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(No48) 桂吉朝 鑑賞記 その1  

 平成19年8月26日(日)、ワッハ上方ライブラリーで聴いた桂吉朝の噺。DVD「特選 吉朝庵」より。

 



(1) 桂吉朝 「天災」

 平成6年頃の高座。

 私らの一門も今40人くらいおりまして、なかなか一堂には揃わんのですが、正月には必ず米朝師匠の家に集まります。
 あの汚い狭い家に40人・・・いやいや、立派な家なんですが、さすがに40人も集まりますと大変です。
 で、40人が揃って近くの神社に初詣に行くんですが、全員が紋付、羽織袴ですからな。後ろから見ると、何や危ない職業の人なんかな、ゆう感じで。いや、危ないんはざこば兄さんだけなんですが。

 で、初詣から帰りますと、こんなこと
(盃を傾け、お酒を呑む仕草)になるんですが、お酒が入ると、ついつい揉め事、口争いになってまいります。
 ざこば兄さんは親分肌、兄貴分肌ですから、なんぼ酔うてても揉め事となるとぴぴぴ、とアンテナが張って、割って入って来はるんですな。
 「え、どないしてん?え?お前の言い分は?ん?で、お前は?」て
(指先を突き出し)聞いてくれはるんですな。で、「お前が悪い!指詰めぃ!」って。



「すんまへん。ちょっと去り状書いてもらえまっか?しゃしゃしゃあっと離縁状、二本。三くだり半ゆうやつ、早幕で」
「来るなり何ゆうてんねん。大体、二本て何や?離縁状ゆうねんから、一本は嫁さんに出すんやろけど」
「え?もう一本は、うちの提灯
(ちょうちん)ばばに」
「何や、その提灯ばばて?」
「いや、横に皺がよってるから提灯ばば。これが縦に寄ってたら唐傘ばば。縦横やったら、縮緬
(ちりめん)ばば」「我が親つかまえて、ばばゆう奴があるかい。ちょっと下寺町のずく念寺の堀定勘兵衛ゆう人に手紙書いたるさかい、その人の話、じっくり聞いといで。十の話、三つだけでもしっかり聞いてきて、ほんでも離縁状書いてくれゆうんやったら、一本が二本でも書いたるさかいに」
「さよか。ほな、行ってきまっさ。・・・・・・・・・・・おい!お前かい、ホリカンゆうのは!」
「はあ?堀定勘兵衛は手前ですが」
「そない長い名前ゆうてられるかい。下の方、腐ってまうわい。今日からお前はホリカンでええ」
「ああ、それはありがとうございます。で、御用は?はあ?ああ、丼池(
どぶいけ。大阪市内中心部の地名)の甚兵衛さんからお手紙を?では、お預かりします。いや、返事がいるのであれば、すぐ認(したた)めますのんで。

 なになに・・・・いや、無沙汰はお互い様です。ふんふん・・・・ほうほう・・・・・ええ?あちゃあ・・・・・・・・それはひどい」
(と、手紙を読みながら、上目遣いで顔を見る)

「ぼ〜ん!と行ったろか!何じゃ、人の顔を七三に見やがって」
「いや、このお手紙には、お前さん、母者人
(ははじゃひと)を打擲(ちょうちゃく)するとあるが、こりゃ何かの間違いでしょう?」
「殴ってどうすんねん」
「そうでしょうな」
「蹴り倒すんや」
「また無茶を。昔から言うではござらんか。『孝行のしたい時分に親は無し。さればとて、石に布団も着せられず』と。お分かりかな?
 さて、この手紙には、お前さんに心学を、とあるが」
「ほな、早いとこ三味線呼んできて、調子合わしたらどないやねん。浪曲にせえ、浄瑠璃にせえ、端唄にせえ、三味線がないとどもならんやろ?あと、何や?常盤津か?阿呆陀羅経か?」
「いや、心学というのは、そんな楽しみ事ではございませんが。どうも手紙によると、お前さんは短気のようじゃな」
「誰がタヌキやねん!」
「いや、そうではなく、ずいぶんイラチ
(せっかち)のようですな」
「誰がイタチじゃ!」
「どうも話がしにくいな。いや、あなた、たいそう気が短いでしょう?さだめし、喧嘩もお好きではないですか?」
「お好きですかぁ?飯より好きやがな。こうぼんぼんぼん!っとやったりぃな
(左手で襟首をつかみ、右手ストレートの連打)胸がす〜っとするがな(手をのどに当て、ひらひらさせながら下げていき、うっとりした顔をする)。やんのんかぃ?」(と、両手をひらひらさせながら、手ぐすねのように上げていく)
「いや、私はしませんがな。
 
