移動メニューにジャンプ 北京旅遊記(19) 北京友誼商店編 鐘楼からホテルに戻ると4時半頃だった。 こんな早くに戻ったのは初めてである。夕食まで少し時間があるので、北京友誼商店に行ってみることにした。 『歩き方』の地図を見る限り、ホテル(ニューオータニ)から300mほど東に行けばいい筈。しかし、目の前の大通りを北へ渡らないといけない。 カルガモ親子のような5人連れが交通ルール無視しまくりの道路を無事横断できるだろうか? そう思っていると、途中の交差点のところに地下通路があった。これで一安心。地下通路のトンネル部分では、新聞やら花やらの店(店舗をかまえているわけではなく、地べたにシートを敷いて商品を並べている)がいくつか出ていた。 北京友誼商店は、以前は外国人向け専用だったそうだ。 1階は旅行用品、CD、書籍、文房具、時計、小物類など。2階が衣料品関係。3階が骨董品関係。 2階で京劇や龍、パンダなどのTシャツを買う。3階はちょっと縁がなさそうなので、1階に戻る。 長男が「のり」を買う。海苔じゃなくて、液体タイプの糊。 「なんで、わざわざ?」と思うが、「安いから」とのこと。大きいのが5元。大きな消しゴムも買ってやる。2元。 「ほか、何か買ったろか?」ときいてもこれでいいとのこと。だいたい、モノを欲しがらない子だが、全く安上がりなやつだ。 たけしは、豪華多色サインペンセットを希望するが却下され、ビニールパック入りの色鉛筆で手をうつ。 まゆは、着々とクラスメートやクラブ仲間へのお土産(ブレスレットや小物入れ)を買い集める。私も、絵葉書やトランプなどを少々。 不意に、嫁さんが「今すれ違った人、何かおもしろい色のコアラのマーチ持ってたで」 コアラのマーチとは、コアラの形をしたロッテのお菓子。 そのすれ違った人が出てきた方向へ行ってみると・・・友諠商店の1階奥はスーパーマーケットになっていた。さっそく、入ってみる。 「土産はかさばるので、日本で注文して自宅(又は会社)に配送しましょう」というサービスがあり、デパートの旅行用品売り場などでは旅行先別の商品カタログが置いてあった。皆さんもご覧になったことがあるだろう。 また、こちらに来てからもガイドの李さんから「これ、おみやげにおすすめします。安いし、品質がいい。きれいな箱に入ってます」と言われてカタログを渡されていた。 ホテルの売店でもパンダクッキーやら、パンダチョコレートが置いてあった。おなじみの「5箱買ったら、1箱おまけ」とのことである。 どうしようかなあ?と思っていたのだが、このスーパーにクッキーやらチョコレートが売っていたので、ここで買うことにした。 コアラのマーチもあった。日本でも売ってるやつのほかに、さっき見た「おもしろい色」のやつも。メロン味のコアラのマーチであった。少なくとも、今まで大阪で見たことはない。ちょっとでかい箱であったが、買ってみた。 ビールもあった。350mlの缶ビールでおよそ7元ほどだった。ホテル1階の売店で買うと15元。部屋の冷蔵庫では45元である。 ああ、もうちょい早く知っていたら、大量に買い込んでおいたものを。 友誼商店では、売り場とレジの店員は完全に分離されている。 売り場の店員にこれを買いたいと告げると、ペラペラのハトロン紙のような伝票に商品名やら値段やらを書いて、渡される。 客は、その伝票を持って、レジに行く。レジでお金を渡すと、伝票にハンコを押して返される。 もう一度、そのハンコが押された伝票を持って、さっきの売り子さんに渡すと、そこで初めて商品を渡してくれるというわけだ。 基本的に、どこでも「ありがとうございました」といった言葉はない。 途中でお金が足りなくなったので、友誼商店の中の両替所へ行った。(これまでは、「李さん銀行」の世話になっていたのだ) 窓口で、元の札束(・・・というとおおげさだが)を放り投げて渡されたので、嫁さんはキレかかっていた。 スーパーはさすがに日本と同じ方式で、カゴをレジに置くと、店員がレジスターを叩き、その場で金を払って受け取る。