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(No102) 日本の話芸 TV鑑賞記
平成20年6月22日(くらい?)の放映。
(1) 笑福亭福笑 「千早ふる」
NHKでの放送・・・・・で、噺自体は前座噺みたいな「千早ふる」。はっきり言って全然期待していなかったのだが、そこで腰を抜かすような傑作高座に巡り会うから、おもしろいもんだ。
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今日は知ったか振りの噺を聴いていただきます。
こないだも道頓堀(どうとんぼり。大阪はミナミの地名)歩いておりますと、前に知ったか振りの会話をしてる二人連れがおったんですな。
「ミナミも最近は、寄席小屋が増えたね」
「そうそう、NGK(なんばグランド花月)だろう」
「それと、ワッハ上方」
「あと・・・・そう、角座(かくざ)」
「え?違うよ。あれは角座(すみざ)だよ」
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私、聞いててムカムカしましてな。後ろから、こうゆうたりたくなりました。
「違うわぁ〜!あら、角座(つのざ)じゃ!」(注 正しくは「かどざ」)
反対に知ってるくせに何でも「知らん」ゆう人間がおりますな。・・・・うちの嫁はんがそうだ。
「おい、嫁はん。わいの新しい傘、知らんか?」
「・・・・・知らん」
「一番上等の靴は?」
「・・・・・知らん」
「子供はどこ行ってん?」
「・・・・・知らん」
「今晩のおかずは?」
「・・・・・知らん」
「明日の天気は?」
「・・・・・知らん」
「・・・・・・・・何でも知らん、知らん言いやがって!わいは、お前のいったい何やねん!?」
「・・・・・知らん」
(自嘲気味に苦笑しながら)・・・・・・しょうもない小噺や。
(と、突然泣き伏すような格好で)「私、何も知りませんねん。・・・・・・・すべて従業員がやったことですぅ〜。
・・・・・・・・・頭ん中が真っ白になって・・・・」
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場内大爆笑。しかし、しばらくすると、これの何がおもしろいのかもわからなくなるだろう。今のうちに解説しておく。
これは、偽ブランド食品問題や料亭の料理使い回し問題で結局廃業した船場吉兆の腹話術おかみ(従業員に罪を着せたり、息子との謝罪会見で、言葉の出てこない息子に、予め用意の台詞を教えようと「頭の中が真っ白になって・・・・」などと小声でささやいたつもりが、高性能マイクで全部拾われてしまったことで有名)の物真似である。 |
グルメの人ゆうか、味にうるさい人ていてますな。
ま、それが社会的ステータスとゆうか、文化人・・・て感じに思てはるんでしょうか。
養殖と天然にこだわる人がいてはります。私ら、そんな違い、わかりません。まあ、冷凍もんとそうでないのんくらいはわかりまっけど。
養殖と天然て、そない違うもんでっしゃろうかなぁ?値段ほどの違いはないように思うんですが。
まあ、養殖もんがあるさかい、回転寿司で気軽にタイやハマチが食べられまんねんでぇ。
よぉ考えたら、牛肉にしたかて豚肉にしたかて、あら養殖でっさかいな。田んぼの米も、畑の野菜も養殖なんですから。
高いもん食べてるゆう優越感で、こだわりはるんでしょうか。
そんなんゆうてるから、「天然アイガモ」なんて訳のわからんもんが出てくるんですわ。だいたい、アイガモて、アヒルとカモを、人間が人工的に交配してこさえたもんでっさかいなぁ。天然には無いんですわ。
何でオンタ(雄)のカモが、メンタ(雌)のアヒルに「好っきゃあ〜!」ゆうて飛びかからなあきまへんねん。
