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北京旅遊記(15)明の十三陵(神路)編
神路の入り口に着く。まさよしは、当然バスの中で休憩。たけしも、「車の中で待ってる」と言ったので、嫁さんも残る。李さんとまゆと3人で一本道を歩く。
最初は、武人や文人など、人間の像が並ぶ。
そして、動物の像へ。
撮りたかったのは、鼻っ面に文革ビラを貼られていた象。
いたっ!道の両側に同じ象の像(親父ギャグのだじゃれではない。「象の像だぞ〜」と言った瞬間に親父になる)が並んでいるので、左右いずれか判別するのは容易ではない。
文革期の像は荒野に放り出されているようだ。後ろにやまなみがみえる。
現在は、生い茂った木立にさえぎられ、遠い山脈なんざ見えやしない。なんとなく、こっちに山がありそうだ、と思って、道の左側の方を撮った。
馬、駱駝、ライオン(獅子)、きりん(ジラフじゃなくて麒麟)、獬豸(かいち)と動物園にはいないやつも多いが、動物好きの長女は張り切って一眼レフで撮ってくれた。
ところで、この石像はホンモノなのか?景山の「首吊りの木」(「旅遊記」2を参照)ではないが、どうも首をひねる。
一番上の象の写真を見比べていただきたい。右の象の方が白いのは、汚れを磨いたから・・・で納得できるのだが、どうも頭骨の形や胴体部分のラインなどが微妙に違うような?ぴったり同じアングルでないことがもどかしい。
左上の写真、『北京』では「獬豸」とある。
右上の現在の写真と比べると、何か顔の感じが違う。
また現在のものは、背中の「たてがみ」というか、背びれみたいな模様が明らかに形が整い、盛り上がっている。
これも、アングルが違うこと、非常に残念である。(本を持っていけばよかった)
右の写真は、ホテルのロビーに置いてあった現地ビジネスマン向けの「Beijing journal」(英文。2001年8月号)という小冊子に載っていたもの。
似たようなこと考える人は多いよね。新奇なアイデアでもないし。 |
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この写真では、昔の武人像の剣、左手から上の部分は欠けてしまっている。ところが、最近の像ではちゃんと柄の部分もある。で、少し色が違う。
継いだのか?
再度、一番上の象を見てもらうと、向かって左(つまり右)の牙の先がななめに折れている。ところが、現在の象の牙は整ったかたちをしている。
さすがに、石像を全面的に作り変えるということまではやっていないのでは、と思う。しかし、象の牙といい、獬豸の背中といい、武人の剣といい、相当手入れがなされているのは間違いがないと思う。(言い換えれば、よほど荒れていたということだろうか)
なお、整備の具合であるが、昭和50年に旅行された司馬遼太郎氏(前掲書)によると「過去の道路が掘りくりかえされたような泥の道であるのに対し、いまはきれいに舗装(中央が舗装されて、石獣のならぶ両側が土のままにされている)されているし、それに柳の並木がさかんに緑をふきあげていることがちがっていた」
そうだ。
その後、さらに整備され、現在のように道路の両端部分に芝生が植えられ、像の下も舗装されたようである。
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