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(No125) 米朝一門勉強会 鑑賞記その3       

   平成21年1月11日に、ヴィアーレ大阪での米朝一門勉強会を鑑賞した・・・・・の完結編。



 

(5) 桂九雀「皿屋敷」

 

 私が最後ですので、これまでお笑いになっておられないお客様、これが最後のチャンスでございます。よろしくお願いします。

 さぶうございましたねぇ(寒かったですね)。冷房が入ってたんじゃないでしょうか。皆さん、これで耐える訓練でもなさっているのか、と思いました。
 落語てなもん、決して命がけでみるほどの芸やございません。
 私は最前列でよくわからなかったが、会場中央あたりの空調から吹き出す風が冷たかったみたいで「寒い」という苦情があったようである。

 

 世間は不況だ、と騒がれていますが落語界てなもん、ずっと不況でして、私、この世界に入って30年になります。1979年の頃は関西に落語家が90人ほどおりました。

 今はいろんなとこで落語会が開かれてまして、ねたのたねなんてホームページ見ますと落語会の情報がズラズラズラ〜っと出てまいります。
 私が入門した当時はプレイガイドジャーナルという雑誌の小さなコーナーにすべて収まっておりました。
 これで生きていける筈がない。
 さすがに自分でも心配になりまして、5年くらい上の吉朝さんという先輩に相談したところ、「何年かしたら食うていけるようになるよ」と言ってくらはりました。
 嬉しくなって「そら、売れてくるということですか?」と訊いたら「いや、歳いくと食べる量が減ってくるのや」て・・・・・。

 おかげさんで、今では毎日20人くらいの噺家は、どっかで仕事があるようになったんですな。

 今、上方落語の噺家がだいたい200人ほどおるんです。今、世間で失業率が何パーセントになった・・・とかゆうて騒いでるけど、200人ほどおって、仕事あんのが20人ですからな。失業率90パーセントです。まあ、悲観ばっかりしててもあかんのですが。

 落語の中でたまに緊張感を求める・・・となると怪談噺ということになります。
 幽霊てなもの、たいがい白い着物を着て細面
(ほそおもて)、髪が長(なご)ぉて美人(べっぴん)・・・と、こう決まっております。
 皆様がた、このことに疑問を抱かれませんか?世の中には細面・・・じゃなくて、べっぴん・・・・じゃない方もたくさんいらっしゃる。どちらかというと、そうゆう人の方が恨みが多いんやないかと思うんです。

 何で幽霊は皆、細面でべっぴんなんやろう?とかねがね不思議に思ぉてたんですが、ある日、その道の専門家に尋ねまして理由が分かりました。幽霊は皆細面でべっぴんで合
(お)うてるそうなんです。何でかとゆうと、そうでない人は幽霊やのぉてお化けになるからや、と。

 幽霊と申しますと、皿屋敷のお菊、牡丹灯篭のお露、四谷怪談のお岩・・・てなとこですが、この中でも一番歴史が古いのが皿屋敷のお菊さんでございます。
 まあ、昔はどこの屋敷にも井戸がございました。井戸浚え
(いどざらえ。井戸の掃除)をしてお皿が出てきたりしますと、ああ、これはお菊の井戸や、こここそが「元祖皿屋敷」や、と評判になったりいたします。

 また、ほかのとこで井戸浚えして皿が出てきたりしますと、出たよ〜、うちも、と、元祖に対抗して「本家皿屋敷」と名乗ったりする。
 ほかで皿が出てきたとこは、うちも負けてられへん、けど元祖も本家も取られてるかぁ、ほならと「皿屋敷別館」を名乗る。そのうち「皿屋敷アネックス」なんても出てまいりまして。

 このように皿屋敷伝説は各地にございますが、落語の世界では、本家本元は姫路の播州皿屋敷、となっております。

 播州には青山鉄山
(あおやまてっさん)という代官がおりました。「だいかん」。いかにも悪そうな響きでございますね。
 代官、寺社奉行、両替商。これが時代劇における三大悪役でございますから。
 たまに善人の両替商なんかがおると何や落ち着かん。8時45分やのに〜。もう時間ないのに〜、と。

 鉄山、屋敷に奉公するお菊という腰元に目をつけ、物にしようと何度も口説く。今でゆうたら職場におけるセクハラでございますね。
 ところが、お菊は一向にゆうことを聞かん。というのも、お菊には舟瀬三平という許婚者
(いいなずけ)がおった。この三平、二枚目でございましたが、どうも「さんぺい」という名前と男前というのが結び付きにくいですよね。三平の方には何の罪もないのでございます。

