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(No95) 桂米朝 夜の指定席 上方落語長講一席 DVD鑑賞記 これも貸していただいたもの。初演は1982年4月16日。収録は厚生年金中ホール。
(1) 桂米朝 「百年目」
今日は見台(けんだい)、膝隠しなどを使(つこ)うて、古い落語を聴いてもらいます。
ちょっと声をいためておりまして、普段は玉を転がしたような声なんですが、今日は錆付いたパチンコ玉を転がすような声で。
ちょっと鼻声なんですが、女性の鼻声は色っぽくて千金の値(あたい)があるとか申しますが、私のは黴菌の疑いがあるっちゅうやつで。
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昔の商家のお噂で、お馴染みが薄いですな。テレビなんかでちょっと出てますが。
番頭と旦那とでは、腹構えが違うものでして。
番頭は自分でやるのですが、旦那の方は任せ切りにせんならん。一時代前のお話でございます。 |
「定吉、最前(さいぜん。さっき)、こよりを100本、よるように言いましたが、まだできませんのか」
「へえ、今、94本で」
「ほな、あと6本だけかい」
「あと94本で、100本になりまんのんで」
「・・・・。見てたら、こよりで馬こしらえて遊んでなはる。そんなんがおもろいか」
「馬にこんな角がおまっかいな。芸の細かいとこ見てもらわんと。鹿を馬やなんて、そんな馬鹿な話・・・」
「幸助どん、あんた、私がこの子に小言ゆうてたら鼻で笑いなはったな。そうゆうのはせせら笑いゆうて一番あかん。おかしいことがあるのなら、口開けて笑いなはれ。
おまはんは何してる。浄瑠璃を稽古してなはるやろ。浄瑠璃てなもん、店の主(あるじ)でも身ぃ入れてたら商売に差し支える。楽隠居の身ぃになってから始めるもんや思いまっせ。
そんな暇があったら商いの勉強せんならん。それを小さい本出して、オガオガオガオガと豚が喘息患ろぉたような声出して。
利助どん。あんた今、『そうら来た』て言いなはったな?私が小言ゆうのん待ってなはったんか?待たれてんのやったら言わしてもらお。
ゆうべ、どこへ行ってなはった?出かけはってから根っからお帰りでない。枕に頭つけたもんの、私は一人でも帰ってないと寝られませんのじゃ。あら、1時くらいやなかったかなぁ、ガラガラって人力車(くるま)の音がして、うちからちょっと離れたところに梶棒が下りた。
若い女の声で『また、お近いうちに』ちゅうと、『シィ〜ッ!』と猫を追うような声がした。周りが静かやさかい、手に取るように聞こえたで。
誰ぞが言いつかってたんか、くぐりを開けて『お帰りやす』てゆうたが、また、『シィ〜ッ!』て猫を追うて、『おおけ、はばかりさん』(ありがとう、ごくろうさん)ゆう声に私は覚えがございます」
「へ、へぇ〜。実は池田屋の旦さんが謡(うたい)の会をなさるとゆうので、番頭さんが『謡の会は、堅いもんやさかい、ご迷惑やろけど、聞いたげてくれはらしまへんか』とおっしゃって・・」
「そら、ええことしなはった。
で、謡の会ゆうのは、あない遅くまでありましたんか?」
「いえ、会は早く終りましたんやが、番頭はんが、ご退屈でございましたやろぉ、ちょいとご気分直しに、ちょっと南まで付き合(お)うとくんなはれ、と」
「ほぉ?大阪の南て、堺か?和歌山か?」
「いや、南地(なんち。南新地、難波新地のこと)まで」
「南地までなんちに(何しに)行きなはった?」
「あのぉ、ワァ〜ッてなことを言いに」
「ワァ〜ぐらい家で言えまへんのか」
「いや、ちょっと屋茶へ上がって」
「屋茶て何じゃい」
「茶屋、引っくり返して屋茶」
「茶屋?えらい遠いとこまで茶ぁ買いに行きはったんやな。玉露か、煎茶か」
「いや、芸妓(げいこ)あげて、あと娼妓(しょうぎ)でも買おか、て」
「しょうぎ(床机)?腰掛か?」
「いや、姫買い・・・・。あっさりゆうたら、女郎買いに・・」
