移動メニューにジャンプ

(No29) 京都らくご博物館 【秋】 〜吉朝さんを偲ぶ〜 鑑賞記その2 

 京都らくご博物館と題して京都国立博物館の講堂で落語会が年4回開かれる。
 今回(平成18年10月27日)は秋の会。「吉朝さんを偲ぶ」というサブタイトルが付いている・・・・・の2回目。
 

 



(3) 桂雀々 「代書屋」

 「ケイジャンジャンと呼んでください」といういつものギャグから入る。

吉朝兄さんは、3年先輩にあたるんですが・・・普段は至ってバカなことばっかりゆうたはりました。喜丸(桂喜丸桂朝丸(現ざこば)の弟子。平成16年に逝去)とねえ、何か犬ころの兄弟のように、じゃれてはったんを思い出します」。
「喜丸は天然(ボケ)だっさかいな。
 一度ねえ、楽屋で吉朝兄さんが誰かと話、してる時、煙草吸いながら、煙草吸いながらでっせえ?兄さんのこと手招きして。
 また、兄さんも優しいから話やめて行ったったら、
『兄さん、○○(落語の題名。「初天神」か何かだったと思うが忘れた)のギャグはどないしたらよろしねん』。

 さすがに吉朝兄さんも怒りはってね。『お前が来い!』って、そらそうですわな」。 

「それと・・・吉朝兄さんが大阪市から”咲くやこの花賞”ゆうのをもらいはったことがあるんです。

 誰ぞが何ぞ賞もろたら、これをきっかけに一門全体も盛り上がろうゆうて、みんな祝いに集まるんですが、喜丸もひょっと来て、何ゆうんかなあって思てたら、いきなり『何でまた?』
 『何でまた?』は、あきまへんやろ。

 ・・・・・死んだらあかん人間ばっか、先行てまうんですなあ」。

 と、楽屋の方を見るともなく見て、微妙な間を取る。

「いや、米朝師匠は丈夫でっせ。せやさかい、米朝師匠が出てきても、拍手はけっこうです。
 ただ、皆さんで合掌してください。最後は桐の箱入って帰りはりまっさかいに。

 考えたら、あの世の方が名人が一杯でっさかいな」。

 小米朝なら許せるが、雀々がこの手のギャグを言うのは愉快でない。

 さて、代書屋。前回聴いた「代書屋」では留さんは履歴書のことを「りれきっショ!」と最後で顔を回すのをギャグとしていたが、今回は
「じ、”じれきしょぉ”たら、”ぎれきしょ”たらゆうもん、書いてもらえますか?
 ”じれきしょぉ”たら、”ぎれきしょ”たらゆうもん」と、名前をうろ覚えという演出にしていた。

 あと、(留さん自身「頭、一本切れてまんねん」と評価する)奥さんが、しきりに
「お父さん、お父さん、それはですねえ、お父さん」と首を振りながら繰り返すところが目立った。

 私が小学生の頃、「もしもしぃ。あのねえ、お父さん。僕はねえ・・・物真似の大阪はじめでした」というラジオCMがあった。
 松竹新喜劇で藤山寛美演じるあほぼんのしゃべり方の物真似だったのだが、雀々もそのしゃべり方を意識(真似)しているのだと思う。

 あと、気付いた点では、「巴焼き」(「回転焼き」)の名称を決めるのに悩む場面でずいぶん引っ張るなあと感じた。
 もちろん、ここは悩めば悩むほど、時間をかければかけるほど、ようやく「まんじゅう商を営む」という会心の表現を考え付き、「で、この仕事はどのくらいやりはったんです?」と聞き、「いえ、そら結局やらなんだんです」と返され愕然とするシーンの落差が際立つことになるのだが、それにしても今回は少々引っ張りすぎのように感じた。

 なお、今日も場内はよく受けていた。しかし、「ぽん」と言われて対応に困り代書屋が手放しで泣いてしまうのは、ちょっと演出が甘いなあと思う。

 

 



