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(No64) 奈良 法隆寺 その2 

 法隆寺で、年に3日間しか公開されない上御堂が公開されるというので、行ってみました・・・・・・の続き。

 

 


5.大講堂

 左下写真は、大講堂

 
なお、 境内地図は、法隆寺HPのここから。
 平安時代の建物で国宝。

 大講堂に収められたのは、本尊である木造薬師如来及び両脇侍坐像
 平安時代の作で、国宝。

 あと、四方に木造四天王立像(平安時代。重文)。

 講堂の四天王の特徴というと、腰紐の先がやたら躍動的なのと、邪鬼がめっちゃ筋肉質という点だろうか。

 この辺は、また後日考察したい。

 

 左上写真は、講堂前の燈籠。
 国宝指定とかされてないので、新しいのかも知れない。

 右写真のように銘文に「源公」とかあるのでよほど古いか、と思っていたのだが。

 右上写真には「元禄七年」とある?
 

 左上写真は、燈籠の基壇に刻まれた獅子?
 左写真は、燈籠に近づき、ややアッパーで撮ったもの。

 講堂内を拝観していると、上御堂特別拝観の案内図があったので、さらに北に進む。

 


6.上御堂

 左下写真は、大講堂の裏手(北側)から出て上御堂(かみのみどう。鎌倉時代で重文)をのぞいたところ。
 年に1回。11月1日から3日の三日間しか公開されない。

 で、その三日間の最終日を狙い撃ちしたのだ。

 右下写真は、上御堂内部のご本尊釈迦三尊像(平安時代、国宝)。

 
 右写真は、外からの撮影に何故か(?)写りこんでしまった釈迦三尊像

 顔が黒いのは金箔が剥がれ、漆塗りの下地が見えているのか?

 このほかは、重文の木造四天王立像(室町時代)。

 この四天王は、時代が新しいせいか、色がよく残っている。

 講堂に戻り、西院伽藍に戻る。 

 


7.経蔵その他

 左下写真は、経蔵。西院伽藍の廻廊を廻り、西北の位置にある。
 奈良時代の建造物で国宝。

 右下写真は、鐘楼。鐘楼は、西院伽藍でいうと、南北の中心軸に対して左右対称の位置にある。

 
 平安時代の建造物で国宝。

 鐘楼と言うくらいだから、鐘がぶら下がっている。

 内部の鐘をアップで撮ったのが右下写真。
 この梵鐘(ぼんしょう)は、白鳳時代のものらしい。

「柿食へば 鐘が・・・・・」という句を思い出した。

 名残りは尽きないが、ここでいったん西院伽藍から出る。

 で、さらに東に進む。

 


8.聖霊院 その他

 左下写真は、聖霊院(しょうりょういん)。西院伽藍のすぐ東。鏡池の北。
 鎌倉時代の建造物で国宝。

 右下写真は、東室(ひがしむろ)。奈良時代の建造物で国宝。

 
 西院伽藍の東側にあった、南北に細長い建物は、僧侶の住居(いわゆる僧坊)であり、全体が東室と呼ばれていた。

 しかし、鎌倉時代に聖徳太子の尊像(平安末期。国宝)を安置するために南端部分を改造して聖霊院と名付けた。

 右上写真の右側に写っている屋根の低い部分が改造前の箇所であり、現在では、ここが東室と呼ばれている。
 東室のさらに東にある小さな、やはり南北に細長い建物が、妻室(つまむろ)であり、平安時代の建造で重文。

 妻室のさらに東にある小さな祠みたいな建物は馬屋(左下写真)。
 格子戸の向こうの金網越しにのぞき込む。

 聖徳太子の愛馬黒駒と、従者?の子供の人形があった。

 

 で、さらに東に進む。

 

 

 


 まだ続きます。 

 どうもお疲れ様でした。
 
  

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