「これ!いくら私でも娼妓買うゆうのが机買うんやないくらいはわかります。
私は、芸者ゆう紗(しゃ。薄手の布地)が夏着るんや冬着るんや、幇間(たいこもち)ゆう餅は焼いて食うのか煮て食うのか、味おうたことがない。
その私の前で、ようもそこまでぬけぬけと言いなはったな!」
「ゆんべのところは、まことにわたくしのでけとこない(出来損ない)で・・・」
「物もあんじょうゆえてない。あんたは、他のもんとおんなじように言われてええ人やないで。私が来年にでも別家(べっけ。のれん分け)さしてもろたら、私に代わって帳場の鍵を預からんならん身ぃでっせ。
こうして、あんたと私がこんなことゆうてたら、はた(周り)の手前、ええ笑いもんになる。もうよろしい。立ちなはれ。今立たんと立つ機会(しお)がのぉなりまっせ」
「へぇ・・・・・・しびれが・・・」
「情けないお人やな。呆れ果てたお人や。
あんたらに任せてたら、お得意先がどないなってるやわからん。ちょっとひと回りしてきます。
旦さんがお聞きになったら、お得意先を回って、夕方には戻りますとゆうときなはれ。
丁稚(子ども)、履きもん、揃えましょ」
「へ〜い。(履物を揃えながら)毛虫がぁ〜出て行くぅ〜」
「誰や!」
「お早(はよ)うお帰り」
「お早うお帰りやす」
「定!お前、今、舌出したな」
「いえ、そんなこと・・・」
「前のガラスに映ったぁる」
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さんざん店の者に小言を言って、番頭さんは表に出る。
と、そこへ一人の幇間が近づいてきて、声を掛ける。
あわてて、「あ、こら田中屋のご隠居・・・」と誤魔化しにかかるが幇間がぴん!と来ないので、路地に連れ込む。
実は、この番頭、なかなかの遊び人で、芸妓をあげて船で花見に行くことになっていたが、なかなか来ないので幇間が迎えに来たのである。 |
「どないしたらって、お前、いっぺん通ったらわかるがな」
「わかったぁるて、あんた、わてが眼顔で知らしても出てきやはらへんから、しゃあない、ウロウロと」
「出る機会(しお)ゆうのがあるがな。店の前、そんな格好でウロウロされたら、気が気やない」
「わたいかて、気ぃ使(つこ)てますがな。怪しまれたらあかん思て、羅宇仕替屋(らおしかえや)に十銭やって、荷ぃ借りて・・」
「それが間違(まちご)ぉてる。化けるんやったら身なりから変えてこい。丁稚(こども)ゆうのは目ざといもんや。えらい良(え)え着物(べべ)着た羅宇仕替屋がいてまっせ言われた時には、わしゃ脇の下から冷や汗が出たがな」
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取りあえず幇間を船の方へ戻らせておいて、番頭は、ある駄菓子屋へ。
ここの二階に箪笥が一棹預けてあり、そこで店のお仕着せの木綿ものから贅沢なものに着替えて、船をつないだ高麗橋へ。
なお、羅宇(らお)とは、キセル(煙管)の雁首と吸い口の間の竹などの部分。ここにヤニが詰まったりするので、掃除したり、新しいものに取り替えたりするのが羅宇仕替屋で、『桂米朝コレクション 1』(ちくま文庫)では「らおしかえや」と振り仮名がついていたが、落語では一般に「らおしかや」と発音するようだ。
服装も黒のパッチ(薄い股引)と決まっていたようなので、縮緬づくめの幇間が羅宇仕替屋の荷を担ぐと違和感丸出しだったのである。
キセルは両端の雁首と吸い口だけが金属製なので、入場券などで改札を通り、定期券で降りることをキセル乗車(両端だけ「金」を払い、真ん中の区間は金を払わない)と言うのだが、今では区間が連続していないとエラーになるスイカ、イコカなどが主流になってるから、この言葉もそのうち「死語の世界」に入るのだろう。 |
「次さん、こっちだっせ。もう!あんさんが居てへんかったら、仏さんのおらんお堂のお守りしてるようなもんだっしゃないか」
「やいやい言いな。おけんたい(公然と、堂々と)で行く花見やないとあれほどゆうたぁるやないか。
