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仏画(33)平成17年度美術史ゼミナール  ギャラリートーク配布資料その1
                          

1 はじめに

 平成18年3月18日(土)、平成17年度の美術史ゼミナール「日本の仏教絵画」のしめくくりとして、来場者の方に対して展示作品を解説する「ギャラリートーク」を行った。

 当日、資料は50部用意した。私はゼミ参加が3回目だが、過去2回は、いずれも見学者はごく少なく50部も印刷すれば十分だと思っていた。
 しかし、小さな記事だが読売新聞で紹介されたこと、同じ時期に「日展」が開催されており、館内放送で「日展」目当ての方が流れてきたこともあって、前代未聞の大観衆となったのだ。
 50部刷った資料も早々になくなり、多くの方に迷惑をかけた。その代わり・・・と言っては何だが、ここで当日配布した展示解説資料をご紹介しようと思う。

 もっとも、私が執筆を担当したのは序章部分のみであって、他はほかの受講生のかたの原稿なので勝手に掲載したら著作権侵害だ!と怒られるかもしれないが、まあ、ご勘弁いただくこととしよう。


序章 はじめに

 仏教絵画には、どのような特色がありますか? 

 一般的に仏教絵画(仏画)は、同じ仏教美術でも「仏像」に比べると愛好者も少なく、なじみが薄いと感じられているようです。
 その理由として、次のような点があげられます。

(1)  仏画は保存が難しいため、仏像のように常時展示しておくことができず、ここへ行けばいつでもお目当ての仏画を観賞できる、というわけにはいかない。

(2)  仏像は立体的表現で実在感があり、特に知識がなくても造形や表情を理屈ぬきで楽しめるけれど、仏画は一定の予備知識がないと、どんな内容が描かれているのか理解しにくい。

(3)  画面が煤(すす)けたり、色彩が褪(あ)せたりすることが多く、作品を保護するため照明を暗くすることもあって、そもそも絵柄の判別すら難しい場合がある。

 一方で、絵画であるだけに、仏像よりも多様な内容をいろいろな技法で表現することができます。ある程度仏画に親しみがわき、知識がついてくると、実に奥の深い仏画の魅力を楽しむことができるようになります。

 この展示会の狙いは何ですか? 

 仏画は、仏教のどういう分野を扱っているかによって、いくつかに分類できます。
 今回の展示会では、皆さんに仏画の全体像を把握していただくため、私たち受講生が館蔵品の中からそうした各分野を代表するような作品を選び、分担して解説していきます。

 私たち受講生は、このゼミナールを受講するまで仏画に関して専門的に研究してきたこともなく、まだまだ知識も不十分です。けれど、そうした「仏画の素人」の視線に立って、精一杯仏画の世界を紹介させていただきます。

 今回の展示会が、皆さんが仏画に親しみを感じていただくきっかけや、今後の鑑賞の助けとなれば幸いです。

 具体的に、仏教絵画はどのように分類されるのですか? 



 いくつか説はありますが、今回の展示会では、下記のように分類して陳列しました。

ジャンル名 解説と主な作品例
1.釈迦関係ほか顕教絵画  密教以外の従来から存在した仏教を、密教と対比的に「顕教」といいます。 

 仏教の開祖である釈迦に関する絵画を中心に、主要な菩薩や羅漢に関する絵画など。
2.密教絵画  密教とは秘密仏教の略。初期仏教は悟りを開いた釈迦により紀元前5世紀頃に広まりましたが、紀元前後に一般大衆の救済をも目指す大乗仏教が興り、さらに7世紀頃から大乗仏教の集大成ともいうべき密教が興りました。

 中国から日本へ本格的な密教をもたらした空海(弘法大師)らの祖師像や、密教独特の曼荼羅(まんだら)、尊像に関する絵画など。
3.垂迹絵画  大陸から伝来した仏教と、日本固有の神々とを融合させた「神仏習合」という考え方に基づく絵画で、「垂迹」とは、仏や菩薩が衆生(しゅじょう)救済のため神の姿で現れるという「本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)」に由来する言葉です。

 春日・熊野など各地の神社の社頭図や垂迹曼荼羅など。
4.その他の絵画  掛軸形式ではない、まきもの巻物形式の仏画を集めました。

 経典の見返し絵、「図像」、社寺の由来などを説く縁起絵など。


※ この他にも重要なジャンルとして、「浄土教絵画」という分野がありますが、本展示会では出展作品の関係で省略しています。

 なお、浄土教とは阿弥陀仏を信じ極楽浄土に往生し悟りを得ようとする教えをいい、絵画作品としては、当麻曼荼羅(たいままんだら)などの浄土図、阿弥陀来迎図(あみだらいごうず)などの来迎図、浄土に対する地獄関係の絵画などがあります。


