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京劇の世界(8)中国京劇院大阪公演鑑賞記その1

1 開演前に気になったこと

 1955年に名優梅蘭芳を初代院長として設立された中国京劇院の大阪公演を観に行ってきた。
 水歌ななこさんとこのサイトで教えてもらったURLで、チケットを購入。直前に転勤したので行けるかな?どうかなと心配であったが、何とか4月3日(水)大阪フェスティバルホールの会場に滑り込むことができた。

 今日の出演者名を張り出してあったので、それをメモした。

1.扈家荘(『水滸伝』より)
 扈三娘→孟蕊、王英→賈家林

2.盗仙草(『白蛇伝』より)
 白素貞→趙鴻、鶴童→靳春璽、鹿童→・磊、神将→張小清・張大明

3.秋江
 陳妙常→許翠、船翁→黄占生

4.閙天宮(『西遊記』より)
 孫悟空→李光・李岩、李天王→張連祥、二郎神→賈永全、哪タ→楊美琴、
 青龍→蔡景超、白虎→劉海生、巨霊神→趙永墩、羅猴→Yan鋭

  ダブルキャスト制で、2名連記されているうち本日の出演者がマルで囲んである。神将は、2名なので両方なのはいいとして、孫悟空も2名併記。つまり途中で入れ替わることになる。
 今回の公演のウリは「孫悟空役者の代名詞」とも呼ばれる名優李光が来日して十八番を演ずる点。ところが、ななこさんのサイトで李光が出演しない場合もあるようだ・・・という情報があった。途中で弟の李岩に入れ替わったり、公演によっては全幕李岩の場合もあるらしい。今日はどこまで李光が演じるのか?気になったが、チケットをもぎったり、座席の案内をする人はいても、その辺のことを承知してそうな人は見当たらず、とりあえずパンフとビデオを購入し、席につくことにした。

 席は前から5番目で、ほぼ中央。なかなかいい場所、さすがS席。さて、案内アナウンスが会場に響き始めた。


2 扈家荘

 最初の演目は「扈家荘」
 

 扈三娘、別名一丈青は、扈家の三女。武芸に優れ男勝りの彼女は、梁山泊軍と戦い、みごと敵将王英を捕える・・・という物語である。

 頭に2本の雉の羽根飾りをつけて登場する扈三娘は、その羽根を口にくわえる仕草(做)などをまじえ、意気高らかな歌唱(唱)で戦意を鼓舞する。
 こうした、武将が登場する時の所作を起覇(チーバー)といい、もともとは「覇王項羽が出陣する」という意味であるそうだ。また、長い雉の尾羽を手で持ったり、口で噛んだりして感情を表現することを、特に翎子功(リンズゴン)と呼ぶとのことである。
扈家荘(扈三娘)

 見ていてちょっと歯がゆい感じがする。と、言うのは扈三娘に、もひとつキレというかキビキビしたとこがない
 王英との立ち回りの時、なんかにやにや笑っていて、何か「媚び」のようなものを感じる。鉾の突き方、身体を旋回させたりするところでも、スピードや回数に不満を感じた。

 扈三娘は、行当(ハンダン。役柄)でいうと、刀馬旦(タオマーダン)で立ち回りが中心だが武旦(ウーダン。武芸に秀でた女性役)ほど激しくはなく、唱(チャン)、台詞、踊りに重点を置く役どころとのこと。
 また、緊迫感に欠けるのは、扈三娘は王英よりもはるかに腕が立つという設定だから、あえてそうしているのだとしたら、私の感じた不満は演出上やむをえないことなのかもしれない。

 最後、字幕で「扈三娘は後に王英と結婚する」と出て、場内は、おばちゃんがたの「なんや、戦っといて、後でくっつくんかいな」ってな感じの笑いにつつまれた。
 高島俊男氏の『水滸伝の世界』によると、
「〜宋江が扈家荘の隣の祝家荘を攻めた時、扈三娘は、祝家荘の村おさの三男と許嫁であるゆえをもってその味方に立ち、助平根性をおこしていどみかかってきた王英を簡単に生けどりにするが、あとで林冲に負けてつかまってしまう〜李逵が命令を無視して斬りこみ、扈三娘の父をはじめ一族老若を一人のこらず殺し〜宋江のとりもちで〜結婚させられる相手はといえば、よりによって、一番のチンチクリンで、スケベエの下司野郎で、しかも自分よりはるかに弱い王英」とのことである。

