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(No14) 京都・らくご博物館 秋 〜夜長の会〜 鑑賞記その2 

 京都国立博物館で年4回開催される落語会。前回の「夏 〜納涼寄席〜」に引き続き、特別展「最澄と天台の国宝」を鑑賞するのに併せて、聴いてきました・・・・・・の2回目。
 



(3) 桂 吉朝 「風邪うどん」

 さて、次がお待ちかねの吉朝。今、上方落語で一人だけ選べと言われたら吉朝かな、と昨年の堺での米朝一門会を聴いて以来そう思っている。
 最近体調を崩し高座を休んでいるとは聞いていたのだが、8月のサンケイホールでの一門会でも最後一門全員が舞台に揃うところでは顔を見せていたし、今日も吉朝が出るというので迷わず前売りを買ったのである。
 ところが・・・・・・ふと前を見てわたしゃ、思わず息をのみましたね。高座がしつらえてある舞台まで、四、五段の階段があるのだが、そこをがりがりにやせた、青白い、というか紙みたいな顔色の男が、片腕は着物の裾の方を持ち、扇子を持った片腕は、まるでバランスを取るかのように、やや広げ、そろ〜り、そろ〜りとあがっているではないか。
 
「病み上がりでして。体重が元に戻りません。体重が元に戻らんとゆうのは、体力が元に戻らんゆうことでして、声も十分に出んのです。
 声っちゅやあ、後でアホみたいな声のもんが出てまいりますので」

 確かに声もかすれ気味で、か細い。もともとやせてる人なのだが、何やら晩年の桂春蝶を思わせる風貌に。
 なお、アホみたいな大声を出す落語家といえば、落語作家の小佐田氏がよくいうところの「日本一落語がうまい歌手」、「ヨーデル食べ放題」で有名な桂雀三郎のこと。

「麺類、パスタですな。昔から関東はそば、関西はうどんと申しますが、これは今でもそのようですな。

 関東と関西では違いがございまして、関東ではそば屋で、何ぞ注文して、それを肴にお酒を飲んで、それで最後にしめでそばを食べたりします。ま、そば屋でゆ〜っくりするんですな。
 ところが、関西ではそのようなことはございません。時間がないさかい、そばでもすすろか、うどんでも食おかってなことになります。
 ですから、少しでも出てくるのが遅いと『おっそ〜っ!』とみんな、いらいらしますな。まあ、早いといえば、駅のそば屋さんなんかは早いです。次来る電車に乗らなあきませんからな。
 で、その中でも早いんが、私の経験で申しますと、JR天王寺駅のはじっこの方にあるそば屋、ご存知ですかな、あそこが早いです。
『ざるそば・・・』ゆうたら『へい、お待ち!』ゆうて出てくる。こないだ計ってみたら、確か0.2秒でした

 とゆうのは、こうゆうとこは客の回転が早いさかい、まとめて作って置いとくんですな。それを出すよって早い。かなんのが、客の切れ目に来てもうた時です。
 そばゆうのは、時間がたちますとゆうと、だんだんそば同士の団結が強くなってまいりますからな。はじっこの方つまんで食べようとしますと、そば全体が一丸となって持ち上がってまいります」

 と、場内を沸かせておいて、ばたばたと団扇で火をおこしている仕草。車を引くのではなく、天秤棒のような格好の、昔ながらの流しのうどん屋が湯を沸かしているところである。

「うぅ〜〜っ、さぶっ!(震えながら上を見て)ああ、お星(ほっ)さんが高いなあ〜。こら、今晩も冷えるでぇ」
 と、売り声をあげながら、歩き始める。「そばやうどん」なのだが、こうゆう売り声は、はっきりとはゆわん。「そぅ〜ぃや〜〜うぅ〜〜」、かしら文字だけですな、と解説してくれる。

 と、ある店屋の前へ通りかかると主人か番頭の声が聞こえる。

「これ、子供(丁稚のこと)、うどん屋さん来たはるで。早よこな、いてまうで。早よ、しいや」
「おっ、嬉しいな。うどん屋のこと、待っててくれてはったんや。ありがたいなあ。あっ、出てきた、出てきた。おや、溝またいで、しょんべんして。
 ははは、子供やなあ、可愛いもんや。言いつけられた用事より、自分の用事先にすまそゆうわけかいな。あら、戻ってしまうがな。あららら。(がらがら、ぴしゃん!)おおっ?(目を丸くして、何をすんねんな、というような表情)
 かなんなあ、すっとしたから注文すんのん忘れて入ってもたがな。しゃあない、こっちから出向いていこ。
 ええ、すんまへん、今晩は」
「はいはい、どなたじゃな」
「表に来てるうどん屋でっけど」
「ああ、来てたらええがな」
「いや、ちゃいまんねん。いま、そちらの丁稚さん、出てこられたんでっけど、注文すんの忘れて入ってしまいはったんで。ええ、おうどんは何人前作らせてもろたらよろしいやろ」
「いや、あれはええのじゃ」
「へ?」
「いや、うちの子供、夜んなるとこわがって、奥のお便所によう行きませんのや。そやから、屋台が来たら、その灯りで、表の溝またいで、おしっこしますのや」

