『水滸伝』第十七巻(著:北方謙三。集英社文庫)

 盧俊義は言う。
「宣賛が、面白いことを言ってきた。私に死ねというのだ。〜その死が、どれぐらい役に立つか、ここで見ていようと思う」
 抗戦派の盧俊義を講和派の宋江、呉用が処断したとして、時間稼ぎが狙いの講和工作を真実のものと宋朝に信じ込まそうというのだ。

 「自分が梁山泊の人間であることを、李師師は気づいている、という確信に近いものが、燕青にはあった。そして李師師は、青蓮寺ときわめて近い。〜房事では燕青はしばしばわれを忘れさせられた。気づくと、快感に声をあげていることさえあった」
 李師師、恐るべし。

 「ともに闘えないのは無念であるが、わが魂魄はこの梁山泊にある」と言い残し、盧俊義の命は、燕青の手の中でそのふるえを止めた。燕青は小さな声で「父上、おさらばです」と声をかけた。

 官軍童貫が梁山泊軍を蹂躙する。

「『関勝が死んだ。〜兵は、数えたくないほど死んだ』
『激しい戦いでしたから』
『張清』
『はい』
『いま、ここで泣いてもよいか』」


 こうした台詞の積み重ねで、北方は従来の『水滸伝』では無能な俗物にしか思えなかった宋江が首領と仰がれる根拠付けをしようとしている。

 ニヒルな公孫勝が十四歳の頃の壮絶な体験を語る。
「『俺は、何も聞かなかったよ、公孫勝。お前は、虫の好かない、いやな野郎のままだ〜』
『天に生かされたのです、公孫勝殿は。〜』
 馬麟がまた言った。同じことを、二度言ったりはしない男だ。
〜『いやなやつだ、おまえは。私とは、どうしても気が合わんな』
『お互いさまだ』
 炎を見つめたまま、林冲は言った。」

「『志を全うしようと思えば、病んでもならんのだ、楊令。俺は病んだ。腹の中にいる病ごときに殺されるのが、無念でならん』」
 そう楊令に言い残し、魯達ははらわたをつかみ出し、いのちを終えた。


★★★☆


(627) 『水滸伝』第十八巻(著:北方謙三。集英社文庫)

 張順ら水軍が呉用を批判する。
「『ここに来て、呉用殿はどこか硬直してきたのかな、李俊。〜』
『もともと、硬直している。晁蓋殿あっての、呉用殿だった、と俺は思っているよ』
 呉用は死ね、と言っているように、阮小七には聞こえた」


 官軍は海鰍船という巨大船を建造した。
「『勝手に調べたのか、おまえたちは?』
 呉用が言った。阮小七は、腹が立ってくるのを抑えた。この男は、なぜこんな言い方しかできないのか」


 楊令がついに梁山泊にやってくる。

 趙安が二竜山を攻める。

「『〜実戦の軍師には宣賛がいる。全体のありようは、いつも呉用殿さ。
小さな失敗はある。〜そして失敗を人前で悔いる。失敗ばかりしているように見えるのは、そのためだ。
〜宋江殿に傷をつけてはならない。失敗から憎まれることまで、すべて自分で引き受ける』」

 女真の地で、呉用に反感を抱いていた蔡福に解説する燕青。

 扈三娘が官軍に包囲された。林冲は救出に向かった。敵の大将鄷美を討ち取り離脱にかかる。しかし、扈三娘が落馬した。殿(しんがり)の林冲は別の馬を与え、自分が追撃を食い止めるから離脱せよと命じた。
「『頼むから、乗って逃げてくれ。生涯に一度ぐらい、女を助けた男になりたい』」

 数千の敵軍は一騎も扈三娘を追わなかった。
「『俺でも、女を助けられる』
 呟くように、林冲は口に出した。助けられる。救える」

 旗持ちの郁保四がそばにいた。数千の敵の中に突っ込んでいった。

 私にとって、この十八巻は林冲の死に尽きる。もちろん楊令も鮮烈であったが。

★★★☆


 今月も、まだまだ書評が大量に積み残し。



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