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2006年5月のひとこと書評(掲示板に書いた文章の転載。評価は★5つが最高)

 5月のひとこと書評の再録です。掲示板そのままでは芸がないので、評点をつけます。★5つが最高。評価基準の詳細は、2001年11月書評のページをご参照ください。


(515) 『青の進化』(著:戸塚啓。角川文庫)


 前回の2002日韓W杯から、現在(06年3月末)までのジーコジャパンを追う。
 トルシエもよくやったが、決勝トーナメント進出というノルマをクリアして「これからの試合はすべてボーナスだ」と発言。選手は自らをリラックスさせたが監督は「緩んで」しまった。
「勝っているチームになるべく手を付けないのは、世界中の監督が共有する価値観だ」が、トルコ戦に柳沢鈴木を引っ込め三都主西澤を出した。負けている試合で、3枚目のカード森島を出した時には残り時間が5分を切っていた。

 2006ドイツW杯への監督に選ばれたのはジーコだった。

「ジーコは、『2002年の宿題』に早くも答えを出した〜日本に足りなかった『何か』とは、『試合を決める個人の力』だった〜」
 宮本の言葉「ジーコは選手の考えをすごく取り入れてくれるんです。〜大人として扱ってくれるから、責任を果たさなきゃいけない」
「ジーコ監督のもとで〜積み上げてきた経験と自身の深まり〜考える自由を与えられたことによる、責任と自主性の高まり〜」などといった文章がある。

 著者は、あとがきで「僕はまだ、このチームを信じきれていない」と書いているが、基本的に本書はジーコ賛歌である。その答えはもうすぐ、いやでも出てしまう。


★★★


(516) 『司法のしゃべりすぎ』(著:井上薫。新潮新書)

 先日の新聞で、ある裁判官が判決文が短いという理由で再任が拒否されたという記事を読んだ。より正確にいうと、裁判官は一応任期が10年単位で、○○判事の再任が適当かという諮問に対し答申する委員会がある(おそらくは、ほぼ100%再任という答申が出るのだろう)のだが、井上氏に対しては「再任が適当」という答申が出ず、これを受けて井上氏は判事を自ら辞任する見込み・・・といった記事だったと思う。
 そこで井上氏には『司法のしゃべりすぎ』といった著書があると書いてあったので、本屋で見かけて買ってみた。

 書いてある内容は、繰り返しが多い。例えば、ある人が殺人容疑で逮捕されたが結局不起訴処分になった。ところが、それから何十年もたって、世間の人々も、容疑をかけられた本人自身もその事件のことを忘れかけたある日、遺族が彼に損害賠償の訴えを提起した。
 地裁が請求棄却の判決を出したのでいったんは安堵した彼であったが、判決理由を聞いて驚愕した。そこでは、彼は殺人の罪をおかしたので損害賠償請求権は発生したが、除斥期間(まあ、消滅「時効」期間みたいなもの)の経過により消滅したので請求は棄却したと述べていた。マスコミは殺人の有無について大々的に報道し、これにより彼は社会的に大打撃を受けた。
 そこで彼は控訴しようとしたが、勝訴しているので控訴の利益がないとして、彼の請求は門前払いを受けた・・・・・。

 このような不都合が生じたのも、判決理由に蛇足があったためである。仮に彼が殺していても除斥期間の経過により、損害賠償請求は認められない。また、仮に彼が殺していないとすれば、そもそも損害賠償請求権自体が成立しない。とすれば、殺人があっても、なくても損害賠償請求が認められないという判決(=遺族の訴えに対する回答)には変わりがない。
 よって殺人の事実の有無に関する検証は、判決の成否に何ら影響がないから、いわば蛇足である。
 しかも、この役に立たない「蛇足」のために時間や金銭等の膨大なコストを要し、かつ、その蛇足で損失を蒙った者はそれを回復する機会も与えられないという重大な問題がある。よって、「判決理由」欄には、そのような蛇足を書いてはならない・・・ということを、事例は違うのだが同じ表現で何度も繰り返し書いてある。読んでいて、非常にくどく感じるし、ま、この人は徹底した司法消極主義者なのだな、と思う。

 確かに、理由でダメージをくらった人も、本文で勝訴していると控訴できず名誉回復の機会すら与えられないというのは問題だと思うのだが、どうも著者には尊大とか独善、頑迷といった印象を受ける。
 例えば、判決理由というのは、事実から、法的根拠を経て判決主文を導くため、すべてが首尾一貫して論理が展開されなければならない。どこか1箇所でも途切れたらだめなのだ・・・という自分の主張を1箇所でも断線すると電気がストップすることにたとえ、(別に目新しくもない陳腐なたとえなのに)「電線のたとえがいかにうまく本質を象徴しているかがわかる」と自分誉めしているとこなど。

 判事に再任されなければ弁護士になるのだろうが、私はとりあえず何かあっても著者には相談したくない。


★★☆


(517) 『上方落語 桂枝雀爆笑コレクション』2〜5(ちくま文庫)