 どうも、お分かりでないようじゃが、それでは、こういうのをご存知か? 
 『気に入らぬ風もあろうに柳かな。ムッとして帰れば角の柳かな』・・・・。お分かりかな?柳というもんは、南から風が吹けば北へ、北から風が吹けば南へ、風の吹くまま、吹かぬまま。柳のように柔らかな心持ちでおりたいものですなあ」
「何かしてんねん
(何ぬかしてるねん。何を言ってるんだ)。人間が柳みたいに風のまんまにあっちゃこっちゃ行ってたら、危のうて、川のねき(側)歩かれへんわい」

「では、お前さん、『堪忍』というものをご存知かな?」
「?・・・・・・ケンミン?」
「どんな耳をしておられる。堪忍のなる堪忍は誰もする。ならぬ堪忍、するが堪忍。堪忍の袋を常に胸に掛け、破れたら縫え、破れたら縫え」
「南無阿弥陀仏」
「・・・・お分かりでないようじゃな」
「分かるか?」

「では、こうしましょう。あなたが往来を歩いていたら、どこかの丁稚さんが打ち水をしていて、水が少〜し着物の裾にかかったとしたら、どうなさる?」
「そんなもん、小僧つかまえて、ぱんぱんぱんと
(往復びんたの格好)張り倒すがな」
「いや、年端もいかぬ小さい小僧さんじゃ」
「小さいも大きいもあるかい。ほんで、小僧の首っ玉つかまえて、『おい!このどぶっきょ
(ど不器用)な、くそ丁稚飼(こ)うとるんはおのれとこか!』ゆうて店に文句ゆう」

「あなたのなさりそうな事じゃな。では話を変えましょう。あなたが往来を歩いていたら、屋根から瓦が落ちてきて頭に当った。あなた、これは痛いでしょう?」
「当たり前やないかい。瓦当って、こそぼい
(くすぐったい)筈あらへん」
「あなた、どうなさる?瓦と喧嘩なさるのか?」
「あほ言え。瓦の端持って、その家暴れこんで行って、『こら、おのれとこが職人の手間
(賃金)けちるよって、こないなことになったんじゃ』ゆうて、膏薬代取るがな」
「ははあ、膏薬代とは気づかんかったなあ」
「当たり前じゃ。こっちは若いねん。職人や。気ぃ短いねや」
「もし、その家が空き家じゃったら、どうなさる?」
「・・・・そしたら、誰ぞ越してくるまで待ってる」

「そこ、気ぃが長いですな。では、こうしましょう。
 あなたは、広い、広〜い野っ原
(のっぱら)を歩いておられた。そうすると突然のにわか雨。丁稚が掛けたわずかな水に怒ったあなたが、全身濡れねずみになった。さて、あなたはどうなさる?」
「おっ?俺ぁは・・・やるで」
「何を?」
「何をって、びちゃびちゃになっとんねん。ほら、お前・・・尻まくって・・・腕まくって・・・なあ」
「あなたは若い。職人さんじゃ、気が短い。黙ってはおらんじゃろ?どうなさる?ん?どうなさる?ん?・・・・・ん?・・・おいっ!!
「急に大きい声出すな。まあ、トントントン、と走るがな」
「走ったところで、そこら一面の雨じゃ」
「雨やろ?傘差したらしまいやないか」
「突然のにわか雨で、傘などは持ち合わせておらん」
「ほな、取りあえず居酒屋ででも、時間をつぶして」
「居酒屋など店は一切ない、野っ原じゃ」
「ほな、しゃあない。大きな木ぃの下にでも逃げ込むがな」
「いや、木ぃも一切生えておらん、ただ一面の野っ原じゃ」
「お前、そんな、後からゆうなや。・・・・・・・ほな、しゃあない。あきらめるがな」
「どう、あきらめるのじゃ?」
「どうあきらめる、て、天から降った雨じゃ。あきらめるしか、しゃあないやろ」
「お?あきらめられますか?」
「あきらめられますか?っゆうたかて、他にどう『られる』ねん?」
「そこじゃ!」
「え?どこや?」
「天から降った雨やから、あきらめるしか、しゃあない。これを仏説では運命とか因縁と申します。心学では天の災いと書いて、天災と呼びます。
 なにごとも、天災やと思うて、あきらめる訳には参りませんかな?」
「え?天災や思て、あきらめぇてか?・・・・・・・わかった」
「本当にお分かりになりましたか?」
「疑り深いやっちゃな。分かったて。わい、目ぇから魚が落ちた気分じゃ」
「そら、ウロコでしょ?」
「ウロコぉ?そんな小さいもんやない。一匹丸ごとや。
 わいら職人仲間で心学心得とぉる奴なんか一人もおらへん。誰ぞにゆうたりますわ。ほな、さいなら!」
「え?もうお帰りか?それは、それはお茶も出さずに失礼いたしました」
「なあに、あんたが茶ぁ出さん思たら腹立つけど、天が茶ぁ出さん思たら腹も立たんがな。まあ、ゆうたら、わしがここに来た身の不運ゆうこっちゃな」
「はは、こら、えらい言われようですな。あ、もし、帰られるんやったら、あと、戸ぉ閉めてってくだされや」
「何ゆうてんねん。俺が戸ぉ閉めん思うから腹立つねや。そんなもん、天が閉めん思たらどうちゅうことあらへん。


