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京劇の世界(1) 大連京劇団大阪公演「覇王別姫」鑑賞記

1 運命的な出会い

 去年も京劇公演が大阪に来ました。いろいろ新聞でも、出演する俳優やら演目やらを紹介する記事が載りました。(会場の大阪国際会議場のことまで記事になってた記憶があります)
 行きたいな、と思ってましたが、仕事の関係で行けませんでした。

 それに比べると、今回はそんな記事は少しもありませんでした。きっかけは、ほんの偶然。ある日、夕刊を読んでて、さて、折りたたんで廃品回収用の袋につっこむか、と思ったその時、あれ?と思ってもう一度手に取ると、小さな公演の広告が。行ける時ってのは、こんなもんなんでしょう。ありきたりですが、縁(えにし)を感じた一瞬でした。

 大阪梅田は茶屋町のシアター・ドラマシティ。2001年6月10日(日)の午後1時からの公演を観てきました。


2 スチャラカ鑑賞記

 ビュービュー吹き荒ぶ風の音が場内に流れ、照明が暗くなってゆく。いよいよ始まるようだ。
 女の人の声で舞台設定を説明するナレーションがけっこう延々と流れる。もちろん日本語。親切なんだろうが、ちょっと興を削がれた感じもする。
(もっとも、これは勝手な言い分でしょう。全員がパンフを買ってる訳でも、項羽と劉邦について詳しく知ってる訳でもないのですから、時代背景を説明して少しでもわかってもらえるようにすることはいいことだと思います)

 舞台の両側に柱が立っている。その柱に、しぱしぱしぱ!と下から文字が現れ、「覇王別姫〜漢楚の戦い〜」と写し出した。字幕代わりの電光掲示板である。
 両側にあるのは、見やすさを考慮してのことだろう。しかし、悲しい習性で、最初のうち、ついつい両方を見てしまった。もちろん、同じ文字しか出てない。

 第一場は、「偽りの投降」。幕があがると、劉邦の陣営。劉邦のひげはまばらで、透けて見える感じ。一方、韓信のひげは、黒く長く、まるで暗幕をぶらさげているようだ。
 こうしたひげは総称して髯口(ランコウ)といい、口全体を隠すような髯は満髯(マンラン)というそうだ。

 このまま援軍などを待たれては厄介だ。誰か偽りの投降をして項羽に近づき、そそのかして出陣させよう。誰がいい?李左車がいい。うん、そうしよう、そうしよう!ということで、あっという間に第一場は終わる。
まばらなヒゲ

 ところで、私の席はかなり後ろで、舞台に向かって相当左に片寄った場所。舞台をホームベースにたとえると、ライトの定位置くらいか?だから、舞台の右端はよく見える。
 で、舞台右端に女性が二人ほど見えた。グレーのノースリーブの服を着た女性がパイプ椅子に正面向いて座っている。もう一人は左を、つまり舞台の方を向いて座っている。特に、この正面向きの女性の様子がよく見える。
   ノースリーブの腕をぼりぼり掻くは、ちょいと寒いのか、片手で二の腕の辺を擦り上げるは、もう一人の女性に話し掛けるは、いやもう、実に所在なげである。ここの(シアター・ドラマシティの)席の案内とかしてくれた女性に服装が似ていたので、てっきり劇団員に何かトラブルがあった時の要員としてこんなに側近くに控えているのかと思った。

 女性のことは気になりつつ、第二場「仕掛けられた策略」へ。今度は楚の軍営。ついに項羽の登場である。
 衣装の袖口には、白色の長い添袖(水袖(シュエイシォウ)という)が付いていて、手の先は見えない。それをタフッ、タフッとたぐって、手を出す仕草がおもしろかった。
 ここで、項羽の歌。太く朗々とした声が館内に響きわたる。吉本興業の岡けんた・ゆうたなら、「♪ええ声〜〜♪」というところである。
 なお、京劇では、歌を(チャン)、台詞を(ニエン)、仕草を(ヅオ)という。この三要素で終わりか、というとそうではなくて、もう一つの要素が「立ち回り」で、これを(ダー)という。これがほんとの「1、2、3、ダ〜ッ!」