 お菊は三平に操
(みさお)を立て・・・・、この「操を立てる」というのも残しておきたい日本語でございます。
 昔はどこでも操が立ってたんです。それが時の流れとともにどんどん撤去されまして

 さあ、こないなると可愛さ余って憎さ百倍とゆうやつ。
 ある日、鉄山、お菊を呼びつけ、こう命じました。
「この十枚一組の葵の皿は、将軍家より拝領せし我が家の宝。もし万一のことあらば、鉄山身に代えても申しわけせねば相ならん。これをその方
(ほう)に預け置くゆえ、必ず粗相のないように」と。
 お菊も内心では「何でそんなもん預からな、あかんのん!うざっ〜」と思いましたが、主命は黙し難し
(しゅうめいはもだしがたし。主人の命令は断れない)
 「かしこまりました」と大切に自分の部屋になおして
(保管して)おりましたが、ある日、こっそりと鉄山が一枚抜き取った。
 そして、すぐにお菊に「あの皿が急に入り用になった。すぐ持って参れ」と命じる。
 お菊が皿の数を検
(あらた)めたところ、七枚、八枚、九枚・・・・と一枚足らん。震える手先で数え直しましたが、何べん数えてもどうしても一枚足らん。その筈でございます。一枚抜いてるわけでございますから。
 これでお菊が数えて十枚に戻ったらお菊は手品師、ということになります。

「こりゃ、どうしたことであろう」とうろたえるお菊を冷ややかに見下ろした鉄山は「そちゃ、青山の家に崇りをなさんと隠したに違いない。さあ、真っ直ぐに白状せよ」と問い詰めますが、もとより身に覚えのないこと。知らぬ存ぜぬの一点張り。
 痛い目に会わねば白状せぬか、と踏む、蹴る、殴るの責め折檻
(せめせっかん)
 髪の毛をつかんで井戸側
(いどがわ。井戸端)に引きずっていって、荒縄で縛り上げ、冷たい水をば頭からざぶ〜ん、ざぶ〜ん。あまつさえ、縄の端を繰巻(くるまき。井戸の釣瓶をおろす滑車?)にくくりつけ、上げたり下げたり。
 半死半生になっているところを弓の折れでもって、ぴしっ〜!ぴしっ〜!と打ちすえる。

 「たとえ、この身は責め殺されようとも、盗みの汚名を着せられたのが口惜しゅうございます。どうか、今ひと度、皿の数を検めさせてくださいませ〜」と言うのを耳にもかけず「家中
(かちゅう)の見せしめにしてくれる!」と長いものを抜いてずば〜っ!と、袈裟懸けでございます。
 返す刀で、吊るしていた縄をぷつっ!と斬って、お菊は井戸の中へ。

「これで腹の虫が癒えたわい」と、鉄山、冷や酒をあふりつけて
(あおりこんで)寝てしまいました。

 その日の晩、草木も眠る丑三つ刻
(うしみつどき。だいたい午前2時半頃)、井戸の中から一つの火の玉が上がったかと思うと、鉄山の館の方へ飛んでいってふっ!と消えた。
 鉄山、胸元を押さえつけられるような苦しさにふと目をさますと枕元に血だらけのお菊の姿。
「おのれ!迷うたな!」と枕刀で斬りつけますと、ふっ!と消えた。
「気の迷いか。・・・・・下腹が痛む」と厠
(かわや。便所)に行きますと、そこにもお菊の姿。ぎゃっ!と叫んで廊下に出ると、そこにもお菊。お菊、お菊と、さしもの鉄山も狂い死にに死んでしもた。
 しかしお菊の恨みは深く未だに成仏しきれん。毎晩、丑三つの時分に皿の数を数えに現われる。さらに、その「九枚」という声を聞くと、どんな人間でも震えついて死んでしまうというスペシャルプレミアがついてまいりました。
 こないなりますと屋敷は荒れ放題に荒れてまいります。車井戸があったので地元では車屋敷と呼ばれていましたところが、いつしか皿屋敷と呼ばれるようになりました。


