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(No181) 京都・らくご博物館【春】〜新緑寄席〜 鑑賞記 その2(完結)          

 京都国立博物館が主催する落語会。今回の会場は、博物館向かいのハイアットリージェンシー京都 地下のドローイングルーム。




桂 千朝 「景清」


 まくらは、ペットブーム。犬のお腹の中のビフィズス菌とか盲導犬の話など、前回聴いたのと同じ。前回は「鴻池の犬」だったので「犬」つながりでこのまくらにしたのだろうし、今回は「盲」導犬つながりなのであろう。

 


 にわかに失明した目貫師(めぬきし)、鏨彫り(たがねぼり)の職人の定次郎。
 やけを起こし、意地を張って杖を肩にかつぎ、「弥蔵」(やぞう。手を袖口に突っ込むイナセな格好)を決め「よしこの節」を唄いながら歩く。

 東京までも聞こえた腕の良い職人だった定次郎を心配する甚兵衛。

 「うちに寄ればいいのに、なぜ前を素通りした?」と言うと「家の前だとは判っていたが、歌のくい切りが悪かったので、唄うだけ唄ってから戻ろうと思っていた」。

 「右に犬が寝てる。尾を踏んではいけないので左に寄れ」と言うと「隣の町内で、犬がおるから右に寄れと言われて寄ったら、そこに犬がおった。もう、だまされへん。左に寄れ、と言われたら右に寄るのがお定まり・・・・」と逆らって吠えられる。

 屋敷に上がっては、あらぬ方向へ挨拶したり「ちょっと、やせなはったな」と当てずっぽを言ったり、見えないのにどこまでも虚勢を張る定次郎。

 最近、具合はどうだ?と尋ねられ・・・。

「へい、おかげさんで追々と・・・」
「ええんか?」
「悪い」

   何軒医者をまわっても、言うことはどこも同じ「手遅れや」ばかり。もうええ、あきらめたとやけになっている定次郎に、甚兵衛は神仏におすがりせえと薦める。

 しかし、定次郎は、有名な柳谷の観音にお参りし、18日目にはうっすらと光が差してきたと語る。
 「結構なご利益をいただいてるやないかい」と喜ぶ甚兵衛に、定次郎は満願の21日目にはお籠もりに行ったと告げ、その時唱えた観音経を再現するのだが、何やら、女っぽい声が混じる。

「何や、それ」
「側で若い女の声がしまんねんがな。
 柳谷ゆうたら、男が昼間行くんでも・・・ゆう山の中でっせぇ。そんなとこに、夜更けに女の声て、こら信心の邪魔しに来た狐、狸の類やな、と。

 用心しながら声かけると、向こうも目が見えんで、何とか母親の生きてる間に片方の目ぇだけでも開けてもらお思て、こうして無理なお願いをしておりますゆうから、ほな、わてと同じでんなぁ。もうちょっと、こっちぃおいなはれ。一緒にお願いしましょ、ゆうたら、ぷ〜んと来た」

「何が?」
「髪の油の匂い。ああ、こない側に居てるねんなぁ思たさかい、ぽ〜んと肘で突いたった。そしたら、向こうもぽ〜んと揺り返し」
「地震やがな」

「えへ。ほんで、観音経唱えながら、そぉ〜っと手ぇ握って・・・」
「そら何をしてんねん」
「いえ、よぉ人間やったら手ぇの先が五つに分かれてるけど、魔性のもんやったら、手の先が丸いっちゅいますやないか。
 人間か魔物か見分けなあかんから手の先をさぐったら、ちゃんと五つに分かれてる。あ、こら人間に間違いない思たから、ぐぅ〜っと握ったるとゆうと、向こうもぐぅ〜っと握り返してくる。

 こら、しめた思て、肩を、こう抱き寄せたら、こっちにす〜っともたれてくるもんやさかい、二人でその場にだぁ〜っと・・・」

「観音さんの前で、何ちゅうことしてんねん」

「でけてもたもん、しゃあおまへんがな。
(出来てしまったものは仕方ない)
 こない心安ぅなったんも何かの縁。どうです?ちょっと、そこの小料理屋で一杯?ゆうたら、へえ、お供させてもらいますゆうから、鶏
(かしわ)のすき焼きで一杯・・・」

「よぉ、そんな銭、あったな」
「ちょっと賽銭箱引っくり返して・・・」
「何すんねん」
「それから目ぇがうづいて、うづいて・・・」
「そら仏罰が当たったんや。命、取られんで良かったな」

 

 定次郎は反省するどころか、夫婦にして目を開けてくれたら盆暮れには鮭でもさげて礼に来るのに、法界悋気(ほうかいりんき)もええ加減にせ!と毒づいたと聞き、甚兵衛は呆れながらも、お前は腕がええと言うても後世に残るようなもん一つでも残したことがあるのか!あきらめられるのか!と厳しく迫る。

 今まで威勢の良かった定次郎も、にわかにしんみりとなって・・・。

「・・・・・・・・・・自分のことや。あんた以上に考えてる。子どもの時分から頭殴られながら修行したんや。

 目ぇ見えんでも粗い仕事やったらでけるやろうと、鑿(のみ)と槌(つち)持って仕事場にも行ってみた・・・・・・・・。でも、こればっかりは、手探りでは、でけんねん。

 誰にも言わんかったけど、いっそ死んだろかと思たことも・・・・」

「それや!そこで一心ゆうのが定まる。医者があかんとゆうたんやったら、だまされた思て、もういっぺん信心してみ」

 しかし定次郎は、自分は柳谷観音をしくじっているから・・・と尻込みするが、甚兵衛は清水寺を薦める。

 「清水寺は目ぇは、やりまんのか?」といぶかる定次郎に、昔、平家の悪七兵衛景清(あくしちびょうえかげきよ)という武士が、源頼朝を暗殺しようと狙ったが失敗。命は許されたが、源氏の栄える世は見たくないと、自ら両目をくり抜き、清水寺に奉納した故事をひき、まんざら縁がないこともないとなだめる。

 仏罰を受けた身だから三七二十一日などと言わず、とりあえず百か日参れと諭され、憎まれ口は叩くものの根は純真な定次郎。まじめに勤め上げ、ついに満願の日を迎えた。

 観音経を唱え、光を取り戻すことを期待するが・・・・・・・・。

「・・・観音さん。・・・・・・観公!こら!観てき! 
 こんな大きな屋台骨背負うてて、わいの目ぇ一つ開けられんのんかい!