 ・・・・・・失礼しました。
  援軍が来ないと苦悩する項羽陣営。そこへ項伯が、李左車が投降してきたという朗報を告げに来る。
 虞子期が、この投降は罠ではないかと疑ったので、項羽が尋問をする。「余の陣を探りに来たな!」バ〜ン!と机を叩き、「この者を斬れ!」
 すると李左車がカ、カ、カと大笑い。「命は惜しくないが、趙の仇が取れないのが悔しい」そして、周殷の首を見せる。(この周殷とは、項羽を見限り漢に投降したが、ソッコーで首を斬られ、投降を信じさせる手土産に使われてしまった哀れな人物)
 これで、項羽はコロリとだまされ、「先程のことはただの戯れ。先生がいれば・・・」と手放しの喜びよう。李左車にもそそのかされ、無謀な出兵を決意する。

帽子の羽根  しかし、李左車、俳優さんは小柄な人だったが、精一杯背伸びをするように、身体を反り気味に台詞を言ったり、ちょっと猫背で「タイワン、タイワン」(そう聞こえた。大王ってことかな)と連発して巧みに項羽に取り入っていくところなど、まことに小面憎い。
 帽子に付いた羽根、というか翼(帽翅(マオチー)という。バネで帽子に留めるらしい)がびよん、びよんと揺れる様までが憎らしい。


 第三場、「独断の出兵」
 虞姫の登場。京劇特有の頭のてっぺんから鼻に抜けるような裏声。「私は虞姫。深窓で生まれ〜」と自己紹介する。一場では劉邦、二場では項羽も自己紹介していた。なんかおかしかったが、これがパターンらしい。人物が初めて登場する時の台詞を引子(インズ)といったりもするらしい。

 か細い声、あ、あ、今にも消え入るのか・・・と思ったら、そこから息もつかずにまた声を張り上げていった。「まるで太平トリオの夢路さんのようやなあ」と、おそらくこれを読んでいる人の98%くらいはわからないような感心の仕方をした私であった。他ではこれほど極端な引っ張り方をしてなかったので、これはやっぱ、初登場の所で「私はこんなんもできるんやで!」と一発かましておいたのであろう。

(昔、大阪の松竹芸能に太平トリオ(「おおひら」じゃなくて「タイヘイ」)という漫才さんがいた。全員がギターとか三味線を持つ歌謡ショーというタイプ。宮川左近ショーとか、フラワーショーとか、そうそうかしまし娘、ちゃっきり娘もそうですな。こうした漫才は必ず登場時のテーマソングを持っていて、太平トリオは♪又も出ましたロマンショー いつもニコニコほがらかに ♪で始まる。次に♪夢路さん〜♪と呼びかけられて「アイヨ〜」と応えるシャクレといわれたおばちゃんが夢路さんで、この人の得意技というか、十八番が、やはり、♪ア〜〜♪とのどを絞った声で続け、もう息が続かないだろうと思われるくらい引っぱって、そこから再び♪ア〜アアン〜♪と声を張り上げ、「どう、このコンデーション」と自画自賛して、笑いと拍手を取るものだった。似たようなパターンとしては、宮川左近ショーの暁照夫さんが、曲弾きと思わせるばかりのスピードで三味線の高音部をかき鳴らし、「いややわ、なんでこんなに上手いんやろか」というのがある。おっと、「なつかしの漫才特集」ではなかった。京劇の話に戻らねば)

 李左車の投降は絶対陰謀だと疑っている虞子期。虞姫を訪ねて、項羽を説得してもらおうとした。虞姫は承知する。
 項羽が帰ってくる。虞姫は、罠かもしれない、援軍を待っては、と説くが、有頂天になっている項羽は聞く耳を持たない。仕方なく酒をすすめる虞姫。

 あ、そうそう、冒頭に申し上げた舞台右袖で手持ち無沙汰にしていた女性、やおら丸いマンドリンのような楽器(多分月琴(ユエチン)というのでは?)をかかえて鳴らし始め、楽団員さんであることが判明した。
 さっきまで椅子の横に置いていたのだろうが、楽器は見えなかったのである。手前で横を向いていた女性は、細いチェロのような楽器(京胡(ジンフー)とか京二胡(ジンアルフー)とか種類があるようなのだが、どっちかわからない)を弾いていた。となると、もっと奥には太鼓やドラや鐘の楽隊がいるのだろうか。

 それと、虞子期。男ですが、服が水色にピンクと、少女っぽい。その衣装の派手さたるや、おなかをポンポンとたたく女性漫才コンビのようである。
(写真の上にカーソルを置いてみてください)

