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京劇の世界(11)上海京劇院大阪公演「白蛇伝」鑑賞記

1 鑑賞のきっかけ

 きっかけは、1枚のハガキであった。差出人はシアター・ドラマシティ。京劇(1)の「覇王別姫」(大連京劇団)を観たのがシアター・ドラマシティである。
 ハガキには、「上海京劇白蛇伝 チケット特別先行予約のご案内」とある。一般には3月2日前売り開始のところ、このD.M.を受け取った人のみS席を先行予約できる。2月22日消印有効で郵便局より振込みせよとのこと。
 S席は8500円、A席は7500円。もし行けなくなると・・・という心配もあったが、思い切って申し込んだ。

 さて、無事に公演当日を迎えた。場所は出来て間もないNHK大阪ホール。舞台右手だが、S席だけあって前の方のいい席であった。

 京劇では、作品の最初から最後まで通して上演するのを本戯(ベンシー)とか大戯(ダーシー)という。日本でいう「通し狂言」(一つの歌舞伎狂言を最初(序幕)から最終(大切)まで一度に通して演ずること:広辞苑)である。本日は、「白蛇伝」の本戯。
 先日の中国京劇院公演では、「白蛇伝」のうち、「盗仙草」のところだけが演じられた。こういうのを折子戯(ヂューズシー)という。仮名手本忠臣蔵で五段目、山崎街道鉄砲渡しの場だけが上演されるようなものである。

 忠臣蔵五段目というと、私は歌舞伎そのものは観たことがないのだが、ここに出てくる斧定九郎という浪人者を、それまでの山賊まがいのもっさりした人物像を捨て、まるで市川雷蔵が演じるような、凄絶な美しさのある人物に演出した中村仲蔵という名優を想起する。いや、偉そうなことを言っても「中村仲蔵」という落語を聞いたことがあるだけなのだが。

 なお、もともと一幕物というか短編は、単出戯(ダンチューシー)又は小戯(シャオシー)という。     


2 第一場 遊湖

 さて、第一場は白素貞、許仙出会いの場。まず、峨眉山(がびさん)で千年の修行をした白蛇と青蛇が、それぞれ白素貞と小青という名の若い娘に姿を変えて、下界に遊び、西湖の春景色を楽しんでいる。
 折からの雨で柳の下で雨宿りをしているところに、清明節に墓参りをした帰りの許仙(うっしっし、と笑い、馴れ馴れしく「へーちゃん」とか「たけし」とか呼ぶ・・・って、それは「巨泉」)が通りかかる。
 許仙は、二人に傘を貸し、船頭を呼んで、船で送る。

舟に乗る  白素貞は、許仙に一目惚れ。直接口をきくのは、はしたないのか小青を呼んで、許仙の家を尋ねさせる。
  やがて船は銭塘門に着く。雨はいつしか止んでいた。このままでは、傘を返してお別れしなければならない。白素貞と小青は術を使って雨を降らせた。
 許仙は、明日、傘を取りに白素貞の家を訪ねることに。


(ひとこと)
 清明節とは、今回のパンフによると「冬至から数えて105日目の3日間。墓参りをする習慣がある」。中国茶で、「明前」というと、この清明節の前に摘まれたという意味で、高級とされる。

 船頭は、先の中国京劇院「秋江」と同じく、でかい帽子、白いヒゲ、七分丈のズボン、わらじ履きで櫂だけ持って、やって来る。なんか見ていて恥ずかしい。やはり「秋江」と同じく、船に乗り込む際、船の前後でタイミングを合わせ、かがんだり伸びたりを繰り返し、「揺れ」を表現するシーンや、相合傘の白素貞と小青を中心に、前の許仙と後の船頭とが、小幅なステップで横に動き、船の方向転換を表現するシーンなどもあった。

 なお、二人が術を使って雨を降らせて・・・というのは、雨が止み、「これでは・・・」としばし顔を見合わせ、手を上にかざしたら、照明の色が変わり「あら、雨・・」となったので、そう感じたもの。パンフ等には書いてないので、「偶然」なのかもしれない。