 ついに完結してしまった。残念でならない。何巻でも読んでいたい。
 ところで、これを読んでいる間、「枝雀口調」になってしまっている自分に気がついた。何とはなしに、「ほたら、何かい」とつぶやいていたり、飲んで帰ってきて嫁さんに「すびばせんね」と言ってみたり。

 1巻まで戻って収録作品を書いて、書評に代えたい。小佐田定雄さんは、やはりうまく雰囲気をつかんだ編集や解題をしてくれています。

1巻:スビバセンね。
 くしゃみ講釈(「くっしゃみ」と書いてほしい)、ちしゃ医者、うなぎや、米揚げ笊(いかき)、舟弁慶、植木屋娘、口入屋、不動坊、あくびの稽古、替り目、寝床、かぜうどん。
2巻:ふしぎななあ。
 天神山、日和ちがい、はてなの茶碗、こぶ弁慶、胴斬り、蛇含草、首提灯、皿屋敷、SR、鉄砲勇助、七度狐、夏の医者、権兵衛狸。
3巻:けったいなやっちゃ。
 宿替え、青菜、高津の富、池田の猪買い、崇徳院、饅頭こわい、鷺とり、子ほめ、蔵丁稚、住吉駕籠、八五郎坊主、義眼。
4巻:萬事気嫌よく。
 代書、貧乏神、道具屋、いたりきたり、延陽伯、軒付け、つぼ算、ロボットしずかちゃん、猫の忠信、時うどん、くやみ、夢たまご、どうらんの幸助。
5巻:バことに面目ない。
 愛宕山、猫、親子酒、茶漬えんま、鴻池の犬、花筏、恨み酒、仔猫、雨乞い源兵衛、質屋蔵、つる、三十石 夢の通い路。

★★★★


(518) 『毎日かあさん 背脂編』(作:西原理恵子。毎日新聞社)

 さいばらの絵は、非常に好き嫌いがあるでしょうが、で、いつも同んなじことばっか言っていてすんませんが、私はサイバラが好きです。

「君が道を歩いて学校から帰ってくる3時半。〜お母さん はずかしいけど仕事手につかないんだ。 だから君が帰ってきた時は どんな姿でも つい おこる気がなくなっちゃって〜」とか、
「息子とドリルに立ち向かう。〜 94−17 〜『おかーさん これは強敵だあ〜』 だからって投げるなよ 鉛筆を。〜『とにかく考えてみよ。くり下がりだから となりから10借りてくるんだよっ 借りたら?』『返さない』 そうだよなあ。借りちゃったら こっちのもんだもんなあ 返すこたねえやなあ。 『それをちょっと返してみよう 考えて ねっねっ』 10かりてきて 7ひいて 4がのこってて 『おかあさん』『何』『ぜんぶを見失ったよお』 うん、人生って よくそんな時が〜」とか。
さとちゃんもいいやつだなあ。

「私達お母さんね、週末の一日のちょっとの時間でいいんだ。自分のこと聞いてほしい。」うん、うん。



★★★★


 

 


(519) 『杯』(著:沢木耕太郎。新潮文庫)

 筆者は前回のワールドカップ日韓大会の時、韓国にアパートを借りて「コリア・ジャパン漂流記」を書いた。

「点を取った選手がよかった。森島が所属しているセレッソ大阪のファンだけでなく、テレビで見ている日本中の人が喜んでいるだろうと思えた。森島にはそうした不思議な人徳がある」。

「先制のチャンスにペナルティキックをはずしてしまった安貞桓(アンジョンファン)は〜こう続けたのだ。
『あれ以後、ずっと心の中で泣きながらプレイをしていた』
 トルコ戦の中田浩二は、あの決勝の一点につながるパスミスをして、しまったとは思ったろうが、泣きながらプレイはしていなかったはずだ。〜それが韓国の強さであり、ある意味での悲しさでもあるのだろう」。

「その警察官はたどたどしい日本語でこう言ったのだ。
『見にきてくれて、ありがとうございましゅ』
〜彼は、自国のチームである日本がすでに負けているにもかかわらず、韓国の晴れの舞台をわざわざ見にきてくれた人として、私に感謝してくれているらしいのだ」。

「最後に、選手たちがセンターサークルの線上に円く輪になるように立った。〜そして洪明甫(ホンミョンボ)が何かひとこと号令を掛けると、全員がさっとピッチに身を投げ出したのだ。
〜アン君に訊くと、それは『クンチョル』という礼の一種で、最も深い謝意や敬意を表わすものだという。
〜負けたな、と私は思った」。

トルシエはその最初から中田の『不在』という困難を抱えてしまったのだ。中田がイタリアで潰されてしまえば問題はなかった。〜しかし、中田のイタリアでの成功によって、代表チームにいるときはその存在の大きさを、いないときはその不在を常に意識しなくてはならなくなった」。
「中田は一貫してトルシエを嫌っていたと思われる。〜しかし、ワールドカップが近づくにつれ、中田はある覚悟を決めることになる。〜
彼が『チームリーダー』を演じることを引き受けたとき〜トルシエはそれに救われた」。

 さて、いよいよドイツ大会。

★★★☆

 


 

  なかなか読んだ本に書評が追いつかない状況が続いてます。

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