 いきなりケチのついたうどん屋、今度は酔っ払いと出くわしてしまう。
「これ、うどん屋君」
「君づけやて、あら、よっぽど酔うとんで」
「一杯くれるか」
「へえ。うどんですか、そばですか」
「湯ぅ、や」
「へ?」
「湯ぅう。そこで、ちょっとこんなもん踏んでね(手で、とぐろを巻いた蛇のような仕草)、ちょっとお湯かけて」
「・・・・・・(小声で)まあ、親切にしとこか、あとあとゆうことがあるしな。へえ、お湯です。熱いよって、気ぃ付けてくださいや(と、湯を柄杓にとって、足に掛けまわす)」
「ああ、ええ気持ちや。・・・・もう一杯」
「・・・・。へえ、どうです、これでよろしいか」
「拭いといて」
「(さすがにむっとしながらも、ふところから出したてぬぐいで、足を拭いてやる)へえ、これでよろしか」

「一杯もらおか」
「へい!おうどんでっか、おそばでっか?」
「水や」
「なかなかうどんにならんな。へえ、お冷やでんな」
「水」
「せやからお冷や・・」
「み〜〜ず。耳悪いのん?」
「せやけど、水のことをお冷やいいまんがな」
「まだゆぅ〜?そら、水のことをお冷やということもありますよぉ。しかし、それは時と場合によるのれす。あろねえ、雅(みやび)言葉でお冷やと申すものは、一流の料亭で、山海の珍味を前に並べて、脇息(きょうそく。肘掛)にもたれて、けっこうなお酒をいただいて、ああ、ちょっと喉がかわいたなあゆう時に、お店の人を呼んだらやなあ、芸者そこのけ、てなべっぴんの仲居が、白魚5本並べたような手ぇで三つ指ついて、『へえ、旦さん、何ぞ御用で?』『ああ、ちょっと水持ってきてくれるか』『へえ、かしこまりました。お冷やどすな』・・・・・・・・これがお冷やゆうもんや。
 それを何や、ごんぼ(牛蒡)並べたような手ぇで」

「せやけど、水もお冷やも同(おんな)じでんがな」
「こんだけゆうてんのに、まだゆぅ〜う?水もお冷やもおんなじ?へっえぇ〜?
 淀の川瀬のみずぐるま、誰を待つやら、くるくると、なんて結構な唄ございますけどねえ。それを、あんた、淀の川瀬のお冷やぐるまってゆうのん?へぇえ〜。
 おい、火事や、水かけえ、てなことゆうけどねえ、それをあんたは、おぅ、火事や、お冷や掛けえ・・・ちゅうのん?へっえ〜?
 夏なんぞ、水ようかんてなもん、おいしいけどねえ、それを、あんたはお冷やようかんゆうのん?
 お前は、やらしいやっちゃ(奴や)、水臭いやっちゃて、ようゆうけど、あんた、お前はやらしい、お冷やくさいやっちゃて、ゆうのん?
 ああ、足かい(痒い)、水虫や、ゆうけど、それをあんた、お冷や虫・・・まあ、今日はこのくらいにしとこか。
 ほな、うどん屋君、これからもがんばってください。しゃいならっぁあ〜(と、敬礼するような格好で手を振る)」

 湯と水を損しただけで、さっぱりうどんが売れないので、ぼやきながら場所を変える。
 と、ある家で、宵のうちから花札遊びをしていた町内の若い衆。兄貴分が、ちょうどうどん屋が来たので、一服がてら注文しようと提案する。
「ただし、大きい声出すなよ。何でや、て?そら、せやないかい。町内の連中に気付かれたら、うるさいやないか。あいつら、あんなとこに集まって夜遅うまで、何ぞ悪いことでもしとるんやないかっゆうて。・・・・まあ、しとるんやけどもな。とにかく、小さい声で注文せえ」