船頭さん、早よ船、出して。
わしゃ呑んでられへん。帰ったら結界(けっかい)の中、入らな、いかんからな。
おい、障子も閉め。屋形船みたいなもん、誰が乗ってんのかいなとのぞかれる。ピシャッ〜と閉めて。物も言わんように」
「そんな・・・・・島送りの船みたいやないか」
「すまじきものは宮仕え・・・ゆうてな。おまはんらは、呑みぃな」
「次さん、川へ出たら開けてもよろしぃやろ?」
「あかん、あかん。今日ら屋形船ぎょうさん出てるからすれ違う時、誰と会うやもわからん」
「ええ?そんなんやったら、花も見られへん」
「障子に穴開けて、のぞいたらええがな」
「そんな・・・のぞきからくりや、あるまいし」
「匂いでもかいでたらええやろ」
「うち帰って、花は、でやった?て聞かれて、はあ、よぉ咲いてるようなカザ(匂い)してました・・・ってそんなアホなこと言われしまへんやないか」
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最初のうちは世間をはばかってチビチビ飲っていたが、屋形船は船足が遅い。東横堀から大川に出るまでには、すっかりご機嫌になってしまった。
「この蒸し暑いのに閉めきるやつがあるかいな」と障子も開け放つ。
桜の宮(地名。現在でも花見の名所)に着いた。顔がさす(正体がばれる)のを気にして、私は船の中に残るので皆は上がれと言っていた番頭だが、幇間の繁八が扇子を広げて頭にくくりつけ、目隠しに。
番頭を鬼にして「つかまえた奴は、酒の肴で踊らせるぞ」と鬼ごっこで大騒ぎ。
一方、店の親旦那さんは、出入りの医者玄伯老(げんぱくろう)と二人で静かに桜を楽しんでいた。
なお、結界(けっかい)というのは、最近のアニメなどでは悪霊などが立ち入れないよう呪術的に防衛された空間・・・・というような意味でよく用いられる。
この噺で番頭が「(店に)帰ったら結界に入らな・・」と言っているのは商家の店先で、低い柵で囲まれた、商売を取り仕切る番頭などが座るスペースを指している。 |
「もし、旦さん。あすこで肌脱ぎになって踊ってんのん、あら、お宅の御番頭はんと違いますか」
「何を言うのやいな。うちの次兵衛があの真似の半分もしてくれたら、ゆうことはないが、あんな堅い男はないな。今日も店の若いもんに小言ゆうのん聞いてたら、芸者ゆう紗(しゃ)ぁは・・だの、幇間(たいこもち)ゆう餅は・・じゃのと。あんなこと、ようするかいな」
「いや、あら確かにお宅の次兵衛さんでございます」
「玄伯老も、だいぶお目がいかんようやな。どれ、私が眼鏡をかけて、と・・・・。あら、うちの次兵衛じゃ。何じゃ、芸者も幇間も丸呑みやがな。こら、えらいとこへ来たな」
ええ旦那で、顔見せて照れさせてはいかん、ゆうので端の方、そっとすり抜けようとしたんですが、酒飲みゆうのは、相手がいやがってるな、ゆうのは、じき(すぐに)わかるもんで・・・
「ほぉれ、捕まえた。酒にするぞぉ」
「人間違(ひとまちが)いじゃ」
「何が人違いじゃ・・・・・あっ!・・・・これは、まぁ旦さん、長々とご無沙汰で・・・・承りますれば、えらいご繁昌だそうで・・・」
「こんな年寄りにニワカ(即興の寸劇、アドリブのショートコント)の相手さすのは殺生(せっしょう)やがな。
番頭どん、そんなとこに手ぇついたら着物(べべ)が泥だらけになるで。
皆さん方、こら、うちの大事な番頭さんじゃ。怪我ささんように遊ばしてやっとくなされや。夕景は、ちょっと小早(こばよ)う帰したっておくれ。
玄伯老、早よ行こか。汗、かかしよったな、これは」
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親旦那が去った後も、しばらく動けない番頭。早々に切り上げて、駄菓子屋の二階で服装を元に戻して、店へと帰る。
頭痛がすると、二階に床をとって寝ることにした番頭。そこへ親旦那が帰ってくる。 |
「番頭どんは?」