 ある物好きが、この皿屋敷の話を聞きつけまして、「どや、いっぺん見にいかへんか?」と仲間に持ちかけました。

「お前、人の話、聞いてへんかったんか?九枚ちゅう声聞いたら、震えついて死んでしまうのやで」
「お前こそ、人の話聞いてへんかったんか?九枚ちゅう声聞いたら死ぬ、ゆうことは、九枚っちゅう声さえ聞かなんだら死なへんゆうことやないか」
「どうゆうこと?」
「せやから、九枚っちゅう声を聞かずに七枚くらいで逃げていったらええねんがな」
「そうゆう理屈が、幽霊に通用するか?
 幽霊が順番通り読んだらええで。ちょっと根性の悪い読みよう
(読み方)してみぃ?」
「根性の悪い読みようって?」
「五枚・・・・六枚・・・・・・・・九枚!」
「何で幽霊が数を飛ばすねん?
 まあええ。怖い奴は行かんでええわい。せやけど、そんな意気地なしとは、もう遊んだれへんからな」

 閉鎖的な社会においては「遊んだれへん」というのは殺し文句になります
 
 結局、連れ立って出かけることとなりました。
 真っ暗な空には、鎌を研いだような三日月がくっきりと出ておりまして、細い一本道の両側には、林や竹薮、畑が並んでおります。

「清
(せえ)やん。何や、前の方に白いもんがチラチラ〜と見えてきたで」
「白いもんが見えてきたで、て、あら車屋敷の塀やないかい。
 そんなもん、車屋敷ぃ指して
(目指して)歩いてんねから、車屋敷の塀見えんの当たり前やないか。
 これが、なんぼ歩いても車屋敷の塀が見えんゆうたらおかしいけど」
「わいは、そんな理屈をゆうてんのやない。見えるんやったら見えるでええけど、こない早
(はよ)ぉ見えんでもええんやないかっちゅうてんねん。

 ほんでな、清やん」
「何や?」
「最前
(さいぜん)からホ〜ホ、ホ〜ホっちゅうて、人の声のようにも聞こえる鳥の声がしとるんやが・・・・・・あらぁ鳥でしょ?なあ、鳥てゆうて!」
「・・・そない怖いねんやったら帰ったらええねん。お前みたいなヘタレ
(根性なし)、足手まといになる」
「え?帰ってええのん?
(皆に)えらいすまんけど、お許しが出たよって先帰らせてもらうわ。せやけど、明日からも遊んでや。
 ほな、お先失礼します」
「お前、帰るんはええけど・・・・
(思わせぶりな調子で)気ぃ付けて去(い)にや。何で?て、そらせやないかい、お菊さんかて何も井戸ん中からだけ出ると限ったもんやないで。わいらみたいな大勢よりは少ない方が出やすいがな。
 まあ、お前が村はずれの地蔵堂で、この辺まで戻ったら安心やとお堂の階段に座って一服したとせんかい。そしたら、後ろのお堂の戸ぉがギギギギ〜と開いたかと思たら『待ってたわよ〜』・・・」
「去なれん!去なれへんがな!」
「ごじゃごじゃ言わんと一緒に来たらええねん」

「・・・・清やん」
何や、お前の声の方が気色悪いねんけどなぁ。何やねん?」
「わいの後ろから濡れた草鞋
(わらじ)で歩いてるみたいなジタジタ、ジタジタて音がすんねんけど」
「ああ、そら『陰の足』ゆうて、ほんまはないんやで。ほんまはないんやけど、怖い、怖い思てると、そんな音が聞こえるねん。消えるまじない、教
(おせ)たろ。『どうぞお通り』てゆうたら、しゅっ!と消える」
「そんなんよぉ言わん、そんなんよぉ言わん!
 そら清やんのゆうようにしゅっと消えたらええで。ひょっと『ほな、お先ぃ』ゆうたらどうすんねん?わい、前歩かせて」

 ごじゃごじゃ言いながら車屋敷に着きます。すすきの生えた屋敷の中、井戸端に座って待ってますとゆうと、時刻がまいります。
 すると、それへさして!
(ドロドロドロ!と幽霊の鳴りものが鳴り、九雀は「うらめしや」の格好で膝立ちになる)
「恨めしや・・・・・鉄山殿・・・・・」
「出たぁ〜!出ましたよ!」
「一枚・・・二枚・・・・」
「うわぁ!皿の数、読み始めよった!」
「三枚・・・四枚・・・」
 