 兄貴分に言われた若い衆、小さい声で声を掛けたので、狐か狸が化かそうとしているのか、と怖がるうどん屋。

「ああ、びっくりした。せやけど、びっくりのし甲斐があったなあ。うどん十杯やなんて。あ、せや。大きい声出すなゆうてはったなあ。気ぃ付けて持って行かんと」
「おいおい、ちょっと待ち。いや、やめえゆうてんのとちゃうがな。ちょっと札、置けゆうてんねや。
 何や、誰ぞが表で何ぞゆうてるような気がすんねやが、お前らがわあわあゆうて、うるさいよって聞こえんのや。せやから、ちょっと静かにせえゆうてんねん。おい、ちょっと、表、開けてみい。え?うどん屋?
 何やて。はあはあ、お前に大きな声出すな言われたよって、表で聞こえもせんよな声で、声掛けてたんかいな。ははは、脅かしてやりなや。せやけど、嬉しいやっちゃな。そうやって、客のゆうこと聞いてたら、間違いないんや。おっ、こっち貸し。おい、みんな、奥にまわしたらんかい。でや、みんな、うまいか?おう、そうか。おい、うどん屋、みな美味いゆうてんで」
おおきに
「はは、まだゆうてんのかいな。せやけど律儀なやっちゃ。おい、みんな食べたか?食べたら、こっちへ丼返さんかい。うどん屋、ほたら勘定や。え?釣り?かめへん。何?お釣が多すぎますて?いや、かめへん、取っときゆうてんねや。
 あんたらの目ぇから見たら、何や偉そうに、て思うか知らんけど、若いもんのこっちゃで、堪忍して。
 表は寒(さぶ)いやろけど、きばってやりや」

「ああ、今日はさっぱりあかんと思てたけど、いっぺんに十杯も売れた。しかし、ありがたいなあ。明日もおいで、このくらいはいつも注文したるでって、ゆうてくれはった。
 せや、小さい声でしゃべったんがえらい気に入ってくれはったから、これからは、これでいこ」

 さて、売り声。つい、いつもの癖で「そ・・」と大きな声を出しかけ、自分でも「しもたぁ〜」てな顔。
「そぅ〜ぃや〜〜うぅ〜〜」・・・・さらに、「そ・・・・・ゃ・・・・・・う〜・・・・・・・出さん方がましやな。これやったら」

 すると、また、小さい声で呼び止める声。
「この町内は、こんなん流行ったんのか?もう心得てるで。(客の前へ行って、小声で)十杯でっか」
「(やはり、小声で)いや、一杯や」
「へえ。・・・・・おかしいな。ははあん。味見っちゅうやつやな。待ちぃな、初めてのうどん屋や。まずかったらどないすんねんな。まずは一杯だけ注文して、うまかったら、皆で注文しよ、とこうゆうわけやな。こら、きばって、こさえんと(作らないと)」
 
 うどんを茹でて、ちゃっ!ちゃっ!と手籠を振って水気を切る。丼にあけ、ていねいにダシを掛けまわす。そして、かまぼこなどの具を乗せてゆく。
「とんがらしは?へえ」
 竹筒に見立てた丸めた手拭いを丼の上で2回、とん!・・・・とん!と振る。
 で、横目で「どうですか?」てな表情で、客の様子をうかがう。
 どうやら、お気に召したようで、うどん屋も満足げに「うん」とうなずく。
 その表情やら、呼吸、間(ま)がもう最高で、場内大爆笑、そして大拍手。

 客がじつにおいしそうにうどんを食べる。「ええダシ使(つこ)てんな」、箸でかまぼこをつまみ上げ、「分厚うに切ったぁる」などと言いながら。
 「時うどん」などでは、麺をすする時、箸に見立てた扇子を持った右手の肘を高く上げる。水平に箸を持ち上げながら、ずっ!ずっ!ずずぅっ〜と勢いよくすする演出が多い。そして、汁をすする時には、両脇を閉め、両手で丼鉢を抱えこむようにして、鉢を持ち上げてすすりこむ。

 吉朝演ずる客は、箸は斜め気味。口をすぼめ、どちらかと言うと、汁をすする時と似たような格好で、箸の先で麺をからめ取り、口に運んで、すすり上げる。
 場内のみんなが息を詰めるようにして、吉朝の口元を見つめている。何やら、ダシのあげる湯気が見えるような気すらする。張りつめて、息苦しいような思いさえする。
 いよいよ、残り少なくなってきたようだ。丼の底を見つめ、ゆぅっくり、二度、三度と丼を回す。

 おかしなことに、前から観ているというのに、客(吉朝)の視線になってしまう。目の前に丼の底が見える。澄んだきつね色のダシの中に、短いうどんのきれはしが2、3本。少し、青い刻みネギなども沈んでいる。丼をまわすのにつれて、そのうどんがぐ〜る、ぐ〜るとダシと一緒にまわって、やや傾けた丼の手前のところに集まってくる。そいつを箸で・・・・・て、ほんとにそれが見えたような気がしたのだ。場内割れんばかりの拍手。

 さて、お勘定。「お釣は?」と再び祝儀を期待しながら聞くが「もろとく」という返事。オチはおなじみの「うどん屋はん」「へえ、なんです?」「おまはんも、風邪ひいてんのか」というもの。
 
 頭を下げて、ひょろ〜り、ひょろ〜りと階段をおりていく吉朝は、登場した時の、あの、いかにも危なっかしい感じに戻っていた。
 いやあ、それにしても、吉朝恐るべし。

 


 どうも、お退屈さまでした。いつものことですが、録音等してませんので、聞き違い、記憶違いはご容赦ください。
 中入り後の文我、雀三郎は、また後ほど。



 

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