「へえ、何や頭痛がして、按配(あんばい。具合)が悪いさかい、先ぃ休ましていただきますゆうて、二階で寝てはります」
「何?そら、いかん。置き薬では治らんかも知れん。ありゃ、うちの心柱(しんばしら)。玄伯老、呼び戻そか。大事な身体じゃ」
(二階で聞いている番頭)「こたえるがな・・・。今に呼びに来るぞうぉ。・・・・『今日のザマは何じゃ!』・・・・・・そんな荒いことは言わんな。『長々働いてもろぉたがぁ・・・・・・・』。いや、もっとえぐいか、わからんなぁ。・・・・・・・『言わんでも、わかってるやろ』。・・・・・ええい、早よ、呼びに来ぉ〜い!蛇の生殺しはかなわんで・・・・」
一人で気ぃもんでる内に下では寝てしもたと見えて、静かになってしもた。
「明日か・・・・・。こら、請け人入れて、いっぺんに片、つけようゆう段取りやな。こうなったら、今夜のうちに逃げてしもたれ。嫌な話、聞かんでええだけ儲けや。
こないだうちから、だいぶ着物こしらえといたから、ええのんだけ売るなり質に入れるなりしたら、当座の小商いの元手にくらいは、なるやろう。
・・・・・・待てよ。こない背たろうて(風呂敷包みで背負って)いったら、盗人と間違われる。自分の着物で捕まったらアホらしいで。着られるだけ着込んでいこう。金目のやつだけ3枚ほど。なるたけ、ええ羽織を・・・。財布に・・・・煙草入れは三つほど下げて、傘・・・・絹張りの上等やけど、こんなん持って行かれへんなぁ・・・・・・・。
いや、あかんと決まったわけやない。初めてやさかい、今度だけは・・・・と思うて部屋をのぞきに来たら、もぬけのから。ああ、こらお尻(いど)がすわってなかった(性根が定まってなかった)なぁと、よけい憎しみがかかって、一生出入り禁止てなことに・・・・・・・。こら、居てた方が得らしい・・・・・。
いや、あかん。あれだけのとこ見られたんや。向こうとしては許せんやろう。やっぱり、逃げた方がええな・・・・。
ひょっとしたら・・・・・・・いや、やっぱり・・・・・」
着物を脱いだり、畳んだり。夜通し寝られんで明け方にトロトロトロッ〜としたかと思うと警察でどつかれてる夢を見たり、逆にお詫びがかのうて(叶って)元通り働いてる夢を見たり。と、今度は、いきなり足元の土がガサガサガサッ〜と落ちてゆく夢を見たり。目ぇさましたら、びしょびしょに汗をかいとぉる。もう地獄ですな。
東が白んだら寝てるどこやない。表に飛び出すなり、大戸開けて掃除を始めた。慌てたんが丁稚連中で、
「番頭はん、何したはりますねん。掃くのは私が」
「そ、そうか。ほな、わい、水打つわ」
「水は私が打ちますねん」
「かめへん、かめへん。あんた、帳場、座っとき」
「そんなことが・・・」
大騒ぎで、番頭さん、結界の中に座ったもんの、帳面の字ぃなんか眼に入るどこやない。
奥では親旦さん、いつものように起き出して、神前、仏前、朝のお勤めも済ませまして、キセルに上等の刻み(煙草)を詰めまして、一服する。これを灰ふきにあける音が、番頭さんの胸にコツ〜ン!
「定か?番頭どんは、どうしてなさる?」
「へえ、帳合いを」
「ちょっと呼んできてくれんか。お手間はとらせん、ちょっとこれまで、とな」
「来たか・・・・・・。もぉあかん。なんぼ考えても、あかん。」
「・・・・親旦さんが・・・」
「ええい、なるようになりやがれ!」
「あの・・・・番頭はん!」
「あぁ、びっくりしたぁ!あぁ、びっくりしたぁ!」
「こっちがびっくりしまんがな。親旦さんが、お手間はとらせん、ちょっとこれまで、とゆうたはりまんねん」
「今行く、ちゅうとけ!(今行くと言っておけ)」
「へい、行ってまいりました」
「何とゆうてなはった?」
「今行くちゅうとけ」
「何?番頭どんが、そんな言葉を使うことはなかろう?
よしんば使(つこ)うたにせよ、ここに来たら、なぜ丁寧に言わんのじゃ。
・・・・・・何ちゅうふくれっ面をしてますのじゃ。生意気になりくさって。米の飯がてっぺんにのぼったとは、お前さんのことじゃな!」
小言が丁稚飛び越えて、後ろで聞いてる番頭さんの胸にぐさっ!
