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(No137) 源氏ものがたり落語 鑑賞記 その2      

 平成21年4月11日(土)に開催された「源氏ものがたり落語」というイベントのメモの続き。



 いよいよ本番。ステージ上に高座がしつらえられたが、これが少しも「高」くない。薄い板を重ねたような「高」座。

 以前、米朝師匠が体調が悪いものの高座をこなしていた頃、安全性を考えて低い高座が設営された例は見かけたことがあるが、今日はそのような事情はない筈。かつ、会場は全く高低差をつけていない平面的なホールにパイプ椅子を並べただけだったから、案の定、「所作」が非常に見にくかった。
 要は、落語に対する愛情のない設営だったと言える。

 「おはやし」も、演目に合わせ雅楽調だった。
 

 
  染丸師匠でございます。花粉、黄砂の舞う中、ようこそおいでくださいました。源氏の落語は、演ずるのも今日で4回目。

 こう見えても・・・・どう見えてるか知りませんが、もう60です。
 私、16の時、師匠の染丸に弟子入りしまして、その時の師匠が60でした。
 お元気ですね、お若いですねと言っていただいたりしますが、いろいろ支障が出てきました。何よりものを忘れます。

 私、昭和24年の丑。嫁はんが一つ下の寅。それも普通の寅やない。五黄の寅ゆうやつです。年中寝てますからな。「ごおぉ〜〜!」って、えらいイビキ。それで「ごおう」の寅。

 名前が出てこんのですね。
 「あのぉ・・・・、あれ、どないしてくれたかな」
 「え?ああ、・・あれか?あら、その・・・なにしといたで」
 「え?あれ、なにしといてくれたん?そら、おおきに」って、何のこっちゃ分からんけど当人同士は分かったような気ぃになってる。

 この頃は新しいネタ覚えるのが大変です。あら、あんまり机に向って覚えるもんやないんで、私は、よぉフロ入りながら覚えたりします。
 死んだ枝雀は、専ら歩きながらネタを覚えました。千里に引っ越した頃、警察に通報されたそうです。近くに千里公園があるんですが、何やブツブツ言いながら公園ぐるぐる回ってる奴がおる。不審人物や、ゆうてね。

 



 頃は平安、京のみやこでは光の君が評判になっておりました。何せ男前で、しかも片岡仁左衛門のようにりりしく、そこへ海老蔵と・・・また、玉三郎の色気も混ぜて・・・・最後、染丸を振りかけたような。

光「誰そある?誰そ?」
童「はい」
光「ずいぶん遅かったな。居眠りでもしていたのか?」
童「いえ、居眠りなどは・・・・。ぐっすり眠っておりました」
光「どうでもよいわ。命婦どのの所へ行って、先日の常陸宮の姫のことはどうなりました?と聞いてまいれ」
童「承知しました。

 しかし、光の君さまもお忙しいことだ。葵上さま、六条の御息所さま、若紫さま。あら、ロリコンやな。
 夕顔さまと・・・・こんだけいてたら、もうええやろうに。

 あ、命婦さま、光の君さまが、常陸宮の姫さまのことでお尋ねです」
命「やっぱり引っかかりましたなぁ」
童「え?」
命「何でもない。すぐに参りますとお伝えなさい。

(小声で)ふふふ、これでひと儲け。


 あ、光の君さま。常陸宮の姫さまのことが、お気に召しましたか?」
光「お気に召したも、何も・・・。御簾
(みす)越しに琴の音を聴いただけではないか。確かに、琴は見事であったが、お前がすぐに帰してしまったから。早々に段取をいたせ」
命「はい。それでは暦を見まして、良い日を・・・」
光「待っておれぬ。今夜はどうじゃ」
命「今宵ですか?・・・・・今宵はたしか新月・・・。承知しました。では、さっそく手筈を整えまする」


婆「乳母どのや」
乳「あ、これは婆
(ばば)どの。どうなされました?」
婆「そなた、ひもじゅうはございませぬか?今朝のお粥、あっ、しじみが入っている。何と嬉しいことよと喜んでおりましたら、あまり粥が薄いので、私の目玉が映っておりました」
乳「姫さまもご辛抱なさっておられるのですから」
婆「お屋敷のどこか片隅でもお売りになったら、少しはしのげましょうに、父宮の大事な家宝だからとおっしゃって」
乳「命婦さまのあの話がうまく行けば、ずいぶん楽になるのではないですか」
婆「乳母どの。そなたは、自分の乳で育てているので欲目というものがございます。光の君さまは、あまり美しくて、まともに見たら目がつぶれると言われているお方ですよ。
 まあ、うちの姫も、ある意味、目がつぶれるかもしれませんが」