何でも形から入ってしまうんでしょうかなぁ。
まあ、知ったか振りも、普段から全く何も物を知らん人はせんのです。普段、人から物知り・・・とか言われててね。へいぜい、人にちょこちょこと物を教えたりしてる人が、たんまに知らんことを尋(たん)ねられて、知らんとは言いにくい。それで、ついつい取り繕う・・・とゆうかお茶を濁すもんなんですが、今日は、「千早ふる」とゆう知ったか振りの噺を聴いていただきます。 「えらい、すんまへん。何でもあんさん、えらい物知りやぁて聞いたんで、今日はちょっと『百人ひとくび』のこと教(おせ)てもらお思て、寄せてもろたんでっけど」
「ええぇ??百人ひとくびぃ?そら、えらい生々しいなぁ。そんなん、聞いたことないわ」
「え?そんなことおまへんやろ。ほれ、ようさんの歌ん中からひとつずつ選ぶやつ」
「・・・・・・・・・・・百人一首(ひゃくにんいっしゅ)や、それは。のっけ(最初)から、えらい間違(まちご)うてるがな」
「まあ、何でもよろし。わたい、そん中でも『おのこちょう』が好きでんねん」
「おのこちょう??そんな歌人、いてへんで」
「いてまんがな。『花の色は移りにけりな いたずらに・・・・』ゆうて」
「・・・・・・・・・・・そら小野小町(おののこまち)やがな」
「さよか。あっ、それからわたい、『きよししょうのげん』も好きでんねん」
「きよししょうのげん?そんな『げんのしょうこ』(民間薬として下痢止めや胃薬に用いられる薬草)みたいな名前の歌人はおらん」
「いてまっせ。『夜をこめて・・・・』」
「そら、清少納言(せいしょうなごん)や!」
「さよか。あと『きいかんの』もよろしいなぁ」
「きいかんのぉ?何人(なにじん。どこの国の人)や?」
「おまんがな。『人はいざ・・・』」
「・・・・・紀貫之(きのつらゆき)な。『土佐日記』書いた」
「あと、『すじょうほうし』も」
「・・・そら、素性法師(そせいほうし)」
「『にしゆき』も好っきゃあ!」
「そら、西行(さいぎょう)!!
・・・・・・・・もうちょっと、なんとかせえ。皆、間違(まちご)ぉてる」
「で、わい、一つわからんことがおまんねんけど・・」
「みな、わからへん。みな、間違うてるがな」
「『ざいはらぎょうへい』ゆう人の歌の意味でんねんけど・・・」
「ざ、ざいはらぎょうへいぃ?何ぼなんでも、そんな人は・・・」
「いや、千早ふる・・・」
「・・・・・・・・・ああ、在原業平(ありわらのなりひら)・・・ね。
業平ゆうと男前やったらしいな。
べっぴんのおなごはんのことを『○○小町』てなことゆうが、男前のことは『今業平』なんてことをゆうなぁ」
「はあ、せやから、なりひらの歌の意味を」
「え?意味?そんなん誰かて知ってるがな。
千早ふる・・・やろ。神代もきかず竜田川・・・・・・・からくれないに水くぐるとは・・・・・・。合(お)うてるなぁ?どうしても、そうつながるやろ?でや、わかったぁ?」 「皆目(かいもく。さっぱりわからない)。」
「ええ?子供でも知ってるでぇ?
正月、町内でかるた大会、やるやろがな。
(しわがれ声で浪曲風:「♪旅行けば〜」の節で、うなる)♪ちはやふるぅ〜うぅ〜 かみよもきかずぅ〜〜たつたぁあ〜がわぁ〜〜♪」(場内から拍手)
(苦笑しながら)「・・・・そんな浪曲みたいなかるた大会、聞いたことない」
「何や、せっかく、ええ節聞かせたったのに。(客席に向かい)なあ、せっかく手ぇたたいてもうたのに。
いや、仮にや。これが千早ふる 神代もきかず 竜田川・・・・と来てやで。あと、知るも知らぬも逢坂の関・・・となってみぃ?蝉丸、怒ってきはるで。
また、これが、割れても末にあわんとぞ思う・・・・・・って続いてみぃや。これも崇徳院さんが怒ってきはる。
第一、てったいの熊はんが困るがな。
それにや、『千早ふる』か『崇徳院』か、楽屋でネタ帳、どうつけるねん?