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「米の飯」とは、「お前とわしとでは、食うてる米の飯の数が違う」などのように、いわゆる経験年数を意味する。
よって、「米の飯がてっぺんにのぼった」とは、ちょっと経験年数を積んだのをかさに着て増長すること・・・とでも解したら良いと思う。 |
「そこに居てんのは番頭どんか。えらい呼び立てて、すまなんだな。
おざぶ(座布団)当てておくれ。遠慮せんでええがな。当ててもらおぅ思やこそ出したおざぶや、遠慮は、いらん。うちで遠慮はいらんのやで。遠慮は・・・・・・・・外でするもんや」
「・・・・・・・うへぇ〜えぇ〜〜(恐縮しきって平伏)」
「そない、いちいちおじぎされたら話もでけへんがな。いやいや、お茶が入ったさかい、むだ話にでもつきおうてもらお思て。
いや、人を使うゆうのは大抵の苦労やないやろ?わしも今、ちょっと丁稚(こども)に小言ゆうたらふくれるやろ。と、ゆうて言わなんだら増長するしなぁ。
こなたの丹精で、毎年、大福帳が一冊ずつ汚れていきます。ありがたいこっちゃ。
時に、こなた、『旦那』というのは、どうゆう訳か知ってなはるか?知らん?せやろ。わしもこないだ、ご法談で聞いたんや。あら、どうやら仏教、寺方(てらかた)から来た言葉のようやなぁ。
天竺(てんじく)。、天竺ゆうても五天竺ゆうて五つあるそうやが、その中でも南天竺に赤栴檀(しゃくせんだん)とゆう、それは立派な木ぃがあるそうじゃ。『見る人誉めざる無し』とゆうような。
ところが、その赤栴檀の根元に難莚草(なんえんそう)というみすぼらしい草が生えとぉる。
見苦しいゆうて、この難莚草をむしり取ってしまうと赤栴檀が枯れてしまう。
と言うのは、難莚草が栄(ほこ)えては枯れ、栄えては枯れ、するのが赤栴檀にとっては又とない、ええ肥やしになってるんやそうな。
また、難莚草も赤栴檀がおろす露で栄える。有無相持ち(うむあいもち)ゆうやつや。一家の主(あるじ)と奉公人もそうやな。
それで赤栴檀の檀と難莚草の難。この二つをとって、『だんなん』。これが旦那となったそうな。
年寄りの耳学問じゃで、間違(まちご)ぉてるかもしれんが、わしゃええこと聞いたな、世の中、これやなと思うたんじゃ。
うちの家でゆうたら、まあわしが赤栴檀で、こなたが難莚草。わしの赤栴檀は、こなたとゆうええ難莚草のおかげで、えらほこえにほこえさしてもろぉてる(大変に栄えさせてもらってる)。
じゃが、店に出れば、こなたが赤栴檀、店の若いもんが難莚草じゃ。こなたの赤栴檀はえらい馬力じゃが、店の難莚草はちょっとグンニャリしてはおらんかな?まぁ、わしのひがみじゃろが。
もし店の難莚草が枯れる・・・てなことがあったら、こなたの赤栴檀が枯れる。こなたの難莚草に枯れられたら、わしの赤栴檀はひとたまりもないでな。
我が身可愛さでゆうてると思うや知らんが、もう少し店の難莚草にも露をおろしてやってもらいたい。ま、心得てるやろけど、老婆心でな・・・・・」
「へへぇ〜。えらい、ありがとぉさんでございます」
「いや、そない大層に頭下げぃでもええ。羊羹、つまみや。お茶、取替えよか?
・・・・・・・・・ところで、昨日はお楽しみやったな?」
「へ、へえ。じ、実は昨日はお得意さんのお供でして・・・・」
「いや、お供であれ、付き合いであれ何でもかめへん。お金ゆうのは先さんが100円使いはったらこっちは200円、向こうが200円ならこっちは300円、と使い負けせんように。そうでないと商いの切っ先が鈍りますでな。
まあ、昨日の調子見てたら、そない不細工な真似も、しよまいが・・・。
しかし、昨日の『越後獅子』(えちごじし)やったかいなぁ、鮮やかな手つきやったで。
こなたがうち来たんは、もういつのことやったかいなぁ。肥汲みの甚太郎という男の世話で、まあ様子見ぃで預かろうゆうことになった日ぃにいきなり寝小便や。死んだばばどんが癇症病(かんしょうや)みや、もう去(い)なす!(帰らせる)ゆうのをまあまあ、ゆうて。
寝小便のやいと、据えようゆうたが、あんまり色が黒いんで墨で灸点(きゅうてん)をおろしてもわからん。白粉(おしろい)で点、おろしたん覚えてるか?