第1章 釈迦関係ほか顕教絵画

釈迦十六善神像(しゃかじゅうろくぜんじんぞう)   室町時代  田万コレクション(東楽寺伝来)

(作品解説)
 インド釈迦族の王子釈迦牟尼(しゃかむに)は、出家して修行の後に悟りを開き、仏教そのものの開祖とされています。

 釈迦如来の左手(向かって右)には象の背に坐る普賢菩薩(ふげんぼさつ)、右手には獅子に乗る文殊菩薩(もんじゅぼさつ)が描かれ、この三者は釈迦三尊と呼ばれます。
 また画面下段には大般若経をインドから伝えた玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)と、玄奘を守護した深沙大将(じんじゃたいしょう)も描かれます。また、周囲の十六善神は、大般若経およびこの経を読誦する人を守護するという神々です。 

 画面上方の左右には播磨国赤穂郡の「大僻大明神」と墨書されています。本図は室町時代の作ですが、大避(おおさけ)神社から同じ兵庫県の東楽寺を経て、田万コレクションの1点に加わりました。

 テレビドラマで香取慎吾主演の「西遊記」が放映されていますが、深津絵里が演じている玄奘三蔵がこの作品にも登場しています。さて、玄奘三蔵は、どの人物でしょうか?

 画面最下段、中央向かって右側で(赤い身体の深沙大将と正対して)、釈迦(中央に座っている人物)の手前に立ち、両手を合わせている僧です。
 背中にインドから中国へ運ぶ、山積みのお経を背負っているのが特徴です。

文殊菩薩像   室町時代  田万コレクション

(作品解説)
 獅子に乗る文殊菩薩を描いた室町後期の作品で、当初の彩色が鮮明に残っています。 
 文殊は智慧を象徴する菩薩で、一般に普賢菩薩とともに釈迦の脇侍(きょうじ。「わきじ」とも)として描かれます。文殊は釈迦の死後インドに生まれた実在の人物で、十大弟子とも深い関係があるとされます。
 その姿は諸説ありますが、本図では右手に剣、左手には蓮華の茎を握り、蓮華の上には経典を載せており、獅子の背の蓮華座に左足を踏みおろして坐っています。
 中国では山西省の五台山が文殊の聖地とされ、平安時代に円仁が文殊信仰を日本に伝えました。

 文殊菩薩が乗っている動物は何でしょうか?

 ライオンです。インドでは象とともに神聖視された霊獣で、漢名で「獅子」と呼びます。
 寺社の門前を守り、獅子と一対で門前の両脇に坐っている狛犬(こまいぬ)も、獅子のデザインが中国でデフォルメされたものと言われています。 



十六羅漢図 2幅のうち 室町時代  西明寺伝来

(作品解説)
 羅漢とは「阿羅漢=アラハット」というサンスクリット語の音字の略称で、「仏教の修行をした尊敬に値する人」を意味します。釈迦が入滅のときに「自分の亡き後は仏法を守り、人々に伝えるように」と、16人の弟子に遺言したと伝えられ、これが十六羅漢信仰の始まりと考えられています。
 日本には奈良時代に羅漢信仰が伝えられましたが、禅宗が広まった鎌倉時代以降、宗派を超えて、各寺院で祀られるようになりました。
 本図は京都・槇尾西明寺(まきのおさいみょうじ)に伝来した14世紀半ば頃の作で、八羅漢ずつを描いた2幅のうちの左幅です。

 羅漢と呼ばれる人物の顔に注目してください。よく見ると現代のファッションに通じる金属の飾りがありますが、さて、顔のどの部分にあるのでしょうか?

 耳の部分に耳飾り(イヤリング)をつけています。当時インドの貴族の間では、おしゃれ、ファッションのひとつとして耳飾りをつけていました。昔のインドや中国などの作品を見るとまだまだ、現在のファッションに共通するものが発見できるかもしれません。
 隣に並んでいる騎獅文殊菩薩像の左の耳にも、羅漢と同じく耳飾りを見ることができます。


第2章 密教絵画

弘法大師像   室町時代  田万コレクション

(作品解説)
 日本に本格的な密教(真言密教)を伝えた空海(774〜835)の肖像で、大師といえば弘法大師を指すほど有名です。
 牀座(しょうざ。四脚台)に坐り、首を右に向けて何かを見つめているようす。胸の辺りに金色に光っているのは煩悩を打ち砕く五鈷杵(ごこしょ)という仏具(密教法具)で、右手首を器用にひねって持っており、数珠を持った左手は膝の上に置きます。

 この原画は大師の弟子、真如法親王(しんにょほっしんのう)が大師の生前に描いたもので、その後の大師像の典型となりました。
 室町前期の作で、図の上には色紙形(しきしがた)をかたどり、大師の一代記を漢文で書いています。

 五鈷杵とは聞き慣れない名前ですが、何に使うのですか?