3 第二場 結親

 てぐすねひいて待ち構えていた(←失礼!)白素貞のところに、のこのこと(←失礼!)やって来た許仙。まさに飛んで火に入るなんとやら状態。
 世間話の中で未婚とわかるや、またも小青を呼び寄せる。一気に話をつけちまえ、というのである。
 そんなこと言えませんと断る小青だが、「いい子だから、お願い!」と迫られ、どう切り出せば・・・?と悩みつつも、「おめでとうございます!あなたも独身、お嬢様も独身。良縁整い、おめでとうございます!」とストレートボールをぶっつける。

 面食らう許仙が、しがない薬屋の奉公人で、嫁を養う稼ぎがない、結納の品がない、媒酌人がないとないない尽くしで問い返すと、お嬢様は医術に詳しいから薬の店を持てばいい、結納のしるしは、この傘で十分、媒酌人ならこの小青が・・・と畳み込まれ、背中を押されるようにして新婚の部屋へと。これじゃ、ほとんど強・・げふん、げふん。
 



4 第三場 説許

 まことにおせっかい極まる法海禅師が、許仙に「お前の妻は千年修行した蛇の化身。そのうち一呑みにされる。信じられないなら、端陽節(端午の節句)に雄黄酒を飲ませれば正体を現す」と告げて去る、短い一幕。



5 第四場 酒変

 時あたかも端陽節、厄除けの気が満ち、「まもの」の二人は苦しむ。小青は、山へ逃れましょうと白素貞を誘うが、許仙を置いてはいけないと断る。
 そこへ、村人と龍船見物に行っていた許仙が、一杯機嫌で帰ってくる。

 気分がすぐれぬ、お腹には赤ちゃんが、と断っているのに、許仙は、白素貞に雄黄酒を無理強いする。いわゆる「アル・ハラ」ってやつですな。
 白素貞は「心から勧めてくださっているのに、お断りしては夫婦仲が気まずくなるのでは、と迷っている。かくなる上は、九転功で耐えてみよう!」と盃を飲み干す。
 なおも、許仙は、「二人仲良く共白髪を祈って、二杯目を乾杯しよう」と強いる。 「二人仲良く共白髪」という言葉が嬉しく、思わず盃を重ねてしまった白素貞であったが、耐えられず奥の間に倒れこむ。

 心配で帳の中をのぞきこんだ許仙は、白素貞の正体を目にして、驚きのあまり死んで(失神?)しまう。
 歎き悲しむ白素貞だったが、涙にくれている場合ではない。たとえ守り神に阻まれ命を落とそうとも、許仙を蘇生させるため、崑崙山の霊芝仙草を盗むことを誓うのであった。 
 

(ひとこと)
 『屈原』(著:目加田誠。岩波新書)によると、六朝梁の宗懍(そうりん)の『荊楚歳時記』には、五月五日を浴蘭節といい、人々はヨモギをつんでは門にかけ、水上では舟を漕いで競争するとある。また、梁の呉均『続斉諧記』では、屈原が五月五日に汨羅(べきら)に投身自殺した後、楚の人々は彼を憐れみ竹の筒に米を入れて水に投げ、これを祭った。漢代、長沙の欧回という人の前に屈原と名乗る男が現れ、「これまでのお供えはすべて蛟竜に盗まれたので、今後は蛟竜の嫌う楝(おうち)の葉で塞ぎ、綵糸(あやいと)で纏(まと)ってほしい」と頼んだ。これが現在の粽(ちまき)のおこりだという。
 蛟竜の厄日であるから、蛇の白素貞や小青も苦しむのであろうか。
 このほか、『史記』でも、戦国時代の孟嘗君が五月五日に生まれたのを凶日に生まれたとして捨てられたとある。

 なお、アル・ハラてのはご存知のとおりアルコール・ハラスメントの略。皆さんも一気飲みとか、断っているのにお酒を強要するのはやめましょうね。
 
 また、中国京劇院公演パンフでは、この第二〜第四場を併せて「端陽驚変」というタイトルがついていた。第二場と第四場の舞台は、同じ白素貞の自宅(紅楼)。第三場は、幕を降ろし、その前でちょこちょこと演じられる。だから、この三つを一つにまとめることも可能だと思う。

 



6 第五場 盗草

 ここは秘境、崑崙山。霊芝仙草をガードするのは鶴童と鹿童。なお、鶴の方が兄貴分、鹿が弟分らしい(そういう台詞があった)。

 そこへやって来た白素貞。事情を話し、穏便に譲ってもらうよう頼むのだが、剣もほろろ、立ち去らねば命はないぞ、と脅されて、ついにキレた白素貞。立ち回りのすえ、仙草を手に入れ、立ち去る。

(ひとこと)
 先日の中国京劇院「盗仙草」では、ここで打出手(ダーチューショウ。又は踢出手=ティーチューショウ)があった。
 白素貞を3人の仙童が囲み、槍を投げる。それを白素貞が手に持った槍で弾き返したり、足で蹴り返したり、めまぐるしく槍をやり取り(←しゃれではない)する。

 今回も期待していたのだが、普通の立ち回りだけであっさり引っ込んでしまった。あれあれ・・・?