 あ、命婦さま。お声をおかけくださったら、玄関までお出迎えしましたのに」
命「いや、勝手知ったる何とやら。案内をこうより、自分で参る方がらちがあくというもの。
さて、光の君の一件のことじゃが・・・」
婆「はい、はい、わかっております。この話はなかったことに・・・」
命「今宵、お渡りになる」
婆「え!何と物好きな・・・」
命「して、姫さまのご意向は?」

 で、姫さまが参られます。当時のお姫さまのことですから、突っ立ってズカズカと歩いたりはなされません。膝行
(しっこう)と申しまして、少しずつ膝でずって、進まれます。亀にブレーキかけてるようなものですな。ようやく、着かれて・・・
姫「ごきげんよう」
命「これはこれは、相変わらずご壮健で何より。
 実は、光の君さまが、姫さまの琴の音が大層お気に召して、今宵、お渡りに」
姫「ウフフフフ。うれP!!」

・・・・・こら、アホやないんで、姫さまの可愛らしさを表現いたしております。
(注 現時点では、なかなか「のりP」語を使うのも気がひけるようになってきた)

命「それでは、姫さまは、さっそく、おぐしに櫛を入れ、お召し物をお替えあそばして・・・。

 さて、こちらでちょっと、作戦会議を。
 姫さまが光の君さまと末永く結ばれるには、何よりもお顔を見せぬこと」
婆「それはごもっとも」
命「天の助けか、今宵は新月。春のおぼろで星も見えない。屋敷の明かりを皆、消すのじゃ」
乳「夜の間は良ぉございますが、朝になったらどうなさいます?」
命「夜が明ける前に帰ってもらうのじゃ。夜更けにお経を唱えよう。真の闇の中をお経が流れる。あれで、光の君さまは大の怖がり。きっとお逃げあそばす」
乳「薄明かりでもあれば、経の本も読めましょうが、闇の中で経を諳
(そら)んじることはできませぬ」
命「そこは、いろは歌か何かでごまかせばよいのじゃ」
婆「いろは歌とゆうと、空海とやらがこしらえたとゆう?」
命「そうそう。鼻にかけて、語尾を伸ばせばそれらしく聞こえるもの。いぃ〜〜〜ろぉ〜〜〜はぁにぃ〜〜〜ほぉ〜〜〜」
婆「うまいものじゃなぁ。そなた、やってくれぬか?」
命「乗りかかった船。私がやりましょう」

 さて、こちらは光の君。美男かずら、今でゆうジェルですな。それを頭に塗りまして
(注 サネカズラは昔、樹液を整髪剤として用いたので美男葛と呼んだ)、装束は直衣、のうし。・・・・脳死ではございませんよ。正装に比べますと、やや略礼服とゆうか、白の衣装を上から着ると下の赤が透けて、これを「桜重ね」と申したそうで。

 お供は惟光
(これみつ)です。光の君は車。車と申しても牛車(ぎっしゃ)です。供の者は歩く。スピードは同じくらいやったということですな。
 御所車とかけまして・・・・卵と解く。その心は・・・・中に「きみ
(君。黄身)」がござる。

光「姫は気に入ってくれるかのぉ?最近では、頭の中将がずいぶん人気だそうだが」
惟「あの方はマメなだけで、光の君さまの美しさに敵う筈がございません。それこそ、女性という女性、メスというメスは。
 ほれ、牛車を引く牛もメスと見えて、先ほどから君さまをチラチラ、チラチラ見てはヨダレを流しております」

 姫さまの屋敷に着きまして。
惟「真っ暗じゃ。誰ぞある?灯りの支度を・・・」
命「今宵は、闇の逢瀬を楽しんでいただきます」
光「さようか。では、案内をいたせ」
 現在は「真っ暗」と申しましても、例えばあのように
(場内の緑色のライトを指差し)「非常灯」は灯っております。
 ところが当時は、闇と言えば、本当に真っ暗。光の君は、敷居につまづき、鴨居に頭をぶつけ、ようやく奥へ。

 そこで姫さまが琴を弾じております。そっと触れてみると艶やかな髪の毛。
「・・・・姫さま」
「は、はい!
(裏返った声)