(4) 桂千朝 「一文笛」

 冒頭、以前大阪で落語会をやった時、米朝師匠が同じ日の同じ時間に別の場所で同じネタをやっていた。先日、東京で落語会をやったが、その時も小米朝が東京に出てきていて、同じ日に落語会をやった。
 どうも米朝親子は私に敵意を抱いているらしい。一度基本からゆうて聞かさんといかんというマクラから、本題の泥棒に関するマクラにつなげる。

 泥棒する奴はどいつも「遊ぶ金が欲しくて・・・」て言いますが、あれ腹立ちますな。なんぼでも遊べまんがな。ジャングルジムのぼるとか、ハンカチ落としするとか・・・というもの。あまりおもしろくない。
 ただ、「泥棒ちゅうと、頬っかむりして、口の周りにひげ生やして、唐草模様の風呂敷包み背中にかついで、てな泥棒は、最近は見んようになりましたな。・・・・・ま、もっとも昔から見んのですが」というマクラはおもしろかった。

 そして同じ泥棒でもスリは、強盗や空き巣なんぞとはレベルが違う。我々は技術者、エンジニィアであり、腕があるから掏れるのであって、掏られる奴があほなんであると思ってますというマクラから、本題へ。

 路上で、ある男が隠居に声をかける。「立ち話も何でっさかい」とていねいにそばの茶店に誘い、甘酒を勧める。

「往来でいきなりお声かけたりして、すんまへんでした。実は・・・・・私、スリですねん。いや、驚かれたでしょうが、こっちも(腹)割って話してまんねさかい、大きな声は勘弁願います」と正体を明かす。

 


 驚く隠居に「実は、おたくの腰に下げてはる煙草入れ、私が3円で買わせてもろたんです」と続ける。
 誰に売った覚えもないので、ますます困惑する隠居。

 「事情(わけ)話さんとわかりまへんけど」と事情を説明する。
 あるスリが、隠居が腰に下げた煙草入れに目をつけ、掏(す)りとってやろうと後をつけたが、どうしたものか、隠居にスキがなく、とうとう掏れなかった。
 別のスリがそいつに声をかけ、事情を知り、
「何や、あんな老いぼれ・・・・って、えらいすんまへん。陰では好きなことゆうもんですわ。あんなお年寄りからよう掏らんとは情けない。わいが1円払(はろ)たるゆうて、この煙草入れを買(こ)うたんですな。
 まあ、あんさんのお腰に付けたまま。ゆうたら、掏る権利を買い取ったんですわ」
「そうゆうことがあるんですか」
「ええ、わたいらの世界では、たまにね。
 それで今度は、そいつがご隠居の後をつけたんやが、やっぱりどうにも掏ることがでけん。
 次に会(お)うたんが東京もんで隼(はやぶさ)ゆうあだ名のすばしっこい奴で、こいつが『じゃあ、おいらが一番!』と2円出しよったんですが、やっぱりこいつも抜けなんだ。

 話聞いて、こらおもろい思て、わたいが隼に追いついて『わいに売れ』ゆうて3円出したようなわけで。
 ところが、皆が苦労したんも無理はない。どないもこないもスキがない。
 結局抜き取れんまま、ここまで来たような次第で。
 どうやら、この分では天王寺さんにでもご参詣なさるご様子。彼岸時分の混んでる時やったらともかく、こんな閑散とした境内に入って行かれたらどないしょうもない。
 それで、ここは一つ、恥を忍んでお声をおかけしたようなわけで。

 どないでっしゃろ。さぞお気に入りの煙草入れでっしゃろし、買うた時はずいぶんお出しになったもんとお見受けしまっけど、飽いて古道具屋に売りに出したつもりで、わたいに10円で譲ってもらえまへんやろか」「そら、古い煙草入れやさかい、今、古道具屋へ持ていっても10円になるやならんやわからんけど・・・・せやけど、あんさん先に3円出してはりまんねやろ。3円と10円、都合(合計)13円も出して引き合いまんのんか」
「あほらしもない。
 そら、わたしら仲間にも、こういう品物を買い取ってくれる店はおますけど、足元見よるさかい、失礼やけど、この煙草入れでも3円50銭か、ええとこ4円。間違ごうても5円てな値段はつきまへん。

