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(No22) OSAKA演博 2010 鑑賞記 その4
「OSAKA演博2010」とは、何なのか?
ともかく、そんな大きな国際イベントが旭区の区民センターや芸術創造館で開催されている・・・・・の続き。
きつね
出演:ゲキダンキオ(日本/演劇)
キャスト:轡十文字(くつわじゅうもんじ)、さくらこりん、ここのえこねこ
戯作・演出・舞台美術:中立公平(なかだちこうへい)
パンフの紹介文によれば「真に子ども達に伝えたいこと、人類がいつまでも忘れてはならないことを3人の俳優が描く、きつねと人間の物語。新美南吉の『きつね』、『てぶくろを買いに』、『ごんぎつね』がひとつになった民話劇」。
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子ども会か何かの団体客が前方に3、40人ほど陣取る。
女性だけどヒゲのメイクで、ドラムのスティックを2本持った人がまず挨拶。
キム兄か野生爆弾川島のようなヒゲ面の男がペコペコと謝る。
ふっくらタイプの女工員はやたら小遣いをせびる。
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床に靴が置かれていたようなんだが、後ろの方に座っていたので、それが見えなかった。その靴に引っ掛かったりするギャグがあったのだが、最初はよく分からなかった。
ふっくらが靴を散らかして、野爆がスティックに怒られるという「ドタバタ」で、子どもたちは大受け。(ちょっと、スティックを叩く場面が多すぎたかな?)
しかし、3人が立ってしゃべり出すと「ええ〜?」「きつねは?」「きつね、出ぇへんの?」とこれで終わりか?と思った子どもたちは大騒ぎ。
「夜に新しい靴をおろすと、人は狐になる」
野爆がそう宣言する。私は知らなかったが、WIKIにも「靴にまつわる言い伝え」として載っていた。幕末に龍馬が革靴を履いていたというが、日本では洋式の革靴はそれほど長い歴史を持っていないだろう。
洋式の革靴に限定せず、履物全般を指すのだろうか?
テーブルの上の革トランクがきつねの親子のほら穴を示す。
心配性のお母さん、恐れを知らない子ども。
野爆が懐中電灯を捧げ持ち、真下に光を出して、そこに金属片をまいて雪を表す。シンプルだけどとても印象的。
LAUT 〜海〜
小谷野哲郎、マイケル・サカモト、ワエダオ・シリシューク、あらたまお(アジア/パフォーミングアーツ)
パンフには上記4人しか書いていないが、ダンサー4人と演奏者が1人いた。
ここによると、あと1人は、「バリガムラン奏者の小林恵美さん」っぽい。小林さんは、黒のノースリーブの服を着て、短髪。
「はぐれ刑事純情派」の府警役をしていた岡本麗さんみたいな感じ。
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また、猿の仮面をかぶり、最初に少ししゃべった人物が小谷野哲郎氏のようだ。
「生命はすべて海から生まれた。最初は、そうだな。ええと、これくらい。いや、このくらいか。
えと、血もしょっぱいだろ。それはだな、生命がだな、海から、あの、生まれたからなんだ」
しゃべり方から連想したのは聖飢魔IIのデーモン小暮閣下。それも、よく噛むデーモン。
小谷野氏は木霊爺というキャラを演じているようなので、こういうしゃべり方をするのかもしれない。
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座っていたワエダオさんと思われる女性が立ち上がって踊る。いかにもバリ・・・という感じで、しなやかに身体を傾けて踊る。
次にあらたまお(私は最初、「あら 玉男」かと思った。あらた真生みたいだ)さんと思われる女性が立ち上がる。ロボットダンスのような、空手の「型」のような。
すごい美人です。若い中島みゆきみたい。ただ、どこが「海」なんだろうと思う。
最後、マイケルさんと思われる男性が立ち上がる。
上写真で裸なのが彼だろうか。顔は似ている。
スキンヘッドで、眉間にシワを寄せた厳しい表情で、他の人を見ていた。共演者の演技に批判的なのかな?とさえ思った。
今日は裸ではなく、肩のところがほころんだ学生服のような格好。
彼の踊りもロボットダンスだ。しかし、やたらシナをつくる。くにゃっとなっては、しゃきっと持ち直す。
両手で顔を覆う。そして、手を開くと、呆けたような、最初の頃の吊り上がった眉がウソのように「への字」に。志村けんのバカ殿がエロい想像をしてる時のような顔。
ただ、どこが「海」なんだろう?
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ずっと波の音が流れていたのだが、時折り「人が悟りを得るということは・・・」という朗読やら、読経が流れたりもする。
次に団体演技というか、四人がそれぞれ波をデザインした腰布を巻き、思い思いに踊る。
私のメモでは「スキン(ヘッド)はシナつくる カンフーは演武する バリは傾く ブッチャーは回る」と書いている。
小谷野氏は、ベールを被り、その上から仮面をつけてるんで、特に後ろ姿がアブドラ・ザ・ブッチャーそっくり。で、両手を軽く開いて、円を描いて回る。
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椅子席ではなく、シートの上に観客(10数人ほど)がべちゃっと座って鑑賞しているのだが、はっきり言って「一体、どう対応したらいいもんなんだか・・・・」感が充満していたように思う。
で、またまたはっきり言って、「ハズレやな、これは・・・」なんて思っていた。
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しかし、今になってみると、妙に心に引っ掛かっているのも事実だ。
どうもご退屈さまでした。
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