 仏具のひとつ、金剛杵の一種です。鈷(こ)は、もともとは古代インドの護身用の武器でした。密教では煩悩を信仰の邪魔をする敵として、これを打ち砕く力を象徴的に目に見える形で示すために仏具に取り入れました。

 金剛は一切のものを打ち破る最も硬い金属。杵は兎の餅つきにあるような握り杵。これを握り締め、迫り来るあらゆる仏敵を打ち破る決意を固めるので、人を殺傷するものではありません。
 両端が鋭いきば牙のようになっており、牙の一つだけのものが独鈷(とっこ。「どっこ」とも)。分かれて三つあるのが三鈷杵、五つあるのが五鈷杵です。
 なお、実物が会場の覗きケースに展示してありますので、参照してください。

 個人の肖像画のようですが、やはり仏画なのですか?

 宗教的に傑出した人物、特に宗祖などは、その精神を受け継ぎ讃えるために描かれ(これを「祖師像」といいます)、多くは礼拝の対象ともされるので、日本では仏経絵画の一部となっています。
 弘法大師像は真言宗寺院では、密教をインドから中国、日本と伝えてきた七人の尊師とともに「真言八祖(しんごんはっそ)」として本堂に掲げています。「真言八祖」は一組八幅で、本美術館にも一組所蔵していますが、この弘法大師像は、これとは別に独立して作られたようです。

 上のほうの色紙形には、何が書かれているのですか?

 墨がところどころ消え、全文は読めませんが、「弘法大師法諱空海」、「延暦二十三年渡唐」、「恵果」、「大同元季帰朝」、「承和二季三月廿一日入」とありますので大師の一代記と考えました。(延暦23年は804年、大同元年は806年、承和2年は835年、「季」は「年」の古字)

 向かって右下、牀座(四脚台)の前にある壷のようなものは何ですか?

 携帯用の水筒です。僧の所持すべき十八物の一つで、軍持(くんじ。「ぐんじ」とも)といいます。
 サンスクリット語のクンディカ(kundika)を音写したものです。多くの「真言八祖」にはこれが描かれています。

会場で探そう!密教絵画クイズ(1)

 「五鈷杵」は、この会場の別の作品にも描かれています。
 さて、その作品とはどれでしょうか?(解答は○○ページ)



両界種子繍髪曼荼羅(りょうかいしゅじしゅうはつまんだら)   鎌倉時代  田万コレクション

(作品解説)
 両界曼荼羅といっても全図ではなく、金剛界(画面上)は中心の成身会(じょうじんね)、胎蔵界(画面中央)は中台八葉院(ちゅうだいはちよういん)だけを縦に並べ、ともに各尊像を種子(しゅじ=梵字:ぼんじ)で示す種子曼荼羅です。
 この種子は材料に毛髪を刺繍して作っており、何か悩みや願い事を持った女性が、自らの頭髪をこれに籠めて祈願祈祷したかと思われます。

 なお、その下には海を背景に三体の菩薩(向かって左から地蔵・聖観音・普賢)が並び、さらに下にぞう宝蔵天女が配されるという珍しい構成になっています。
 画面は傷みが目立ちますが、鎌倉時代の貴重な作品です。

 仏像が下に四体しか見当たりませんが、これも曼荼羅なのですか?

 ここでは、金剛界と胎蔵界との両界の主要部を上下に並べ、その下に四体の仏像を配して一図にまとめたもので、その理由は分かりませんが、特別な祈願の修法のために作られたものと思われます。
 曼荼羅の部分に仏像がないのは、それを種子で表しているからです。

 種子とは何ですか?

 密教では「しゅじ」と読み、仏や菩薩を梵字1字で表したものをいいます。
 この図の真ん中、胎蔵界の中心にある梵字は「アーンク」で大日如来を、その左斜め下の梵字は「ボ」で観音菩薩を表します。

 どの梵字が何を表すかは独特の結び付きがあり、悉曇学(しったんがく)と呼ばれる学問にまでなっていました。
 悉曇はサンスクリット語のsiddham(文字表に書かれていた「やり遂げよ」という言葉)を音写したものです。

 下の三体の仏像のうち左は地蔵菩薩ということですが、あまりにも「お地蔵さん」のイメージとかけ離れていますが?