 損は覚悟の上でおます。ただ、誰もよう掏らんかった煙草入れを見事抜き取ってみせた、ゆうて自慢したいだけのこってすねん」
「そこまで割って話されたら断れんなあ。
 ほたら、この煙草入れ、10円で買うてもらいまひょうかなあ」
「そうでっか。えらいすんまへん。ほたら気の変わらんうちに・・・」
 と、そのスリは、10円を渡して煙草入れを受け取り、茶店の勘定を済ませて、「どうぞご内密に」と念を押してそそくさと消えていった。
 狐につままれたような気分ながら、名うてのスリが狙っても隙がなかったと聞かされるとまんざら悪い気分はしない。
 あの古ぼけた煙草入れが10円で売れたかあ・・・とふところをさぐって改めて確かめようとすると・・・・
「ああっ!財布があらへん!!」


 と、場面変わって、先ほどのスリ、秀が、子分たちに
「お前ら煙草入れやゆうと、そればっかりに目ぇが行くからあかんねん。煙草入れが難しい思たら掏りやすい別のもんに変えることを考えんと。これが兵法ゆうもんや。

 これからのスリはちっとは(と、こめかみを人差し指の先でトントンと叩いて)頭使わんとあかんのやで」と教えている。
 そこへ入ってきたのが秀のかつての兄貴分。

「あっ、これは兄貴」
「おいおい、わいはとおに(とっくに)足洗う(あろ)て堅気になってんのやで。お仲間扱いは堪忍や(やめてくれ)。
 しかし、お前の最前(さいぜん。さっき)の話。わいは感心も得心もしたで。
 どや、お前ほどの頭があるんやったら、いつもゆうてるように、ここらへんですっぱり足を洗(あろ)うて、堅気になったらどないや」
「ああ、兄貴。またいつもの説教かいな。
 わいは小さい時分から親に飴玉一つ買うてもろたことあらへん。生まれた時からこの世界や。
 もう泥水が骨の髄まで染み込んでしもてんねん。
 それより兄貴、あんさんあんだけの腕してたのに、もったいない。今はしょうもない商売したはるそうで。どうでんねん。一つ心入れ替えてもういっぺん戻ってきたら」
「あほゆうな。わいはお前ほどの人間が惜しい思て、こうゆうてんねん。
 いつまでもこんな商売続ける気ぃか」
「しゃあないがな。わいはこれ以外何の腕もないんやさかい。
 その代わり、わいは、他の連中みたいに金にさえなりゃどんな仕事でもする、そんな気持ちは持ってないで。
 ちょっとくらいなくなったかてどうてことない奴の金か、こんな奴金持たさん方が世の中のためやっちゅうような奴からしか仕事したこたない」
「偉そうなこと抜かしたな。ほな、何でうちの長屋に来てあないなことしたんや」
「え?人聞きの悪いこと言わんといてや。近くに寄ったさかい、ちょっとのぞいたけど兄貴おらんさかい、すぐ帰って来たんや。
 ゆうたら悪いけど、あないな貧乏長屋で、それも兄貴が住んでる長屋でやで、何でわいが仕事せんならんねん」
「ほたら聞くけど、一文笛盗んだんお前と違うんか」

 事態は意外な展開を見せる。
 兄貴の長屋を訪ねたおり、角の駄菓子屋で一文笛と呼ばれる安い竹笛に群がる子供たちと、一人離れて、それをうらやましそうに眺めている、貧しい身なりの子供がいた。
 赤や緑などきれいな色のついた笛をどれにしようか選んだり、ちょっと吹いてみたりする近所の子供たちの楽しそうな様子に、ついその貧しそうな子供も近づいて笛を一本手に取った。
 すると駄菓子屋の因業(いんごう)な婆さんが怖い顔をして「銭のない子はあっち行き!」と笛をひったくったのだ。
 その姿に貧しかった昔の自分を見た秀は、腹を立て、通りがかりに笛を一本抜き取り、貧しい子供の懐に放り込んだ。
 それきり、秀は自分のしたこともすっかり忘れていたのだが、
「やっぱりお前やったんか。あの後、どないなったと思う。
 子供は自分の懐から買うた覚えのない笛が出てきて、おかしいなあとは思たやろけど、そこは子供や。つい嬉しなって口に持っていってピィ〜!と鳴らした。
 そしたら駄菓子屋の婆(ばば)が目ざとお見つけて、泥棒や、盗人(ぬすっと)やあゆうて、親の家に引っ立てていきよった。