7 第六場 上山

 白素貞が命を賭して持ち帰った仙草のおかげで蘇生した許仙だが、さすがに体調がすぐれない(←そりゃそうだろう。何せ死んでたのだから。)。病み上がり(←つうか、死に上がり?)の身体を散歩で養う許仙を待ち受けていたのが法海禅師。

 禅師の言葉を信じようとしない許仙。ならば、これを見よ!と掌をかざす禅師。どうやら、掌がスクリーンのようになって、死や蘇生の前後の様子が映し出されるらしい。
 救われるには仏門に入って修行するしかないと言われ、憑かれたように金山についていく許仙。


8 第七場 水闘

 家に帰らぬ許仙を迎えに来た白素貞。妖怪め、帰れ!と冷徹な法海。しかし、白素貞と小青は、禅師の投げつけた青龍禅杖の法力にも耐えてはね返した。

 法海は、護法神を呼ぶ。この中に哪タや木タ(哪タの兄貴)が。
 一方、白素貞・小青は、長江の水族を呼んで金山寺を水攻めに。舞台狭しと、両軍入り乱れての戦闘が繰り広げられる。
 戦いのさなか、胎動を感じ、お腹をおさえて苦しむ白素貞。水軍は敗走する。

(ひとこと)
 哪タを演じるは厳慶谷。男性としてはやや小柄だが、中国京劇院「閙天宮」で哪タを演じた女性の楊美琴に比べると、かなりすらっと背が高い。乾坤圏という輪っかを逆回転かけて舞台に転がし、ツ、ツ、ツ〜と手元に戻ってこさせたり、空中高く投げ上げ、足先で受け止めて、回したり、輪を使った様々な技を見せる。

 木タを演じるは奚中路。国家一級俳優の武生(ウーション。立ち回り中心の男役)だが、特に目立った演技はなかったように思う。

 水族というと、私はでかい二枚貝が好き。先日「つきせぬ思い」という映画を観たが、その中の劇中劇でも出てきていた。貝の中に人間がいて、ばたばたと蝶の羽のように2枚の貝で羽ばたくのである。
 ほとんど唯一の攻撃は、ばたっと貝を閉じて、突き出された槍などをはさみこんでしまうというもの。専守防衛といってよいだろう。
2枚貝ぱたぱた



 「盗草」でお預けになっていた打出手は、ここで演じられた。
 『京劇への招待』(著:魯大鳴。小学館)によると、打出手の場で用いられる槍は「打出槍」(←そのまんまやな)という専用のもので、両端に槍頭があるのが特徴(重さのバランスを取るためだろうか?)で、軽く弾力性の強い籐で作られているそうだ。

6人に囲まれる  確かに弾力に富んでいそうで、両端を持ってぐっと曲げて離すと、びよ〜んと飛んでいくし、飛んで来た槍の真ん中辺をぽん!と蹴ると、また、跳ね返っていく。
 今回の上演では、最終的に周りは6人にもなった。空中高く槍が飛び交うし、武藤敬司の低空ドロップキックのように低く、四方八方より投げつけられる槍をスパッ!スパッ!と正面を向いたまま素早くジャンプしてかわす技など実に見事。

 1回だけ、周りの人が白素貞の返した槍を受けそこね、かっこつけて足でぽんと跳ね上げてつかもうとして、さらに失敗したシーンもあったが、まあ、それはご愛嬌。

  



9 第八場 逃山

 お気楽&優柔不断の許仙、何か外がうるせえなと出てきて、小僧から「奥さんが召使と一緒にあなたを迎えに来たが、お師匠様が神将に命じ追い返してしまった」と告げられる。
 身重の妻が戦いに耐えられる筈がない、どうか私を逃がしてくれと許仙にひざまづかれ「和尚が苦しめるなら、小僧は助けよう」と、秘密の抜け穴を教えてくれる。
 