と、ゆうてやで。これが霧立ちのぼる 秋の夕暮れ・・・となったら、これもおかしい。じゃが芋頭の坊さんが怒ってきよる。
せやから、千早ふる・・・ときたら神代もきかず 竜田川 からくれないに 水くぐるとは・・・・。
な?こないすると四方八方丸ぅおさまるやろぉ?わかった?」
「いよいよ、わからん」
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百人一首の元歌は、それぞれ次のとおり。
「これやこの ゆくもかへるも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関」
(蝉丸)
「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の 割れても末に
あわんとぞ思う」(崇徳院)
「むら雨(さめ)の 露もまだひぬ 槙(まき)の葉に 霧立ちのぼる 秋の夕暮れ」(寂蓮法師)
「てったいの熊はん」とか、楽屋のネタ帳云々は、落語「崇徳院」にからむ内輪ネタのようなもの。 |
「まだわからん?
おまはん、大体、自分でちったぁ考えなあかんで。
そもそも『竜田川』て、どうゆうこっちゃ思てんねん?」
「え?どうゆうこっちゃて、竜田川ゆうくらいやねんから、そら、川の名前と違いますんか?」
「さあ、そう考えるのが素人の(『浅墓さ』と言おうとして)あささか・・・あはかさ・・・・あかさか べっちゃか ちゃかちゃかちゃ!」
「『おてもやん』でっか?」
「竜田川ゆうのんは川の名前やない。何を隠そう、あら、人の名前や」
「え?」
「それも相撲取りの名前。本名は乙松。
田舎では向かうところ敵なしやったんやな。ほんで親の反対押し切って、大坂に出てきたんやが、大坂では自分ぐらいのもんは、ざらにおる。
ここで初めて自分の慢心に気がついたんや。ほんで、心を入れ換えて精進に精進を重ねて、ついには見事、大坂相撲の大関にまでのぼりつめたとゆう、本日は、竜田川 出世相撲の一席。
ほな、これでお帰りを」
「・・・・・・あのねぇ。わたい、何も今日は講釈一代記を聴きに来たんやおまへんねん」
(と、物知りご隠居は軽妙な手踊りとともに河内音頭を唄い始める)
「♪ 五丈三尺 やぐらの上で どどんと打ち出す 一番太鼓ぉ〜 ♪
♪ 朝の早(は)よから 見物の衆が この一番を見なければぁ 男と生まれた 甲斐がないぃ〜♪
♪ 金がなければ 可愛い娘を 奉公に出してもぉ〜 ♪ 」
「・・・・・・・えらい、すんまへん。気分よぉやったはりますけど、わたい、別に河内音頭聴きに来たわけでもおまへんねん」
(キレ気味に)
「どないせぇちゅうねん!!せやからさっきからゆうてるやろ、ちったぁ自分で考えゆうて。
(今度は落ち着き払った口調で)
自分で悟りを切り開く・・・・・・・・これが仏の道じゃ」
「わたい、別に仏の道はどっちゃでもよろしねん」
「ほな、女の道か?」
「・・・・いや、別にそれも」
「やかましいなぁ!大体、おまはん、『千早』って、どうゆう意味や思てんねん?」
「さあ、わかりまへんけど、さっきの竜田川が人の名前やってんから、もしかしたら千早ゆうのも人の名ぁでっか?」
「・・・・・・・・せや」
「え?ほんまに人の名前ですんか」
「何を隠そう、おいらん(花魁。正しくは江戸吉原の最高級の格式の遊女を花魁と呼んだようである)の名前や。昔、京都の島原に千早大夫とゆう、それはそれは美しいおいらんがおったんじゃ。
おまはん、知らんやろけど一流のおいらんゆうたら、歌や踊りはゆうに及ばず、茶道に華道、書画、骨董に至るまで何にでも秀でてなあかん。
せやから、お座敷でも客を差し置いて上(かみ)の座ぁにすわったゆうくらいや。
そんなおいらんと遊ぼうと思たら莫大な金がいる。たちまち身代が傾く。せやから、昔からおいらんのことを別名、城も傾くゆうて傾城(けいせい)とも呼ぶんや。
そら大変や。せやから、おまはんも、そんな高望みはせんと、おいらんのことはきっぱりあきらめて、はよ家にお帰り。さいなら、ごめん」
「いや、わたい、別に女遊びのこと、相談に来たわけでもおまへん」
「まだ、ゆうか?
