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(No144) 四代目桂米團治 顕彰碑建立記念落語会 鑑賞記 その3       

 平成21年5月2日(土)に東成区民ホールで開催された落語会の鑑賞メモの完結編。



桂米團治 「代書」

 トリは、五代目米團治。現在一般に口演されている「代書」は四代目が創作したオリジナルとは若干違うそうだが、今日はオリジナルバージョンらしい。


 ざこばに「東京はこぶ平の襲名とかめでたいけど、大阪は葬式ばっかや」と襲名を勧められたとか、「米朝、襲名せえ」と言われ「まだ、いたはりますやん」と返したとか、月亭可朝になる可能性もあったとか、いつものマクラ。

 四代目は全然知らんのに何か懐かしい。見えない糸で結ばれてた、てな話から、代書屋とは今で言う行政書士で、昔は字の書けない人がけっこういたというとこを経て本編へ。

 


「ちょっと、書いてもらいたいんです。あの、ジレキショたら、ギレキショとかゆうもん。
 嫁はんに、うちにはないから隣行って借りといでて言われて、万さん、家の中じゅう探してくれたけど、のぉて。『確か、こないだまではあったんけどなぁ』ゆうて」

(墨をすりながら)就職しはるんでっか?」
「そない大層なことはせんのですが、ちょっと勤めに」
「それを就職ゆいまんねん。
 民間と官庁では書式が違うので、どちらへ?」
「箱屋でんねん。色街、今里新地の箱屋
(芸妓の三味線の箱を持ってついて歩く)
「ああ、男衆
(おとこし)やりはりますねんな。
 本籍は?」

「席は、相生席
(←意味がよく分からない。お茶屋などの席のことだろう)」
「いや、代々住んでるとこ」
「ああ、それやったら日本橋三丁目」
「はあ、南区日本橋三丁目、と。番地は?」
「26番地。風呂屋の向かい」

「何でもよろし。戸主ですか?」
「へ?」
「戸主でっしゃろ?」
「ははは、おだてなはんな」
「家の大将でっか、と訊いてまんねん。

 名前は?」
「誰の?」
「他人の名ぁ訊いてどないしまいねん。あんたの名ぁでんがな」
「言わなあかんの?田中ひこじろうって、ちょっと粋な名前で」
「何が粋でんねん。
あの、ひこじろうの『じ』ゆう字は、『次』ぐでっか、『治』めるでっか?」
「お任せします」

「任されても・・・。

 生年月日は?」
「確か、なかった」
「ないことおまへんやろ」
「歳、ばれるがな。
 ごと
(おおごと)やな。

 アホは若ぉ見えるゆいまっしゃろ。

 ご大典の時ですわ。今の提灯行列。若い衆の仲間入りやゆうて、奉祝と染め抜いた法被着せてもろて。

 うちの嬶と、その晩ゴチャゴチャと」
「そんなんどうでもよろし」
「昭和3年11月10日や」
「何の日ぃでっか?」
「提灯行列の日ぃ」

「もぉ、よろし。あぁた、干支は?」
「素直な犬です」
「ほな、明治43年です。日ぃは?」
「天神祭りの次の日ぃ」
「けったいな覚えようやなぁ。ほな7月26日ですわ。

 学歴は?いや、あぁたの行ってた学校は?」
「小学校です」
「いや、どうゆう小学校です?」
「尋常とゆう小学校です」

「本籍地内小学校にしときましょ。卒業しはりましたな?」
「へぇ。わたいのたった一つの自慢です。2年で卒業」
「・・・中途退学、と」
「そう書くと体裁がよろしいな」

「学校はそれで終わりですか。職歴・・・・ゆうても分かりまへんわな。仕事の方は?」

「ろくな仕事してまへんねん。
 提灯行列の明けの年です」
「何でも提灯行列でんなぁ。ほな昭和4年です。いつ頃?」
「暑い時分でした」
「ほな、8月にしときましょ。ほんでよろし。
 どこで?」
「東成の玉造の駅前で、ともえ焼ゆうか、回転焼の店をね。
 ともえ焼の道具、錆びてて、ペーパー
(紙やすり)買うてきて磨いてね」

「ともえ焼・・・とも書けんしなぁ。う〜ん、饅頭商を営む、と、こうしときましょかな。
 これは、どのくらいやりはりました?」
「ああ、それ、家賃が高かったさかい、結局やらなんだんでんねん」

「・・・・・・・やめたことはよろしぃねん。
(筆で線を引き)一行抹消、と。」
「その年の12月にね、一六は平野町、二ぃ七が・・・」
「そら何だんねん」
「夜店出し」
「ああ、夜店出しやったら、場所はよろし。露店営業人にて・・・と。物は、何を売ってはりました?」
「減り止めです」
「ああ、着物の襟を留める襟留め?」
「いえ、下駄の裏の歯に打つゴムですけど。あんなもん買いなはんな。すぐ取れる」

「減り止めとは、書けんしなぁ。履物付属品を販売・・・と。これは、どのくらいやんなはった?」
「12月でっしゃろ。風びゅうびゅう吹くし、2時間で辞めた」

「・・・・・・・・・一行抹消と。判
(訂正印)を貸しなはれ。
 どないゆうたらええんやろなぁ。

 あぁあが何で食べてたか、だいたいの本職は?」
「それやったら、ガタロです」
「ガタロ?」

「知りはりませんかなぁ?
 長靴、胸まであるやつ履いて、鉄骨とか、傘の骨の折れたやつ拾って」
「ガタロちゅいまんの?ガタロ!・・・・・いよいよ書けんで」

「どうです?ガタロ商を営む、ゆうのは?川の中に勤務・・・」
「要らんこと、言いなはんな。

 河川に埋没したる廃品を回収し、生計を立つ・・・・・と、こうしときまひょかな」
「はぁ〜。そう書くと引き立つなぁ。どうです、その根元に饅頭と減り止めをあしろぉて。

 ほんで、昭和5年5月5日!」
「えらい勢いでんなぁ」
「いや、5ぉが三つ並ぶよって覚えやすい」
「なるほど、分かります。
 場所は?」
「松島です!」
「西区松島・・・と。これは何を?」
「私と松っちゃんが女郎買いに行ったんです」