「今いくよ・くるよ」さんではない

 第四場は、「漢楚の激戦」。劉邦が「韓元帥の策略は素晴らしい 国を治めるはこの劉邦なり」と歌い上げる。実にリズミカルで、聞いていて気持ちがいい。
 漢陣営と入れ替わって、楚の陣営が登場。風で司令旗が折れ、愛馬の烏騅(うすい)は騒ぎ続ける。項羽は、撤退せよ!と叫ぶが、李左車に今がチャンスだ、と言われるところっと考えを変える。上司に持ったらいやだな、こんなタイプ。

 項羽と劉邦、舞台に並び立ち、両軍の激突。項羽は、漢軍の将軍四人を相手に立ち回り。長い槍で漢軍をなぎ倒す。しかし、これは敗れたふりにすぎなかった。

 第五場、「九里山の罠」。これは窮地に誘い込もうとする罠ですと周蘭。項羽は「その一言で気がついた」と引き返すよう命じる。が、そこへ李左車。「降参するなら話をつけてあげてもいいですよ。山に入る勇気がおありか?」と挑発。激怒モードに入ってしまった項羽、全軍に追撃を命じる。

 ド、ド、ド、ド〜と全軍が小走りで退場していく。大きな旗を持った兵士は旗を持ったまま、やや膝を曲げて列をなして走る。虞姫も走る。でも彼女は徒歩ではなく、車に乗っている。

汽車、汽車シュッポシュッポ  京劇の約束事では、馬車は車旗(チョーチー)で表す。竿の真ん中辺に車輪が刺繍された旗がついている。後ろに立った下僕や宮女が竿を二本、水平に持つ。その突き出された二本の間に立てば車に乗ったことになる。
 後ろの宮女も小走りで走る。前の虞姫も走る。チョンと、両手で竿の端を持ってるものだから、まるで子供の電車ごっこのようである。真剣なんだけど、なんかおかしい。くすっとふいちゃいそうになるのが、京劇のおもしろさのひとつかな、と私は感じた。

 第六場、「漢軍の包囲」。韓信の伏兵に囲まれ大苦戦する項羽。大王の窮地を救わんとあえて死地に飛び込んできた周蘭は、刺されてギエ〜と叫んで退場(死んだのである)。

 ここまでで、約1時間。緞帳が降り、15分休憩する旨のアナウンスが流れた。

 二幕目、第七場、「覇王別姫」
 「十面の伏兵敵しがたし」と気落ちする項羽を迎えた虞姫。気晴らしにお酒でも、とすすめる(何か、のべつ幕なしに酒を飲ませようとしているなあ。売上のノルマのあるホステスさんかあ?項羽、アル中になっちゃうぞ)。
 項羽を眠らせ、自分は警備の夜回りをするけなげな虞姫。
 「四面楚歌」で意気消沈して、逃亡を相談している兵士たちの話を盗み聞く。

 さて、京劇では登場人物をその性格などから、男性役の(ション)、女性役の(ダン)、隈取りをする(ジン)、道化役の(チョウ)の四つに大別する。
 こうした、いわゆる役柄のことを行当(ハンダン)という。
脇役人生

 この劇でも、下級兵士で、まじめくさって歩いていても何か笑っちゃうような顔の人がいる。高木ブーに似ていて、「ああ、この人は一生脇役なんだろうなあ」と感じさせる。もちろん主役ばかりでは劇が成立しない。必ず脇役は必要なのである。
 行当は、ずっと(一生)固定されるものらしい。一度丑になった人は、死ぬまで項羽を演じることはありえないのだ。きびしいもんやね。

 虞姫は項羽を起こす。またもや酒をすすめるが、少し口をつけたきり杯を投げ捨てる項羽。そして有名な「力は山を抜き 気は世を蓋う」の唱。
 「大王の歌は悲し過ぎます。私のつたない舞いで気晴らしを」と舞いはじめる。両手に剣を持ち、ヒュンヒュンヒュンと回したり、ぐ〜っと後ろ側に反り返り弓なりになったり、アクロバット的な要素も含まれる。やんやの拍手。

「決め!」のポーズ  虞姫の衣装は、魚鱗甲(ユィリンジア)といって、数ある京劇の中でも「覇王別姫」(バーワンビエジー)の虞姫(ユィジー)専用のものである。りりしくて、いいね。

 「わが君の意気が尽きたのに、わたくしめがなぜ生きてられましょう」、江東での再起をすすめ、足手まといにならないよう、自害しようとする。
 項羽の宝剣を奪おうとする虞姫。そうはさせじと身をかわす項羽。しかし、「あ、漢軍が攻めてまいりました」という虞姫の虚言に「え?」と気を取られ(←だから、いかんのだよ、項羽くん。すぐだまされちゃって)、虞姫は項羽の腰からスラリと剣を抜く。そして、その剣を首へ!で、暗転。