大体、おまはん、神代って、どうゆうこっちゃ思てるんや?」
「まさか、これも遊女の名前や、てなことおまへんやろな」
「・・・・・・・・・せや」
「ええ?そうなんでっか」
「神代ゆうたら千早の妹や」
「ちょっと待って。ほたら、二人で遊女、姉妹で遊女?」
「そう。姉妹で遊女。・・・・・・・・・これでしまい(おしまい。姉妹)」
「・・・・・そう来るか、とは思てたけどな」
「神代ゆうのは源氏名。本名は、とみ。
ある日、竜田川がお座敷で千早大夫に初めて会(お)うたんやな。一目惚れゆうやっちゃ。
しかし、一流のおいらんや、気位が高いがな。何が、田舎者の相撲取りふぜいが・・・・てなもんや。ツーンと相手にもせんと、振りよった。
そしたら・・・・ゆうことで、今度は妹の神代を口説きよった。しかし、『姉さんが振った相手、わちきも、いやでありんすわ』てなもんで、ゆうことを聞かなんだ。
この歌はつまり、二人のおなごに続けざまに振られたゆう、実に気の毒な歌や。
わかったぁ?
ほな、わし、もう寝るさかい。さいなら、おやすみ」
「・・・・いや、ほんで下の句ぅは?」
「そら、また今度のお楽しみ」
「そんなん、紙芝居やあるまいし」
「・・・・・お前なぁ。ほんま、さっきからゆうてるやろ。自分で考えなあかんて。
神に頼ったらあかん。それが天神さんの教えや」
「ええ?そうでっかぁ?
天神さん、頼られて、えらい金儲けしてる」
「こら!ここやから、ええけど、繁昌亭でゆうたら、出入り禁止やぞ」
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天神さんとゆうと、学問の神様、菅原道真を祀った神社で、ここではいわゆる天満の天神さん、大阪天満宮のこと。
学問の神様なので、受験シーズンともなれば「神頼み」の人々で御祈祷や絵馬、お守り・・・と賑わう(つまり「儲かる」)。
この落語は、多分NHKホールで収録されている。繁昌亭とは天満天神繁昌亭のことで、ご存知大阪天満宮の土地の一角に建っている。 |
「ほな、おまはん訊くけど、からくれないってどうゆうことや思うねん?」
「からくれない?う〜ん。まっすぐにとったら、オカラをくれないゆうことでっかなぁ?」
「・・・・・・・・・せや」
「ええ?中国、つまり唐(から)の国は日ぃが長い。せやから唐、暮れないゆう意味ちゃいまんのか?」
「・・・・・・・・・せや」
「せや、て、どっちゃでんねん?」
「どっちゃでもええねん」
「色の名前で『唐紅』(からくれない)ゆう色がおまっせぇ。濃いぃ紅色。この色のこと、ちゃいまんのか?」
「・・・・・・・・・せや」
「・・・・・・ええ加減にしなはれ。何でもせや、ゆうたらええ思たはるんでっか?」
「・・・・・・・・・せや」
「もうええわ。
はは〜ん。あんた、ほんまは、この歌の意味、知らはらへんのちゃいまっか?」
「・・・・・・・・知らなんだら、でやっちゅうねん!!こらぁ!!おのれが相談あるゆうから、聞いたってるんやないかい!!」
「・・・・・・そんな居直り方、ありだっかぁ?ものすご強引やわ」
「だいたい、歌の意味みたいなもん、どないとってもええねん。どれも、後の時代のもんが勝手なことゆうてるだけや。
本人が来て『ちゃう!』ゆうたらどないすんねん。
で、おまはんは、どれがええねん?」
「どれが・・・って、駄菓子屋で飴、よってる(選んでる)んやないねんから」
「ほなら、真ん中とって、オカラをくれないで行こか」
「・・・・・どれが端で、どれが真ん中なんか、よぉわかりまへんけど」
「何を隠そう・・・・」
「あんさん、危のなったらいっつもそれでんなぁ」
「何を隠そう、竜田川の実家は豆腐屋やった。
二人の女に振られた竜田川、稽古にも身が入らん。相撲も負け続けや。
で、すっぱり相撲から身ぃ引いて、田舎に帰って家業の豆腐屋を継いだ。
五年の間、身を粉にして働いたさかい、立派な身代を築き上げた。
ある日、店の前に一人の乞食の女が立ちよった。青黒い顔で、身にはボロをまとい、竹の杖にすがっとぉる。
『二日も何も食(しょく)さず、難渋いたしております。恐れ入りますが、卯の花(オカラ)を分けてはくださいませぬか』(言葉に合わせ、口をぱくぱくぱくと開けて、ろくに声も出ないさま)
それはお気の毒、ささ、いかほどでも・・・とオカラを竹の皮に包んで渡してやろうとした、その時、互いに見交わす顔と顔・・・・。
(と、三味線を抱えて、弾きだす真似)
♪ チンチリチンチン はっ!よっ!ふんふん!!