「ありがとう」がないのは同じである。ビニール袋を両手に提げて、ホテルに戻った。 北京の夜も、今日で最後。 昨日と今日の夕食は、ミールクーポンでホテル内のレストラン(和・洋・中)から選べることになっていた。今日は朝、昼と中華だったので、昨日に引き続き和食レストランに行くことにした。・・・・・メニューの内容は前日と一緒だった。ガクッ。 さて、夕食の最中から(と、いうか正確には、「一日中」なのだが)、たけしは「いつ、プールに行く?ご飯食べたら、すぐ行く?」と連発していた。 今日くらいは部屋でのんびりしようよ〜。両親のそんな哀願にも、たけしは一顧だにしてくれない。 鬼軍曹に引きずられるようにして、プールのフロントに行った。 いつものように宿泊カードを見せて入ろうとすると、フロントのお兄ちゃんが何か大声でしゃべり始める。だから、中国語わかりませんねんて。 こっちも英語で「わいは、中国語しゃべられへんのや。日本語はできへんか?英語でもええねんけど、どや?」と怒鳴る。 お互いに、ノーガードのパンチの応酬みたいなことをしばらく続け、「こら、あかんな」と思った頃、お兄ちゃんが「ああ、そうそう」と何か思い付いたような表情をしたかと思うと、フロント横に貼られた小さな紙を指差した。 そこには、細いペン字で、要するに「今日はプールの清掃で泳げません」と英語と日本語で書いてあった。 事情を説明すると、末っ子は「ええ〜っ!?」と大声をあげ、不満そうであった。 「なあ、お父さん。今日はプール入られへんの?」 「そやねん。今日はプールのお掃除やねんて」 「そうか・・・。残念やなあ。せっかく泳ごうと楽しみにしてたのになあ」 「ほんまやなあ。残念やなあ」となだめつつも、口元がほころんで仕方がない。 「さっき買ったお菓子とか、ジュースとかお部屋で食べて、パーティしよか。トランプ買ったから、トランプしてもいいし」 私と長男の部屋の方に全員が集まる。 ベッドの間にテーブルを移し、月餅やコアラのマーチ、ジュースやビールを乗せる。 部屋のTVでは、タイトルは覚えていないが、ワニの映画をやっていた。 クルーザーで遊びにきた若い男女グループ。川辺で船をとめてドンチャン騒ぎ。夜中に一人の男が船から降りて岸辺を歩く。悪酔いしたのか、気分が悪そうだ。桟橋の端っこに進み、しゃがみこむ。 顔を川面に突き出して、顔でも洗うのか、それとも嘔吐(もど)してしまうのか・・・・・と思った瞬間、突然河の中から大きなワニが出てきて、桟橋の端っこごと男を呑み込んでしまう。 ワニは再び水中に没し、桟橋は歯型の形に食いちぎられ、もちろん男は跡形もない。ボートがつながれていた所が「なくなって」しまったので、船はゆらゆらと河をさまよいはじめる・・・・・というシーン。 英語でしゃべり、中国語の字幕が出るのだが、こんな映画なので、あまり支障はない。 さて、明日の日程だが、ホテルに戻った時に李さんから、飛行機が12時50分発。その2時間前には空港に着いておかないといけないので、ホテルには10時20分に迎えに来ます。必ずチェックアウトも済ませておいてください、時間がないので、遠くには行かないでくださいねと説明を受けていた。 旅行パンフに「最終日午前中自由行動」と書いてあったので、もう少しゆっくりできるか、と期待していたのだが。 西単の北京図書大厦(中国随一の本屋さん)は開店が10時なので無理。 8時30分から1時間だけのつもりで故宮を見よう。何とか10時に戻れば、20分の集合に間に合うだろう。 まあ、家族にはのんびり寝てもらって、体を休めてもらおう。元気だったら最後のなごりでプールに行ってもらってもいいし。 映画も終わり、そろそろ寝ようか、ということになったので、「明日の予定やねんけどな」と嫁さんに話しかけた。 「もういっぺん、故宮に行ってくるから」 「えっ?時間ないんちゃう」 「まあ、1時間くらいやったら何とかなる思うわ。