 扈三娘の後半生は明るいものとは言い難いようだ。この京劇にシリアスなサブタイトルをつけるなら「わたしが一番輝いていたとき」てなとこだろうか。 


3 盗仙草

 『白蛇伝』は、白蛇の精白素貞と書生許仙との出会いの場である(1)「西湖借傘」、二人は結婚するが、金山寺の法海が白蛇の正体を暴く(2)「端陽驚変」、ショックで瀕死状態となった許仙を救うため仙草を手にいれようとする(3)「盗仙草」、生き返った許仙が立てこもる金山寺を水攻めにする(4)「金山寺」、許と白が再びよりを戻す(5)「断橋」、子どもを出産した白を法海が雷峰塔に封じ込めてしまう(6)「合鉢」、妹分の青蛇の精小青が白を救い出す(7)「倒塔」の各段からなる。

 唱で「端午の節句に酒杯を重ねるとは」と悔やんでいるのは、(2)で、金山寺の和尚法海が、許仙を白素貞から引き離すため「端午の節句に雄黄酒を飲ませれば正体を現す」とそそのかし、許から無理に酒をすすめられ、白蛇に戻ってしまった(しかも、そのショックで夫は瀕死)ためである。

盗仙草の打出手  夫を救うためには仙山の霊芝草を手に入れるしかない。守り神の鶴童や鹿童、神将との攻防がみどころである。舞台いっぱいを使って華麗に繰り広げられる打出手(ダーチューショウ。投げられた槍を足で跳ね上げたり、手に持った槍で弾き返したりして空中でやりとりする立ち回り)が最大の見せ場。

 白素貞を演じた趙鴻は、ちょっと秋野暢子に似た雰囲気。自分のせいで夫の命が危ない。その苦悩に満ちた表情がせつない。最初は丁寧に仙草をわけてもらうように頼む。すげなく拒否され、やむなく刀をふるう。一転して始まる立ち回りには迫力があった。

 各演目ごとに終わると、あいさつがあった。前作の扈三娘は女っぽいあいさつのしかたであったが、白素貞は両手を脇につけ、ピッ!という感じでおじぎをした。いかにも刀馬旦と武旦の違いが現れているようでおもしろかった。

 まあ、よく論じられるところですが、ほんと白素貞というのは逞しいですねえ。ふつう、『夕鶴』などの例をひくまでもなく異形の姿がばれたら身をひくところ、開き直って、復縁を果たし(蛇とわかってて結婚生活を続ける許仙もエライもんだと思うが)、封印されても復活しちゃうのですから。


4 秋江

 金陵(南京)の若き尼僧陳妙常は、書生の潘必正と恋におちる。潘の伯母が二人を引き裂くために、潘をすぐさま臨安に出発させる。
 潘の不在に驚いた妙常は彼を追いかけ、秋江にたどり着く。潘の船を追いかけるべくあせる妙常と彼女をからかう老船頭とのやり取りがユーモラスな作品である。

 船賃をふっかけたり、山の向こうまで飯を食いに行くと言ったり、とも綱を解くのを忘れたと言って転んだり、一刻も早く船を出してほしがってるのに、さんざんっぱら無駄な時間をかける。

 船首と船尾の二人がタイミングをずらして身体を屈伸させることにより船の揺れをあらわす。
 船頭が櫂を操りながら舞台をまわる。妙常も、船頭と一定間隔を保ちながらまわる。
秋江

  京劇では馬鞭を持って虚空をなぜると馬の身体が浮かび上がるが、この作品でも見えない船が目に浮かぶ。


 ここで、「第1部 京劇女優たちの絶美の世界」は終わり、15分の休憩。
 第2部の「閙天宮」については、また後日に。

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