は!よ!あ!ほっ!へっ!はっ!ふん! ♪」
「・・・・・なんぼ時間ひっぱるゆうて、そんなとこで・・・・。
すんまへんけど、先、進んでもらえまへんやろか」
「 『そちゃ、千早太夫?』
『ええ〜?』
顔を真っ赤にした竜田川。満座の中で赤恥かかされた恨みは忘れられん。
『犬猫にくれてやるオカラは、ござっても、おのれに食らわすオカラはあるものか。さっさと出てゆかっしゃい!』
いくら気丈な千早大夫も、これには、たまらず、
(着物の袂を噛んで、泣く真似)ああぁ〜 あっあっああ〜〜あぁあ〜 すまんのぉ〜〜(と、ハンカチを噛んで泣くのが得意ギャグの横山たかし・ひろしの真似)」
「ゆうかぁ?そんなこと」
「あまりの報い、あまりの因果に、もはや、これまで!と近くにあった井戸に身投げしはったんや。
・・・・・・・つまり、水、くぐりはったんやねぇ・・・・・」
「ちょっと待ってぇ。まさか、それが、水くぐるとは、につながんのん?」
「・・・・・・・・・せや」
「よぉ言わんわ。よぉ、そんだけ口から出まかせばっかり」
「何でや。千早太夫が竜田川のことを振ったんやで。妹の神代もゆうことを聞かなんだんや。せやさかい、千早ふる 神代もきかず 竜田川。ほんで、カラくれない・・・で、水くぐるとは。
うん。我ながら、よぉでけてる」
「自分で感心しなはんな」
「さあ、こんでもうええやろ。
わし寝るで。
大体なあ。今度来る時は手土産の一つも持ってこな、あかんで。こっちゃぁ、えらい汗かいてんねんから。
帰んねんやったら、そこ、あんじょう(ちゃんと)閉めとってや」
「ちょっと待っとくんなはれや。百人一首ゆうたら、大体が自分の身の上のこと歌(うと)てるもんでっせ。何で、業平さんだけ、人の恋の歌、うとてまんねん?」
「・・・・・・・・・せや」
「せや、やおまへんがな。わたいが訊いてまんねん」
「今度会(お)うたら、また訊いとく」
「時代がちゃいますわ」
「・・・・・・・・・せや」
「せや、やおまへん。
それに、『水くぐる』まではわかりまっけど、最後の『とは』って何だんねん?」
「・・・・・・・・・せや」
「せや、やおまへん。とは!」
「・・・とは、お若(わこ)ぉ見える」
「そんなこと訊いてへん!とは!」
「・・・・・・・・・せや」
「せやと違う!とは!」
「・・・・・・・・とは、ゆうのは、千早の本名や」
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マクラで奥さんが「知らん」と繰り返すのが布石となっているせいか、「せや」の繰り返しがやたらおもしろい。
それと、「せや、やない。とは!」と詰め寄られ「・・・・とは、お若ぉ見える」というとこもツボにはまった。
これは、もちろん「子ほめ」という噺で、相手の年齢を若く言っていい気持にさせ、酒を奢らせようというところで「失礼なことをお訊きしますが、あんさん、いったい、おいくつでおます?」「ええ?恥ずかしい。訊かんといて。もぉ四十五ぉになんねん」「え?四十五?四十五ぉとは、お若(わこ)ぉ見える。どう見ても厄(四十二歳)そこそこ」というくだりから。
ああ、おもしろかったなぁ。福笑、おそるべし。 |
どうも、お退屈さまでした。聞き違い、記憶違いはご容赦ください。
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