 かなり興奮しておられます。そっと手をかけると細い、きゃしゃな肩。これがよろしぃなあ。なんぼ伸ばしても、どうしても手が回らんてのは良ぉない。ぐっと抱き寄せると・・
「あ〜〜れぇ〜〜〜」

 ・・・・・っと、夜更けになりまして、遠寺
(えんじ)の鐘がボ〜〜ンと鳴り響くとゆうと、どこからともなく「いぃ〜〜〜ろぉ〜〜〜はぁにぃ〜〜〜ほぉ〜〜〜」
「姫君、あれは?」
「お経かと思います」
「何ともございませんか?気強ぉいらっしゃいますな。誠にご無礼ですが、これにて失礼させていただきます」

 その昔、褥(しとね)を共にした翌朝は、後朝(きぬぎぬ)の朝と申しまして、歌を交わし合ったそうでございます。今ですと、さしずめ携帯で「うち、あんたのこと好っきゃわ〜」でおしまいでしょうが、光の君が和歌を扇面に書いたものが届けられました。

婆「きれいなお手
(字)でございますなぁ。ただ、私、最近目がうとぉて・・・・ちょっと読んでもらえませんかな」
乳「忘られぬ 春の
(注 メモしきれなかった)闇の中なる 契りせしとは・・・・。まあ、姫さま」
姫「うふふふ、うれP!!」
婆「おや、姫さま、何をしっかり握っておられるので?」
姫「お褥に光の君さまが匂い袋をお忘れになられましたの」
乳「姫さまもお歌をお返しにならないと」
姫「我が闇も 明けにし
(注 メモしきれなかった)後朝に・・・君のかおり いとしき」

 さあ、すぐに屋敷にきれいな衣装がひと揃え届けられました。プレゼントでございます。その後も、いろいろと贈られてまいります。

 命婦の策略で、新月や雨の日の夜中に闇の逢瀬が重ねられたのですが、人間には「慣れ」というものがございます。最初は夜中のお経が恐ろしくてすぐに帰っていたところが、いつしか子守唄代わり。ある日、ぐっすりと眠りこんでしまいました。そして、あくる朝。

光「お〜、ずいぶん明るいな。
(障子を開けて)ああ、初雪か。これで明るかったのか。姫、雪ですよ」

・・・・・・これで、姫さまが出てこなんだらよかったんですが、その時のいで立ちが、小袖に「じんべえさん」のようなものを着こみまして、それも寒いものですから獣の皮のついたじんべえを着ていたので、茶色いかたまりが歩いてきた。
 お顔といいますと、額がかなり広い。それで、眉毛は・・・薄い。目は、はっきりとは分からん。鼻は、と言うと特大のちまきをぶら下げたよう。口は長い・・・この顔で「に〜!」っと笑ったところを見たものですから、光の君は「あっ!」と叫んで絶句され、早々に帰ってしまわれました。


婆「乳母どのや。光の君さまもぱったりと来られませんのぉ」
乳「あれから5年も経ったのですねえ」
婆「あの頃は良かったが、元の薄いおかゆに戻ってしまいましたなぁ」
乳「戻ったと言えば、光の君さまも須磨・明石に流されておられたのが、先日、みやこ
(京)に戻ってこられたそうですよ。
 ひょっとしたら、また、おいでになるかも」
婆「また、そなたの身びいきじゃ。『あっ!』とおっしゃった方が、戻られるわけはあるまい」

惟「誰ぞある!」
婆「はい。あ!これは惟光さま。まさか・・・・『あっ!』とおっしゃった方!」
乳「お久しぶりでございます。ご壮健そうで何より」
光「こうして無事戻ってまいりました。姫さまのお屋敷を訪ねたら、元の屋敷はもぬけのから。ようやく、尋ね当てることができました。
 須磨のあずまやに暮らしている時も、ずっと姫のことが忘れられずにおりました。夜中に夢に出てまいるのです」
婆「それは大変でございましたなぁ」
光「ある夜、普賢菩薩の夢をみた時、菩薩さまが乗られている象の顔が、姫に見えたのです。ああ、姫は普賢菩薩の使いであったのではないか、と。
 それから、私は姫の情
(じょう)というか、なさけ、思いやり、人柄に惹かれていたのだなあと気づいたのです。
 今度、京に屋敷を構えました。ぜひ、姫に、その屋敷に移っていただきたいのです。