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癇症病みとは潔癖症で、すぐにちょっとしたことでもイライラッ〜っとするタイプの人間。
「やいと」とは、お灸(きゅう)のこと。どこに艾(もぐさ)を置くか、ツボの位置の目印に墨で点を打つのが「灸点」。今、流行りのサプリメントではない。(←それはコエンザイムQ10)
なお、筆者(石野)も幼少のみぎり寝小便垂れであって、「やいと」の経験はないが、「寝小便のはり(鍼)」に連れて行かれたことがある。ほとんど覚えてないが、確か、あんまり効かんかったように思う。(鍼を打ったのは小学校にあがる前だったが、寝小便垂れは小学校でも続いていた) |
二桁の寄せ算覚えるのに、1年半かかったなぁ。二つ用事ゆうたら、一つは忘れる。買いもんに出したら、つり銭忘れて泣いて帰ってくる・・・・・。あんな不器用な子ぉが、いつの間にあない器用になったんやいな。ツツンツツツン・・・・・やったかいな。どれ、ここに孫の太鼓があるで、わしが叩くから、ちょっと踊り・・・・・・」
「ウヘェ〜 旦さん、そんなアホな・・・」
「ははは、あの慌てることどうじゃ。しかし、次の恵比寿講には逃がさんで。
あ、それと気ぃ悪してもろたらどもならんが、実は帳面調べさせてもろた。夜通しかけて、あらまし見せてもろたが、あんたは偉いな。帳面に、こっから先も無理は、したない(してない)。
自分の甲斐性で儲けて、自分の甲斐性で使いなさる。立派なもんじゃ。世の中には沈香(じんこう)もたかず、屁もこかず、てな人がおるが、人はびっくりするような金を使(つこ)ぉてこそ、びっくりするような商いもでけるもんやさかいな」
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今度遊びに行く時はわしも誘うてや、とやんわり粋にクギを刺して、親旦那の訓示は終了。
話題転じて、昨日はえらい妙な挨拶をしたな、相当うろたえていたのか、よっぽど酔うていたのかと問う。
いえ、親旦さんの顔見たとたん酔いも吹っ飛んだが、ああ言うよりほかになかった、何でや?こんなとこ見られたうえは、もう百年目やと思いました・・・・・・というのがサゲ。
恵比寿講というのは、商売繁盛の神様、えべっさんのお祭りの時に商売人同士、余興で芸でも披露し合ったりするのだろうか。きっと、これまで番頭さんは、そうゆう席でも「私は不調法で・・・」などと堅物を装っていたのだろう。
沈香とは代表的な香木。なぜ「沈」か、と言えば、もともと木なので水に浮くが、樹脂が固まることで比重が増し水に沈むので。
「蘭奢待」(らんじゃたい)といって、東大寺(正倉院)に伝わる、信長ら数名のみが切り取ったとして有名な香木があるが、これは沈香の一首の「黄熟香」。なお、蘭奢待には、各字に「東・大・寺」という字が含まれている。
「沈香も・・・」というのは、高価なお香をたくこともしない代わり、屁すらしない・・・ということで贅沢や道楽はしないが、まともなこともろくにしないという意味で、堅物なだけで何も面白味のない人間を揶揄する言葉。
さて、既述の『桂米朝コレクション1』で米朝師匠自身がこう解説している。
「私は『どの落語が一番むつかしいと思うか』と聞かれると『まあ、百年目です』と答えます。 はじめの、番頭が店の者に一通り小言を言うところ、ここはこの主人公の番頭の性格もよく出てるし〜克明にやるようにしています。
そのあと、幇間の登場から〜ガラリと雰囲気が変わらねばなりません。
〜お囃子がはいって賑やかになってから〜酔いもさめ果てて家に帰ってくる番頭、一人で部屋で寝込んでしまう、この辺からの番頭の心の動き・・・・・、ひと間も息を抜くところがありません。
翌朝になる、旦那と番頭との間の何とも言えぬ空気、法談をひき事に、表立ってそれと言わずジワリジワリと詰めていく旦那の意見、そして後半はやや皮肉に、ユーモラスに空気をほぐして行くこの旦那の人間としての大きさ。
〜この話は〜今日(こんにち)、これを演じることに私は時代錯誤や矛盾や面映(おもはゆ)さを少しも感じません。この古い商家の秩序を是認した落語は、今日でも堂々と生命を保っていると思います」。
確かにサゲ(題名)に至るまで行き届いた名作だと思う。 |
どうも、お退屈さまでした。聞き違い、記憶違いはご容赦ください。
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