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(No13) 京都・らくご博物館 秋 〜夜長の会〜 鑑賞記その1 

 京都国立博物館で年4回開催される落語会。前回の「夏 〜納涼寄席〜」に引き続き、特別展「最澄と天台の国宝」を鑑賞するのに併せて、聴いてきました。
 


(1) 桂 雀五郎 「手水まわし」

 
先日聴いた堺市民寄席に引き続き、トップバッターの雀五郎。やはり、マクラなしで本編へ。

「今ですと、朝、顔をあらうのは『洗面』と申しますが、昔は『手水(ちょうず)』と言いました。漢字でいきますと、手ぇに水と書きますな。洗面器のことは手水鉢(ちょうずばち)などと申します。
 ですから、旅館などで『手水まわしてくれ』というのは、部屋に洗面のセットを持って来てくれてな意味なんですが、これが、ちょっと田舎に行きますと通じんこともあったそうで」

 ある田舎の宿屋。大坂から来た客が、朝、女中のおなべどんに「ちょうずをまわしてくれ」と言い付けた。おなべは、「主人と相談いたしませんと・・・」といったん引っ込み、主人へ。
「そうゆうことは、板場の喜助に任してる」とのことなので、おなべは喜助に告げるが「そないな料理つくったことない」喜助は、主人に聞きに来る。

「ええ?喜助はん。あんた『ちょうず』を知らんの?情けないなあ。え?わしか?知らんがな。そんなん聞いたことあらへん。せやけど、今さらおなべに聞きにやらすこともでけんしなあ。田舎の宿屋、ものを知らんわいと思われるし。
 あ、せや。ずく念寺の和尚、あら、物知りじゃで、おまはん、ちょっと行って聞いてきておくれ」

 喜助は戻ってきて、
「へえ、旦那さん、聞いてまいりました。これに書いてもらいました。『”長刀”と書いて”ちょうとう”と読む。また、”頭痛”と書いて”ずつう”と読む。じゃによって、”ちょうず”とは、”長頭”、すなわち長い頭のことなり』ゆうて、ほれ、ここに絵ぇまで」
「ははあ、『ちょうず』ゆうたら長い頭のことかいな。知らんかったなあ。あ、ちょっと待ちや。そない長い頭がどこにあんねん?」
「旦那さん、それが隣村の市兵衛という男、三尺の手拭いで頬被り(ほっかむり)が出来(でけ)んと評判で」
「はっはぁ〜ん、ほたら、あの大坂のお客さん、どこぞでその市兵衛の噂聞いて、いっぺん見てみよと思たはるねんな。そしたら喜助はん、おまはん、その市兵衛さんとやらと心安い(親しい)なら、ちょっと頼んで回してもろてくれるか」

 さて、座敷でじれた客は、
「おっそいなあ。手水まわすのんに、なんぼほどかかってんのかいな。あ、これ、これ!(ぱん、ぱんと手を叩く)はよ、手水回しとくんなはれや」
「へえ、お待たせしました」

(と、部屋に入ってきた市兵衛さんの顔があまりに長くて、一度に見ることができず、下から上へ3回に分けて視線を移しながら)
「うわっ、うわっ、うっぅうわぁ・・・・・・・・どこ見てしゃべったらええねん・・・。
 あ、ここの方ですか。すんまへん、ちょっと手水回しとくんなはれ」

「あの、今、ここで回しまんのんで?そうですかぁ。へえ、ほな、たっぷり見て、帰ってくださいや」
 と、自分の頭を両手で支えて、ぐるん、ぐるんと回し始める。

「え、えぇ〜?あんさん、何してなはんねん、はよ、手水回しとくんなはれゆうてますんや」
(頭を回しながら)
「え?も、もっと、はようですか?へえ、わかりました。そしたら、もぉ〜っとはように回しますで」
 と、力の限りに頭を回す市兵衛さん、ついに目を回して倒れてしまう。

「喜助はん、あかんがな。大坂のお客さん、えらい怒って帰ってしもたがな。『もう、二度と来るかい』ゆうて。そやけど、『ちょうず』て、何やねんやろな」
「旦那さん、こうしたらどうでやす。大坂で宿屋へ泊まって、朝、手水回してくれゆうて、何が出てくるか見てみたら」
 それはええ、ゆうことで大坂へ出てきて、町中(まちなか。都心街の中心)で泊まった二人。
「旦那さ〜ん。ついに大坂の朝がやってまいりましたなあ
「ほんまやなあ。さっそく、ゆうてみよか。あ、これ、すんまへん!(ぱんぱんと手を叩いて、仲居を呼ぶ)ちょっと、ちょうず、回しておくんなはるか」
「へえ、手水だすか。かしこまりました」
「さすが大坂やなあ。女中衆(おなごし)さん、主人と相談・・・てなこと言わんで」