(ひとこと)
 前述のパンフ(出典は趙暁群編の『京劇鑑賞完全マニュアル』)では、第六場と第七場を併せて「水漫金山寺」というタイトルがついていた。この第八場もそこに含めていいのだろう。六と八は、三と同じく、幕を降ろし、舞台の前の方で演じられる。



10 第九場 断橋

 疲れ果てて、命からがら逃げ延びてきた白素貞と小青。ふと気がつくと、そこは許仙と出逢った断橋だった。

 山を降り、家路へ急ぐ許仙が二人を見つけ、たとえ殺されても妻にひと目会おうと、白素貞の前に現れた。

 怒りに燃える小青は龍泉剣を振りかざすが、白素貞は身を挺して許仙をかばう。

 これほど裏切られ手ひどく傷ついたというのに、そんなに、この男がいいのか!もう知らない!とばかりに、小青はくるりと背を向ける。
た、助けて



 そして、白素貞の長い唱。自分が蛇の化身であることを自ら告白する。
 それに応えて許仙も「蛇の化身と知っても私の心は変わらない。許仙はもう決して裏切らない」とうたいあげる。
 三人が駆け寄り、抱き合って感涙にむせぶ。めでたし、めでたし・・・と思いきや、またも出ました、法海禅師。
 護法神が掲げた金の鉢に白素貞を封じ、雷峰塔に閉じ込めてしまった。

(ひとこと)
 この「断橋」は、「盗仙草」、「水漫金山寺」と並んで、折子戯として演じられることの多い一幕。

 断橋は、第一場でも「断橋なのに切れてませんわ」という小青の台詞がある。
 この名の由来については、本公演パンフには「西湖の北東に築かれた長さ1kmの堤・白堤が、雪解けの頃石橋が途切れ途切れに雪中に浮かぶように見えることから断橋残雪と呼ばれ西湖十景の一つに数えられる」とある。
 一方、『地球の歩き方 上海 蘇州・杭州』には、断橋は、白堤の北端に架かる橋で、狐山から続く白堤がここで断たれているので、この名がついたとあった。
 また、冬に、この橋に雪が積もると、中央部分から溶け始め、まるで真ん中から橋が折れているように見えるので、この名がついたという説もあるそうだ。

た、助けてその2  小青に斬りかかられて、腰を抜かしたようにひっくり返る許仙。片足をひょこんと上げたとこが何とも情けない姿なのだが、北京で買った『京劇人物』という画集にも載っていたので、それが決まりごとなのだろう。

 なお、中国京劇院パンフでは、「断橋」のあと、子どもを出産した白素貞を金鉢に吸い込み、雷峰塔に封じ込めてしまうのは、「合鉢」という別の場となっていた。

 確かに、本公演のようにすぐに封じられてしまっては、白素貞のお腹の子は?と心配になってしまう。

 白素貞は、この場では襞状の腰巻をしているが、これは病んでいることを表しているそうだ。

 それにしても、法海禅師のしつこさは尋常ではない。許仙がホモ和尚の「オキニ」のタイプで、是が非でも白素貞との仲を裂いてやる!といった裏事情があるのではないだろうか



11 エピローグ

 白素貞を救うため峨嵋山で更に修行を積んできた小青。黒風仙と全身真っ赤っかの連中を引き連れ、雷峰塔へ。
 旗を打ち振り、塔を焼き打ちする。中の白素貞は蒸し焼きになるのでは?と心配になるが、やがて塔は倒れ、中から白素貞が現れる。
 許仙が駆け寄り、二人は再会を果たす。

(ひとこと)
 頻出している前記パンフでは、ここは「倒塔」というタイトルの場らしい。

 小青は、この場では頭に翎子(リンズ。長い2本の雉の尾羽根)をつけて現れ、いかにもレベルアップしました!って感じ。

 塔の中から現れた白素貞は、赤ん坊は連れていなかった。封じ込められてから数年はたっている筈なのだが。お腹の子はどこに・・・?


 通しの公演なのでストーリーもわかりやすく、なかなか楽しめた。小青役の劉佳が、一心に白素貞に尽くすその姿が可憐で良い。

 

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