8時半から開いてるし」 「子どもらもだいぶ疲れてきてるしねえ」 「うん。それはそうやと思う。やから、明日はゆっくり寝ておいてくれたらええねん。一人で行ってくるから」 「ええっ〜?!一人?そんなん心配やわ」 「大丈夫やて」 「私らも、お父さんいてないと不安やし」 「起こさんといて、ゆう札をドアのとこに出して部屋で寝てたらええやん。朝飯も、3つのレストラン全部行ったし、2回目やから大丈夫やで。好きなとこ行ったらええねん。明日やったら、プールも開いてるしな」 「でも、やっぱり不安やわ。携帯電話とかないから、連絡とりようないし。どうやって行くの。李さん、バスは外国人には難しいし、タクシーはぼられるゆうてたで」 「地下鉄で行こ思ってるねん。建国門ゆう駅がすぐそこやし。駅で三つほどや」 しかし、嫁さんは、どうしてもばらばらになるのはいやだ、と言う。 と言っても、中国のタクシーは小型が多いから、5人はしんどい。2台に分かれて乗るのは、私も不安だ。 「まあ、完全やないやろうけど、とりあえず(故宮へ)1回は行ったんやし」 嫁さんは、とりなすつもりでこう言ったのだが、それで逆にカチン!と来てしまった。 違う。全然違う。あの故宮「ツアー」では、行きたい所の半分も行ってないんや。 求めるものが違いすぎるねん。 「今回はこれだけにして、また、家族で来たらいいやん。なあ、そうしよ」 「また」って、そう何回も来れるかよ。だんだん、故宮を出た時のあの苛立ち(これっぽっちしか観てないのに、もう出なくてはならないのか、という怒りにも似た感情)がよみがえってきた。 旅行に出かける前、冗談でこんなことを言っていた。 お父さん、中国行ったら、人間が変わるからね。ず〜っと行きたい、行きたい思ってたとこに行くんやから、例えば故宮で、たけしが迷子になったりしたら、見つかった時喜ぶより先に、お父さんの大切な時間削りやがって〜!って、思い切りどづいてしまうかもしれません、と。 ところが、これがまんざら冗談でもなくなってきていた。 旅行の間、楽しい、嬉しいという感情の合間に、何かあせりのようなチリチリした気持ちが募ってきていたのだ。 私は中国語ができない。家族連れの旅行なので、「安心」を買うつもりで完全ガイド、専用車付き、日系高級ホテルに泊まるパックツアーを選んだ。 それは自分で納得した上での選択のつもりであったのだが、ついつい心のどこかで、中国に留学されてた宣和堂さんや、いま台湾留学中の川魚さんなど、中国史サイトのオフ会メンバーと一緒に来ていて、観るもの、食べるもの思い切り語りあえたら、どんなに楽しいだろうと感じることを抑えられなかった。 地図を片手に、地下鉄やバスに乗る「不安」を感じてみたい。飛び込んだ料理店で、内容のわからぬまま、菜単を指差して注文してみたい。本屋めぐりで1日、故宮だけで2日ぐらい使いたい。夜は毎日京劇を観に行きたい・・・・ 嫁さんや子どもにすれば、ディズニーランドだのハワイであればもっと楽しかったのに、おやじの道楽のせいでこんなとこへ連れて来られたのだ。 それなのに、私は家族を足かせのように感じていたのである。 感情が激してしまい、つい言わなくてもいいことを言ってしまった。 いや、中国の歴史が好きやないもんと来ても、お互いにギャップを感じるだけや。もう、中国へ家族とは来いひん(来ない)。一人で来るか、ネットのオフ会とか、とにかく中国史の好きな人間と行く。 子どもたちは、別のTVを見ながら、トランプをしてキャッキャ言っている。しかし、私と嫁さんは、気まずい沈黙に包まれていた。 嫁さんがポツリと言った。 「お父さん、明日の朝、行く前に電話してや」 「なんでや」 「お父さん怒った顔してるし、絶対に行くゆうたら、なんぼゆうても行くんやろし。せやから、出る前に電話だけして」 嫁さんは、娘と末っ子を連れて、部屋に帰っていった。
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