 お待たせいたしました、と運んできたのが、お湯がなみなみと入った銅(あか)の金盥(かなだらい。洗面器)が一つ。そこへ塩(いわば歯磨き粉)と房楊枝(いわば歯ブラシ)を添えて持ってきた。

「でや、これがちょうずやで。そやけど、ええかげんなやっちゃなあ、あのずく念寺の和尚。長い頭やなんて。絵ぇまで描いてなあ。
 うん、これは湯ぅやな。この湯はどないすんねん?」
「湯ぅは、やっぱり飲みまんねやろなぁ」
「ははぁ、この白いのんは何やろ?」
「こら、旦那さん、うちの村にもある塩でっしゃろ」
「どれどれ(と、なめてみて)。あっ、ほんに、こら塩や。で、塩をどないすんねん?」
「そら、湯に入れて味をつけまんねんやろ」
「この、先の広がった棒は?」
「これでかき混ぜまんねがな」
「はあ、なるほどなあ。ほな、喜助はん。ちょっと、こしらえてくれるか。あ、でけたか。ほな先によばれる(いただく)で。(と、口をつけて飲む)
 うぇっ、大坂のお方は皆さん、毎朝こんなもんを飲んでなさるんか。あかん、もう、これ以上は飲めんわ。すまんけど、後、飲んでくれるか」
「すんまへん、ほな、いただきます。あっ、こないようけ残していただきまして、よろしいのんで?へ、ありがたいこってす。へえ、いただきます」

 と、喜助も洗面器に口をつける。苦労しながら、ようやく飲み干したところに、女中が、もう一人分を持ってくる。主人と喜助、お互いに譲り合ったあげくに
「すんまへん、もう一つは昼にいただきます」

 雀五郎は、あっさり目ですが、なかなかええんやないでしょうか。


(2) 桂 しん吉 「みかん屋」

 先日も雀五郎で聴いたばかりの噺。
 長屋のこぐちに三つ並んだ共同便所の前で売り声の稽古をしたので、真ん中に入っていた男、びっくりして、紙を落としてしまう。

「おい!みかん屋!」
「へい!・・・・あれ?」
「おい!みかん屋っちゅうてんねん!」
「へい!(と、再度周りを見回して)へ、へえ。お声は確かにしまんねん。しやけど、お姿は見えんのんで。
 声はすれども姿は見えず・・・・ほんにお前は屁のような・・・」
「あほなこと、ゆうてんねやないがな。ここや、雪隠(せんち)場ん中におんねがな」

「ああ、せんち場でっか。何や、屁やのうて、正味か。で、みかんは、なんぼほどいりまんの?」
「・・・・・・お前、だいぶと(大分と。ずいぶん)アホやな。誰がせんち場ん中でみかん食うねん。
 せやないがな。お前がいきなり大声出すもんやから、紙落としてしもたがな。ちょっと、うちのかみさんとこ行って紙もろてきてくれ」
「へえ、そらわたいが悪いねんから行かんことはおまへんけど、わたい、あんさんのおかみさん、知りまへんがな」
「それやったら、奥から二軒目や。何でもええから、はよ行ってこい!」