「・・・・・そんなもん書いてどないしまんねん?」
「そうゆうことも書いとかんと、読むもんがおもろない」

「一行抹消、と。消してばっかりや」
「判は、ここに」

「もぉ後は、こっちで、ええ加減に書いときますわ。

 これでしまい」
「最後に、何を書きはったんでっか?」
「自書不能につき、代書す、と。自分で書けんから代わりに書いたゆうことで、まあ、決まり文句です」
「何や恥晒してるようなもんでんなぁ。

 あの〜、何ぼか払わなあかんのでっかなぁ。出がけに、ひょっとしてお金取られるかも知れんゆうて、嫁はんが20銭持たしてくれたんやけど、さっき松っちゃんに会うて割り前10銭取られて、10銭しか残ってませんねん」

「ええ?ほな、10銭でよろしぃわ」
「え?半額に負けてくれるやなんて、その気性で箱屋やりはったら、芸妓が惚れまっせ」

 

「すいません。ちょっと結納の受け取りを書いてもらえますかな」
「はい、承知しました。ほな、ちゃっ、ちゃっと書きますので」
「いえ、丁寧に書いてもらわんと。

 先様にいただいた結納がきれいな字ぃでして、わたくし中気で筆が持てんので、恥をかいてはいかんので。

 あ、その筆で書かれるので?失礼ながらチビた筆・・・・・それではゲン
(縁起)が悪い」

「あ、それでは新しい筆をおろさせてもらいます」
「墨も、あまりええもんではなさそうで」
「ほな、奈良の古梅園でまだ使てないやつがあるさかい、これおろさしてもらいますわ」

「ちょっと待っとくんなはれ。これも、まことに相すまんですが、あの『中濱代書事務所』ゆう看板は、誰ぞに書かせなはった?え?ご自分で?

 あれを見ると、あんまり名筆でもなさそうな。
 『へん』の割りに『つくり』が大きすぎて、餡がはみ出た饅頭のような。まあ、お客さんの前に出せるようなもんやないなぁ。
 また、肩の張らんもんの時にお願いしまひょうかなぁ。ほな」


「えええ?墨と筆、わややがな」


「ゴメンクダサイ。

アナタトコ、証明スル?私、妹サン、一人。トッコンションメン」
「とっこんしょんめん?ああ、渡航証明?妹さんが日本に来はるんでんな。

 本籍は?」
「済州島」
「全羅南道、済州島と。後は?」
「カンリンメン、チョウモリ」
「翰林面てとこあります。じょうもり?」
「戸籍アリマス」

「年号が向こうのんやなぁ。お父さん、いくつ?」
「父サン、90年前ニ生マレマシタ」
「ええ?長生きやなぁ」
「30年前ニ死ニマシタ」
「ええ?戸籍には、まだ生きてるようになったるで。死亡届、出さへんかったんか?出さないと火葬証明が出んやろ?どないやって、死骸片付けた?」
「虎ニ食ワレテ死ニマシタ。キレイニ片付イタ」

「そら、そうと妹さんのこと、戸籍で出てないで」
「妹、18デス。パンチャモ出花」

「番茶て言われんのに言わんでええねん。妹さん生まれた時、ちゃんと届けたか?」
「郵便局、届ケタ」
「それでは、あかんがな。渡航証明の前に、ようけ書かな、あかんでぇ。

・・・・・・・・・・・と、ようよう書けた。お父さんの死亡届と、失期事由書と妹さんの出生届」

「嬉チイデス」
「何ぼか罰金来るで」
「イクラデスカ?」
「50銭以上10円未満ゆうからなぁ。死亡と出生の2件で、何ぼ多くても20円やな」
「20円?コレ、ヤメルデス」
「ええ?こんだけ書いたやつ、どないなんねん?」
「キセルソウジニ」
「そんな訳に行くかいな」
「日本ノ言葉ワカリマセン。サイナラ」

 

「おじゃまいたします。わたくし、先ほどの結納の受け取りのお詫びに、お筆料をお届けに」

「ああ、こら、えらいご丁寧に」
「実は、手前どもの主人は名の通った書道家でございまして、字にはこだわりがございまして失礼を」

「道理で、講釈が素人離れしてると思いました」
「受取り
(領収証)だけお願いできますか」
「ほな、ちゃっ、ちゃっと」
「いえ、主人は丁寧な字ぃを、といつも申しておりますので丁寧にお願いします。

 あ、『中』の心棒がゆがんで。『濱』は、へんの割りに、つくりが大きすぎ・・・・・。

 あの、ちょっと筆貸してもらえまへんやろか
(と、筆を借りて、代わりに書く)
「わあ、女中衆
(おなごし)さん、あぁた字が上手ですなぁ」
「へえ、主人にちょっと手習いのお稽古してもろてまっさかい」

 よぉ見たら、小そぉに「自書不能につき代書す」と書いたぁった。




 ともかく、米朝師匠にお会いできて大満足。



  どうも、お退屈さまでした。聞き違い、記憶違いはご容赦ください。  
 



 

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