 

 この地蔵菩薩は胎蔵界曼荼羅の地蔵院におられ、密教の儀軌(ぎき)に基づいて描かれたものです。
 私たちに親しみのある「お地蔵さん」は、ずっと右に展示されている「地蔵菩薩・二童子像」 のような声聞形(しょうもんぎょう。又は僧形=そうぎょう)地蔵菩薩です。
 詳しいことは、その説明をご覧いただくとして、ここでは胎蔵界曼荼羅や「別尊雑記」(べっそんざっき)の図を挙げておきました。



会場で探そう!密教絵画クイズ(2)
 金剛界曼荼羅では、大日如来はどこにおられるでしょうか?
 (解答は○○ページ)

金輪仏頂図(きんりんぶっちょうず)   鎌倉時代  西明寺伝来 

(作品解説)  
 他に見られない尊像構成の作例で、表題は表具裏書きによりました。中央に金剛界の大日如来と同体になる金輪仏頂を置き、上には向かって左に観音菩薩、右に勢至菩薩、下には向かって左に二臂如意輪観音(?推定)、右に不動明王を配しています。
 個別の尊像を本尊とする別尊曼荼羅には、仏頂系に「一字金輪仏頂(いちじきんりんぶっちょう)」という曼荼羅がありますが、図様はこれとまったく異なり、どのような修法に使われたのかよく分かっていません。
 鎌倉時代13世紀の制作になり、京都・槇尾西明寺に伝来しました。

 「金輪仏頂」とは何を表しているのですか?


 本図は、別尊法(息災、増益など特定の目的のため、個別の尊像を本尊として供養する修法)に使われる密教の曼荼羅、即ち、別尊曼荼羅(べっそんまんだら)のうちのひとつと考えられます。

 金輪仏頂は一字金輪(いちじきんりん)、あるいは一字頂輪王(いちじちょうりんおう)の別名ですから、仏頂系の金輪法、あるいは一字金輪法に基づく曼荼羅になるはずですが、本図は定められた尊像の種類や配置に大きな隔たりがあり、どのような目的で作られたかは不明です。 

 仏頂とは、文字通り仏の頭のてっぺんを指しますが、俗人とは違い盛り上がっていて、ここには仏の最も優れた知恵や慈悲がいっぱい詰まっているのです。さらにこれが象徴的に尊格化され、多くの仏頂尊となりました。

 伝説的な古代インドの聖王である転輪聖王(てんりんしょうおう)の中の最高最上の金輪王に因んで、金輪仏頂とは最高の仏頂尊であることを表しています。
 金輪仏頂には根拠となる経典や儀軌(ぎき。儀式・祭典に関する規則・細則)によって、釈迦如来の仏頂から出現した「釈迦金輪」と、大日如来が日輪中にある「大日金輪」の二種類があります。
 本図の主尊は、金剛界の大日如来ですから「大日金輪」と思われますが、日輪がないので、この図から「金輪仏頂」と言えるのか断定はできません。

会場で探そう!密教絵画クイズ(3)
 本図の主尊の「仏頂」はどう表現されていますか?見直してみましょう。
(解答は○○ページ)

 

会場で探そう!密教絵画クイズ(4)
 本図の主尊の指の組み方(「印」又は「印相(いんぞう)」と言います)はどんな形をしているでしょうか?
(解答は○○ページ)





会場で探そう!密教絵画クイズ(1)〜(4)解答編

密教クイズ(1)解答
 ずっと右の方に展示してある「金剛薩埵像(こんごうさったぞう)」です。右手の甲を胸の方に向け、五鈷杵を握る指が見えるようになっています。

密教クイズ(2)解答
 大日如来はすべてのものを包括していますから当然中央におられます。
 曼荼羅自体が小さく、種子が見えにくいのですが、 バンという梵字です。

密教クイズ(3)解答

 普通の如来のように仏頂を表しているのではなく、菩薩のように立派な宝冠を被っておられます。その他の装飾が多いのも、宇宙の王者たる威厳を表すものです。
 伝説上の全世界の王、金輪王と、ある意味で一体化しているといえます。

(参考)
(1)宝冠、(2)白毫相(びゃくごうそう)、(3)三道、(4)胸飾、(5)臂釧(ひせん)、(6)腕釧、(7)瓔珞(ようらく。首飾り)、(8)光背(こうはい。二重円相光)、(9)垂髪(すいはつ)、(10)智拳印(ちけんいん)、(11)裙(くん。=裳:も)、(12)台座(蓮華)

密教クイズ(4)解答
 両界の大日如来は印の形だけが違い、それ以外のお姿はまったく同じです。この印は智拳印といい、人差し指以外の指で親指を握り、右手で左の人差し指を握り、右手の人差し指を親指の上に置きます。

  ← 智拳印 

  法界定印→
 最高の悟りを表すものとされますが、昔の子供は忍術遊びに「どろんどろん」と、この印を真似ていました。

 なお、胎蔵界の大日如来は法界定印(ほっかいじょういん)を結んでおられます。




(石野 注)

 まだ途中ですが、少し長くなったので、ここでいったん切ります。

 それでは、皆さんごきげんよう♪ 


 

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