「あほらしもない、来るなりせんち場の使いやなんて、いやんなってきたなあ。
 せやけど、何やなあ、昔から八百屋、魚屋、みかん屋は言葉が悪いなんてゆうなあ。せや、一つ今日は、丁寧な言葉でしゃべったろ。そしたら、ひょっとして、あの人、今はみかん屋やったはるけど、元はお公家はんやったんちゃうやろか、なんて思うか知れん。あ、ここやで。
 こんにちは、みかん屋ですねんけど」
「あ、みかん屋はんでっか。うちは、呼んでしまへんで」
「へえ、わたい、ご主人とお会いしましたのんで」
「あらあ、そうでっか。いえ、うちの人、今、和歌山へ行ってまんの。で、どこでお会いなさったんでっか」
「へえ、そこのべん・・・・いや、いや、せん・・・うぅぅ、あ、せや、あの、『こうや』(かわや)で会(お)うたんです」 
「え?高野(高野山)でっか。もう、そんなとこまで行ってまんの。で、うちの人は何と?」
「へえ、ご主人、こうやで紙落としはって」
「えええっ〜!うちの人、高野(山)で髪落としたんでっか。常日頃、世は無常やなんてゆうて、山にこもりたいとかゆうたはったけど。そら、本人はそれでええやろけど、後に残されたわたいらは・・・・・(と、泣く)」
「えらいことなってきたな。で、ご主人、紙もろてきてくれゆうたはりまんねけど」
「え?何や、あんさんのゆわはること、合(お)うてるようで合うてまへんなあ。いったい、どこでお会いなはったんでっか」
「へえ、その先の便所場で」
「何や、それやったら向かいちゃいますか。そう言や、さいぜん(さっき)、向かいのご主人、紙持って走ったはりましたわ」
「あ、すんまへん。・・・・・・あほらしなってきたな。よその嫁さん、泣かしてしもてんねがな。せや、もう今度は、いつも通りのぞんざいな口でものゆうたろ。ええ、えらいすんまへん。そこのせんち場で、ご主人紙落としはって、紙もろてきてくれゆうたはりまんねんけど」
「あらあ、そら、えらいお世話かけて。ほな、すんまへんけど、これ持っていっておくんなはるか」
「って、えらい早いがな、こっちの方が。・・・・・・・・へえ、すんまへん。お待たせしました」
「お待たせしましたやないがな。・・・・・・乾いてしもたがな。まあええ、はよ貸して」
「へえ、そしたら・・・・」
「おいおい、もう、気の利かんやっちゃなあ。そない、戸ぉの上の隙間から入れたら、また落としてしまうがな。せやない、そう、下の隙間から入れんねんがな」
「へえ、ほたら、こうでっか?(と、下から覗き込むような格好で)ははあ、ほんに乾いてる」

 この辺、ちょっとお下品ですが。

 さて、再び300のみかんを提げて、やって来た男、甚兵衛はんに言われたとおりに、長屋の連中に半値に値切れの、呼び止めろだのと言う。

「どこの町内にも一人や二人は、口のはた(近く)にほくろのある、『かしま婆(ばば)』とか『しゃべり婆』ゆうのんが・・・・・(と、皆の顔を見渡して)あっ、あんたや、あんた。あんた、このみかん見て、種があるの、酸っぱいの、皮がごついのって文句つけようとしてるやろ!」
「いいえな、わたしはさいぜん、ええみかんやったさかい、また買わしてもらお思てるだけで。そんなん言お思てしまへん」
「うそ言いなはんな。それが証拠に、あんた、口のはたにほくろだけやのうて、毛ぇまで生えてるやないか」
・・・と、難癖までつけて、2円50銭を譲らない。
「さいぜん損して売って怒られて、今度は教(おせ)えられた通りにゆうてまんねんで。何や、あわれぇになってきましたな。買(こ)うたりまひょか。
 おい、みかん屋、皆でなんぼや」
「へえ、皆で300ありまんねん」
「そら、わかったぁるがな。さいぜんと同(おんな)じだけあんねやろぅ?せやから、皆でなんぼや訊いてんねん」
「へ、へえ。一つ2円50銭でんねん」
「それも、さいぜん聞いたがな。そやさかい、皆でなんぼやって訊いてんねがな」
「せやから、皆で300や、ゆうてまっしゃないかい!」
「(小声で横の者に)ははあ、こらみかん屋、よう勘定しよりまへんねん。
(みかん屋に)おう、わかった、わかった。ほな、一つ2円50銭で、300あるさかいに、600円置いていったらええな?」
「いや、750円」
「ええ?何やわかってんのかいな。あほにじんわり弄(なぶ)られてんねんがな。
 どないです?昔からよう『アホはわこ(若く)見える』ゆうさかいに、いっぺんこの男の歳たんねて(尋ねて)みまひょか。

 おい、みかん屋、時に、おまはん、歳はいくつやねん」
「・・・・・え?わたいの歳でっか?・・・・・・・・・・・68です」
「ええぇ?あほなこと言いなや。そんなこたぁないやろう。ほんまはいくつやねん」
「ほんまでっか。ほんまの歳は28です」
「せやろ。せやけど、なんでそないに上にゆうたんや」
「へえ、上見た分で、女房、子供を養いまんねん」

 しん吉は、何だか顔が小ずるいように見えて、聴いていて、も一つ安心できないなあ。こんな感情的な感想はいかんのだが。




 どうも、お退屈さまでした。いつものことですが、録音等してませんので、聞き違い、記憶違いはご容赦ください。

 続いて、お目当ての吉朝の登場なのですが、衝撃の出来事がありました。ちょいと長くなったので、ここでいったん切ります。



 

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