 かか、帰ったで!」
「まあ、あんた。お母はん、蹴りとばして、どこ行ってたんや?それより、あんた留守の間、えらいことがあってんで。裏のたっつぁん、およしさんとの別れ話、きっちりせんうちに新しい女の人、家に入れはったやろ。
 今日、およっさん、暴れこんできて、えらいもめてんで。まあ、やっと収まったんやけど。
 みんな、ゆうてたで。あんたがおらんで不幸中の幸いやったて。もし、あんたがおったら、騒動が三日は続いて、死人が出てたゆうて」
「ええ?そんなことあったんか。そら、ちょっとゆうて聞かさんとあかんことがあるさかい、ちょっと行ってくるわ。

 おい!たつぅ!いてるか?」
「ええぇ?やっとおさまってるのに、わややな
(台無しだな)。何や?」
「まあ、そこでは何ですから、お上がりを」
「俺は上ってんねん。お前が上らんかい」
「お手紙によりますと・・」
「手紙なんか出してへんで」
「こっちの都合や。
 あんた、実の母親を蹴り倒してるらしいな」
「そら、お前や。俺は孝行してるで」
「それは、いかん。昔からゆうじゃろぉ?孝行のしたい時分に、布団なし。さればとて、親に石も乗せられず、と」
「そんなことしたら、死んでまうで」
「お手紙によりますと・・・・・あなたは、タヌキなそうな。
 柳というものは、南から風が吹けば・・・南へなびき、北からきつ〜い風が吹くと、熱い酒をきゅ〜っと呑んで、ぬくもって。おわかりか?」
「いや、さっぱり」
「柳の枝に・・・・猫がいる。・・・・だから、猫やなぎ。・・・・・・・・これで、いいのだ。
・・・・・どうも、おわかりでないようなので、もう少しわかりやすい話を」
「頼むわ。何や、頭、痛
(いと)なってきた」
「あんたが往来を歩いていると、屋根から丁稚が落ちてきた」
「危ないな」
「夏の雨は馬が降る。そしたら、丁稚が表に水をまく」

「要は前の嫁さんが文句ゆうて来たんが気に入らんのやろ。そこ、天災や思てあきらめられんか?」
「あほ言え。うちは先妻でえらい目に会(お)うとるんや」
・・・・・・というのがオチ。

 堪忍の袋は「首に掛け」というのが多かったと思うが、吉朝師匠は「胸に掛け」と言われていたように思う。しかし、私の聞き間違いかも知れない。

 それと、「柳の〜」というのは、赤塚不二夫氏の『天才バカボン』のTVアニメ主題歌の一節である。
 歌では「柳の『下』に〜」といっていたような気がするが、吉朝師匠は「枝」と言っていたような気がする。もっとも録音とかしていないし、1回聞き流しただけなので、間違っていたらごめんなさい。


 

 


 

 

 どうも、お退屈さまでした。いつものことですが、録音とかしてませんので、聞き違い、記憶違いはご容赦ください。

  
 



 

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