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(No126) 奈良国立博物館 「第60回正倉院展」公開講座 「正倉院宝物とシルクロード」 聴講記 その3 「正倉院宝物とシルクロード」 内藤栄 まずは白瑠璃碗です。 ササン朝ペルシア起源ということを探っていきます。 ふかえしんじ東大教授のたどったデーラマーンへの道を私もたどりました。カスピ海の西南、山の上にあります。 デーラマーンは盆地です。丘は共同墓地になっています。 (スライド)ここはハッサンマハレという場所です。そこら中、盗掘の穴だらけです。 こんな山中で白瑠璃碗をつくっていたのでしょうか?やはりシルクロード貿易の中継場所だったのでしょうか。 取っ手のところが突き出ていて、指を引っ掛けやすくなっています。
次は平螺鈿背八角鏡です。
(スライド)これは、ニシャプール近郊のトルコ石鉱山です。場所はイラン東北部です。 トルコ石は苦労して発掘するようなものではなかったようです。地元では「歩いてたら落っこちてた」とゆうような話をよく聞きます。
(スライド) これは金銅八曲長坏(こんどうのはっきょくちょうはい。画像はここでも)です。 この長坏は日本製です。成分分析でそれが分かっています。
(スライド) これは刻彫尺八です。 普通の尺八との違いは何でしょう? 雅子さまから「何故一つ多いの?」という質問をされて私は答えられませんでした。それで私の宿題となっていたのですが、先日のイラン調査でそのヒントをつかみました。 (スライド。ひげもじゃの男が、細い竹の杖のようなものを口にずっぽりくわえている)これはイランのネイという楽器です。 とにかく音色が日本の尺八にそっくりなので、町で見かけた演奏者にいろいろ話を聞きました。 このネイの写真を見ると穴は四つのように見えますね。 (スライド) これは螺鈿槽箜篌(らでんそうのくご。画像はここでも。又はここでも)です。これは「たてこと」です。 ペルシアの彫刻で、馬上でこの箜篌を弾いている女性の姿が描かれています。
(スライド) これは佐波理加盤(南倉)です。 色はきれいな金色を呈しています。メッキしなくても、このような色になります。 佐波理は硬いので轆轤(ろくろ)挽きできます。轆轤というより旋盤ですが。 佐波理は多く朝鮮半島の新羅から招来しています。 一般には統一新羅語と考えられていますが、私はペルシア起源ではないかと思っています。
(スライド) これはササン朝ペルシアの銅碗です。ラシュト国立博物館所蔵です。 (スライド) 法隆寺献納宝物のうち、八重鋺の六重目です。 金属製の鋺の形が似ているのはよくあることですが、これは真上から見たところです。 ササン朝ペルシアの鋺ですが、中間に二重線が見えます。底には太い円が見えます。これは轆轤挽きする器に頻繁に見られる線です。 (スライド) これは東京国立博物館所蔵の法隆寺献納宝物の托子です。これにも轆轤挽き特有の線が見られます。 ササン朝ペルシアの器に轆轤挽きの線があったことが発見でした。 朝鮮半島は、草原の道で中国を介さずに直接ペルシアから文物が入った可能性があります。 私は先日イラン大使に「サハリという言葉がありませんか?」と訊いてみました。すると「ある」と言うのです。私は「やった!」と思い、どういう意味か訊きました。すると「朝ご飯」という意味だ、とのことでした。 これが銅の器とか、食器という意味だったら最高だったのですが。まあ、とりあえず食事がらみなので、まだいいかと思ったのでした。 (スライド) ラシュト国立博物館所蔵の銅長坏やイラン国立考古博物館所蔵の瓶などがあります。
まだ続くが、ここでいったん切る。 いつものことですが、メモ間違い、記憶間違いはご容赦ください。
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