 あかんねんやったら、あかんで、何で三日目くらいに夢枕に立たんのんじゃい!
 百日も通わせやがって、このずぼら観音!賽銭泥棒!詐欺!盗っ人!」

 たまたま居合わせた甚兵衛は、定次郎のあまりの暴言に頭を張り倒し、明日からお参りし直すとして、今日はとりあえず帰ろうと誘うが、定次郎は首を横に振る。

「去(い)にまへん。帰れるか、帰られへんか考えとくなはれ。

 わいのこの着物、縞柄でっしゃろ?うちのおかん
(母親)が、わいの知らん間に、不自由な手で縫い上げてくれた。

 今朝、うち出る時、後ろから着せ掛けて、
『やっと、満願の日に間に合
(お)うた。定次郎、これ、縞物(しまもん)やで。
 帰りには、この縞柄が分かるようになって帰ってきてや。
 何もないけど、赤いご飯と、酒の一本もつけて、待ってるさかい』ゆうた、その声がまだ耳にある。

 そこへ目は開かなんだ、なんて言うて帰ったら、おかん死によるか分からん。そないなったら、わいも生きてられへん。首でも吊って死なな、しゃあない。一人ならず、二人の命、奪うとは、この観音は!
 少のぉ見積もっても30年の懲役・・・・」

 甚兵衛は、乗りかかった船だ。お前ら母子(おやこ)の面倒はわしが見るから、うっすらとでも見えるようになるまで信心せえと薦める。

 甚兵衛に手を引かれて清水の坂を下ろうとした時、にわかに車軸を流すような雨。そして雷。そこへ一陣のつむじ風が吹き、定次郎は宙天高く舞い上がった。

 ふと気がつくと、元の境内で長々とのびていた定次郎。甚兵衛の姿も、頼りの杖もない。
 池があっても、川があっても死んだら死んだ時のこっちゃ、と足任せに歩いて帰ろうとした時、後ろの扉が開いた・・・・。

「善哉(ぜんざい。善き哉(よきかな)という仏の挨拶のような言葉)、善哉」
「え?こんな所にぜんざい屋?」

「定次郎・・・」
「あっ!甚兵衛はん!」

「我は甚兵衛にあらず。当音羽山の十一面観音なるぞ」
「観音?よぉし!こうなったら直応対
(じかおうたい。直接交渉)や!
 わいの目は治るんか、治らんのか、どっちでんねん?」
「汝は悪業因縁
(あくごういんねん)深きゆえ、治らぬ!」

「えらい、あっさりゆうなぁ」
「されど、汝の母親の信心を愛でて、両眼を貸し与える」

「え?貸し与えるて、どこぞで目ぇ仕入れて?」
「仕入れの目とて、なけれども、昔、平家の武士、悪七兵衛景清、両眼をくり抜き当山に奉納したり。それを汝に貸し与えん」

「そんな大昔の目ぇ、カチカチに干からびてまへんか?」
「そのように思いしゆえ、三日前から塩水に漬け置きたり」
「カズノコやがな」

「観音経を三遍唱えれば両目は開く。夢々疑うことなかれ。善哉、善哉」と言って消えた観音。

 無事、目が開いて
「目のない人の目が開いた。まことに目出度いお噺でございます」というのがサゲだった。



 

 「景清」は、豪傑の目が入ったため力が溢れ、大手を振って練り歩き、どこかの大名の行列に乱入して大暴れ。そこの殿様に「気が違ったか?」と言われ「いや、目が違った」というのが本来のサゲ。

 これは、今回メモの参考にした『桂米朝コレクション 5』(ちくま文庫)の米朝師匠の解説にあるとおり、「こぶ弁慶」に似すぎているし、「どう考えてもあんまり上等なサゲとは言えません」ので、今回のように前半部分で切ることが多いそうだ。


 今回も演目は当日のお楽しみ・・・ということだったので、帰る時に見たら、手書きのメモが場内に貼り出されていた。
 メモする筆記用具がないか、邪魔くさい人は携帯電話のカメラで撮ることが多い。この日もそうだった。

 見ると「”影”清」と書いてある。
 「これ、”景”清でしょ?」と横に立つ係員に訊いたら、無言で目を丸くして、首と両手を振る。私はただ、言われたとおりに書いただけで、それ以上、どうのこうの言われても・・・という感じ。
 まあ、確かに口頭で「かげきよ」と言われたら「影清」と書くのも分からんではないが・・・・。

 このスタッフに演目を伝えた噺家に近いサイドのスタッフも、このメモを書いたスタッフも、今一歩の知識と心配りがないために、多くの人に誤って情報を伝える結果となったことが残念である。

 




 

 どうも、お退屈さまでした。毎度のことですが、録音はしてません。殴り書きメモとうろ覚えの記憶で勝手に再構成してます。聞き違い、記憶違いはご容赦ください。  
 



 

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