 その子の親父ゆうのが、今は腰立たんような病気なってるが、元は士族。お侍じゃ。
 母親はとおに死んでおらへん。手内職して、やっとお粥すすってるゆうような家や。

『貧乏はしても盗みをするような子供に育てた覚えはない。お前なんかうちの子やない、出て行け!』と追い出してしもた。
 近所のもんが何ぼ取りなしても聞くような親父やない。
 本人も覚えがないと泣いて謝るけど、現に懐から笛が出てきてんねから、どないしょうもないがな。

 閉め出されて泣いてる声が聞こえる。もういっぺん謝りに行ったらな、と思てたら、ふと泣き声がやんだ。 おかしいな思て様子見に行ったら・・・子供、長屋の井戸に身ぃ投げたがな。

 慌てて救い出して何とか息だけは吹き返したもんの、どこぞ打ったんかいなあ、それからず〜っと寝たきりで目ぇさまさん。
 わいはお前が訪ねてきたて聞いたからひょっとお前の仕業やないかいな思て来たんやが・・・。

 どや、秀。お前、今まで何ぞ自分がええことしたったような気分にでもなってたんちゃうか。

 子供が可哀相や思たんやったら、何でわずか五厘や一銭ほどの笛、買うて渡したらへんかったんや。
 それがお前、盗人根性ゆうもんと違うのんか。ええ?あの子が死んだら、お前どないすんねん!」

 あまりのことに秀は声も出ない。
「す、すまん」
「わいに謝ったってしゃあないがな」
「・・・堪忍してくれ」
 そう言うなり、秀は匕首(あいくち。短刀)を取り出し、兄貴が止める間もなく右手の人差し指と中指に当て、ぐっと体重をかけ・・・・・。

 スリは金輪際やめるという秀の真情を見てとった兄貴は、病院に行って落ち着いたら相談に来い。何が何でも一人前の堅気にしてやると伝える。

 翌日、兄貴の家を訪ねた秀。子供は相変わらず意識が戻らない。
 近所の金持ちの家の出入りの医者、「金が好きで貧乏人は嫌い」だが腕はいい。拝み倒すようにして診てもらったが、入院させて十分手を尽くせば何とかなるが、それには前金で20円出せと言われて長屋中、困り抜いていると知る。

 その医者は、まだ近くにいると聞いた秀はふらりと家を出る。
 しばらくして戻ってきて、「何も言わんと、この金で、その子入院させたってくれ」と4、50円は入っていようかという分厚い財布を差し出す。

 実は、この財布、ほろ酔い機嫌の医者の懐から抜いたものだった。

「もうスリはせんゆう約束を破ってすまんけど、あの子が助からなんだら、わい、どないしたらええかわからん。そないな顔せんといてえな。今はこっち来たけど、すぐまた、あの医者とこ返るんやから。ゆうたら、ここ通るだけやがな。
 もし、あの子が助かったら、その後で懲役でも何でも行くさかい、ここは見逃して、この金受け取ってえな」「そら、人の命がかかってんねさかい、見逃すも見逃さんもないけど・・・・・。せやけど、お前名人やな。右手の指飛ばして、ようこれだけの仕事ができたな」
「へへ・・・。兄貴、わい、実は、ぎっちょ(左利き)やねん」

 千朝は、その小倉一郎みたいな顔でやや斜め下からねめつけるように見上げる表情といい、やたらねばっこい、一つ一つ念を押していくような口調といい、どうにも「暗い」というか、恨み・そねみみたいなものを感じる。
 彼の高座からは「笑い」よりも何だかいつも「怖さ」を感じるのだ。怪談噺でも語ったらすごいんやないかしらん。


 どうも、お退屈さまでした。いつものことですが、録音等してませんので、聞き違い、記憶違いはご容赦ください。

  
 



 

inserted by FC2 system