 あ、姫さま。お達者でしたか?」
姫「光の君さま!うれP!」
光「まろも嬉しゅうございます」
姫「ああ、恋しや。鼻を長くしてお待ちしておりました」 



 最後は、林氏と染丸師匠の対談

林「足、大丈夫ですか?」
染「足のしびれが。太りました。こう見えましてもメタボでして」

「覚えるのが大変というお話がございましたが」
「がちっと固まってるもんやのぉて、ジャズと同じでアドリブがあるんです。
 運びは決まってるんですが、そこへ行くまでのネタ振りとかはね。
 お客さんが退屈そうにしてるな、とか、話が分からんのかな、とか、寝かけてるとか。
 今日、前の人が寝かけたら、隣の奥様が起こしてた。私の味方がここにいる!と嬉しかったです。

 もっとギャグを増やさないとギャラがもらえんな、とかいろいろ考えます。

 せやから、マクラはただの世間話やないんですな。これでリサーチしてるんです」

「今日のお召し物は素晴らしいお着物ですね。はんなりした桜色で」
「衣装は、お客様に合わせますので。今日は一番格調高いやつで。

 色は、小さい色見本で選んでも、全体になると染め上がりが違ったりするんです。
 この着物はいい色に染まりました。ええお客さんの時だけ着るんです」

「黒ぶちの眼鏡をかけられると、大阪市長に似ておられますね」
「こないだ、ちょっと賞を市長からもろたんですが、腰の低い方でね。どっちがもろてんや分からん。
 橋下府知事とは、くにお・とおるコンビやてゆうたはりました。
(大阪市長は平松邦夫。府知事は橋下徹。松竹芸能に酒井くにお・とおるというベテラン漫才コンビがいるので、それにかけている)

(知事や市長は)大阪を背負って立つ人ですからね。文化面が先に削られるようですが、ワッハ上方は残してほしい。
 文化とは、人の心のゆとりですから。

 私の師匠、先代の染丸は昭和43年に亡くなったんですが、丸顔でね。『えべっさんが100万円ひろたような顔』ゆわれてました。
 素人名人会て、知ったはります?司会が西条凡児で。『お父さんに、おみやげ、おみやげ』て。染丸の決め台詞が『敢闘賞!敢闘賞!』でした。

 師匠の亡くなるとき、私、兄弟子の小染と京都花月にステレオ落語ゆうので出てまして。危篤の知らせが来た時、どうしよか思ってたら、小染が、俺が一人でやっとくからお前、行ってこい!てゆうてくれて、病室へ駆けつけました。
 そしたら、私の手ぇ握って「しんどい!」・・・・・・それが最後の言葉でした。

 うちの師匠は最後の言葉が「しんどい」だけやったけど、6代目
(笑福亭)松鶴なんかもっとひどいからね。何せ最後の言葉が「ババしたい!」ですからな。

 染丸は、初代上方落語協会の会長で、私が入門した頃は35人ほどでした。今、230人いてますから。アメーバみたいに増えて。繁昌亭も寄付だけでできましたからね。「しゃべれども しゃべれども」ゆう映画もありましたしね。
 「ちりとてちん」
(NHK連続ドラマ)の影響も大きいと思います。私も万葉亭柳宝ゆう役で出てますからね。渡瀬恒彦と同期なんです。芦屋小雁が長老役で。白いもんつけて、ふけ役もしました。オバンで鍛えてる」

「光源氏が18歳ってご存知でした?」
「18でっか?そら知りませんでした」
「袖で聞いていて、ちょっと老けてるなぁと思って。

 光源氏は12歳で結婚したんですが、人間も生き物としては18、19の頃が絶好調やそうです。30で孫ができて、37、8で死ぬ。
 40といえば、大変な老人でしたからね。今なら50、60で嫁入り仕度というところですけど」

「ところで林先生もだいぶしゃべり慣れしてきましたな。先ほどの講演でもウケねろてたでしょ?」
「いえいえ、元々引っ込み思案で、家で一人で百人一首ばっかり読んでました」
「やっぱ品がよろしぃな。私ら読むゆうたら質札くらい。西成区は天下茶屋のロングハウスに住んでましたから」


「光源氏とゆうと、浮気な、次から次に女性をもてあそんでばかりというイメージがあるかもしれませんが、末摘花で救われてるような気がするんです。
 うわべだけでなく、人柄で選んでいる」
「末摘花は、心の底から純粋なんでしょうね。自分を醜いと思っていない」
「光源氏も、彼女のことを尊いと思っていたのでしょう」



 


  どうも、お退屈さまでした。聞き違い、記憶違いはご容赦ください。  
 



 

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