 暗闇にシューッ!シューッ!とヘアスプレーを噴射するような音が響く。
 照明がついて訳がわかった。スモークのようなものだったらしい。緑色の照明が横から当てられ、川岸の「もや」を表しているのである。
 第八場、最終の「烏江に死す」の始まりだ。

旗つき項羽  武将の鎧姿を(カオ)という。背中に四本の三角の旗、護背旗(フーベイチー)を挿してるのが硬靠(インカオ)、旗がないのは軟靠(ルアンカオ)である。
 四場や六場の項羽は旗を挿していた。
 この場の項羽は旗もなく、かぶりもの(丸いボンボンなどで飾られた、元帥級のかぶりものを帥盔(シュアイクイ)という)もない。まさに尾羽打ち枯らした、という感じがする。
旗なし項羽

 項羽が右手に持っている鞭は馬鞭(マーピエン)で、この黒い鞭が、烏騅を表している。
 この鞭を手にして、虚空をなぜていくとそこに馬の体が表現される。
 この馬がなかなか泣かせる。韓信の差し金で船頭に化けた閔子期(びんしき)が、「馬と人は一緒には乗れない」と分断を図る。せめて烏騅だけでも救おうと馬を乗せる項羽。すると、烏騅は河に身を投げて自殺するのだ。ひとり(1頭?)生き延びようとはしないのである。 
(船頭が馬鞭をポ〜ン!と高く放り投げるのが、烏騅が河に飛び込んだことを示す。馬は普通泳げると思うので、烏騅はカナヅチだったようだ)

 かつての項羽の部下、呂馬童がやってくる。
 江東に逃れ再起を期していただきたいとすすめる。しかし、項羽は故郷の長老たちにあわせる顔がないと恥じて、自分の首にかかった懸賞金をお前にくれてやろうという。
 それはなりません!と固辞する呂。しかし、項羽は剣を首にあて、一瞬伸び上がるようにして・・・自刎。
 そして、緞帳が降りる。2時間の京劇が今、終わった。
真っ赤なお顔の呂馬童

 ところで、京劇といって、すぐ連想するのが臉譜(リエンプー)といわれる独特の隈取り。臉譜では、メインに用いられる色でその人物の性格を表す。
 例えば、赤(紅)は正義感があり、気骨のある人物とか剛直な忠臣などを表すようである。そういえば、確かに周蘭の顔も真っ赤っかであった。
 呂馬童の顔も赤かった。韓信に「項羽のもとへ行け」と命ぜられたのだが、(顔が赤いから)本心から項羽を救おうとしていたのだろうか。
 おもしろいのが、「白」が奸悪で陰険な人物(曹操など)を示し、「黒」が正義感(勇猛、生真面目、峻烈)を示す(包拯など)こと。何か日本人の感覚とは逆だろう。もっとも、中国じゃ、白は喪服の色だから、あまり白ってのがいいイメージじゃないんだろうか? 
    


3 全体的な感想 

  初めて、「通し」できちんと京劇を観た。前日の睡眠不足がたたり、正直言って数回睡魔に襲われる場面もあったのだが、「おもしろかった」と断言できる。
 最後は、腕がだるくなるくらい、思いっきり拍手を続けた。役者さんが、だいたい役柄ごとに集まって、舞台に進み出て、左右、正面と挨拶をするのである。虞姫が出てきて拍手のボルテージが一段あがる。そして、最後に項羽が出てきて二、三段ヒートアップした。 

 思うに、かなり理性的というか、虞姫の感情表現はぐっと抑え目の演出であったように思う。

 下の白黒写真は『しにか』(99年3月号)に載っていた「覇王別姫」で、どこの劇団とかはわからない。

冷静なお二人
号泣する虞姫  しかし、写真を見ると虞姫はあられもなく泣き崩れている。
 そういうシーンは、今回の公演ではなかった。
 感情を内に秘め、項羽を慰めるため、悲しみは表に出さないようにつとめる虞姫。なかなか、いいんじゃな いだろうか。
 

 いやあ、長い長い感想文だったなあ。一度に全部読んでくれた人っているのだろうか。また、観る機会があれば感想をアップしたい。
 なお、本文中の専門用語等は上記『しにか』のほか、会場内で売っていたパンフレットと『京劇入門』(著:魯大鳴。音楽之友社)によっています。


 

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