「あと三枚だっせっ〜!!」
「五枚・・・六枚・・・七枚・・・」

「うわっあ〜〜!そら行けぇ〜!」
(必死に逃げる。ようやく走りきって、荒い息で)
「はぁはぁはぁ  あ〜〜 怖かったぁ〜   こない怖い思いしたん生まれて初めてやぁ・・明日の晩も行こ
「何でやねん」
「せやかて、逃げる時わい、ちらっ!と見たけど、お菊さん、えらいべっぴんやでぇ。わい、あないなべっぴんにやったら、殺されてもええ」

 あくる日も連中、出かけましたが七枚目までやったら何ともない。
 これが評判になると姫路だけやのうて近郷近在はおろか、全国からツアーを組んでやってまいります。
 さあ、こないなりますと姫路市にとっても貴重な観光資源でございますから、荒れ果てた屋敷がすっかり整備されます。スタンド席は設けられる。びっしりと屋台は出る。
 その屋台では名物のお菊せんべいが売られる。袋には10枚入りと書いたぁるけど数えてみたら9枚しか入ってへんとゆう。

 前売り券は即完売。紋日(もんび。祝祭日)ともなりますと目つきの悪いおっちゃんが、
「井戸側のアリーナ、2枚あるで」・・・・と、ダフ屋が出ております。

 

「今日は出ぇが遅ぉおまんなぁ。昨日やったら今時分(いまじぶん。今頃)はもう出てましたで」
「え?昨日も来てはりましたん?」
「わたいら、このふた月、毎日来てまんねん」
「よぉチケットが取れましたなぁ」
年間予約券買うてまんねん

 あっ、出てきはりましたで。
待ってました!お菊さん!にっぽん一!うらめし屋!
「おかしな屋号で呼びなはんな」

「お越しやすぅ〜」

「えらい腰が低いでんな」
「あの腰の低さが人気の秘訣ですわ。

 今日もええ声で頼むでぇ〜」

「へぇ、承知しました。

 相も変わらず馬鹿馬鹿しい皿の読みようで失礼します」

「何や噺家みたいですな」
「あんな汚いもんと一緒にしなはんな」

(芝居がかった口調で)恨めしやぁ〜 鉄山殿ぉ〜〜」

「ちょっと芸がくさいんちゃいまっか?」
「あれぐらいやないと、大衆には受けへん。
 しかし、おかしいな。

 ちょっと、お菊さん。声の調子がちょっとおかしいのんと違うか?」

「わかりますかぁ?実は風邪ひいてまんねん」

「なるほどなぁ。冬でも薄い着物一枚やから。

 お大事に!」

「おおきに。


・・・・・五枚、六枚、七枚・・・・」

「そぁら逃げぇ〜!!」
「ちょっと、もし、押しなはんな。危ないがな!」
「そんなことゆうたかて、わいかて、後ろから押されてんねん」
「何ぼ押したかて、前がつかえて動かんのやから」

「・・八枚、九枚、十枚、十一枚・・・・」

「せやから危ないゆうてんねん!」
「しやけど、早よ逃げんと、お菊さんが九枚てゆうてまう。ほれ見てみてみい。十一枚?え?十二枚?」

「・・・・十三枚、十四枚・・・・・・」

(先に逃げた連中を呼び戻す)お〜い、戻っといで、戻っといで」

「・・・・十七枚、十八枚。・・・・・・・おしまい

「腹立ちまんなぁ。ちょっと人気が出た思て天狗になってまんねん。
 わたいが代表してゆうたりますわ。

 おい!お菊!井戸ん中から出てこい!」

(不貞腐れた口調で)何か?」

「おのれは皿が九枚しかないのが恨めしいゆうて出てんねんやろ。
 それが何じゃ、九枚?十枚?
 しまいには十八枚、おしまいてなオチまでつけやがって。
 もっと勉強せえ!」
「そないポンポン言いなはんな!わたいも皿屋敷のお菊でおます。
(あっかんべえするような調子で) そんなことは、みな分かってますわぁ〜〜」

「憎ったらしいおなごやなぁ〜。
 ほたら、十八枚て、何でそないな数の読みよう、さらしたんじゃい!
(そんな数え方をしたのか?)
「わたい風邪ひいてまっしゃろ?
 二日分読んで、明日休みまんねん」


 九雀も「軽石屁」の好演以来、好きな噺家の一人です。




  どうも、お退屈さまでした。聞き違い、記憶違いはご容赦ください。  
 



 

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