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2008年9月のひとこと書評(掲示板に書いた文章の転載。評価は★5つが最高)

 9月のひとこと書評の再録です。掲示板そのままでは芸がないので、評点をつけます。★5つが最高。評価基準の詳細は、2001年11月書評のページをご参照ください。




(633) 『銀魂』(作:空知英秋。集英社ジャンプコミックス)

 異星人、天人(あまんと)に支配された侍の国。死んだ目をした白髪の「銀ちゃん」こと坂田銀時。影が薄いけど、別人格は寺門通親衛隊長の「ぱっつぁん」こと志村新八。酢昆布チャイナ娘で夜兎族の神楽。
 マダオ(まるでダメなオッサン)の長谷川。猫耳キャサリン。
 ゴリラにして新八の姉お妙ストーカーの「真選組」局長近藤勲、マヨラーの副長土方十四郎。
 ヅラこと桂小太郎、ペットのエリザベス。Mのさっちゃんこと猿飛あやめ・・・・などなど個性豊かな多士済々。

 先日、課の若い子らと飲んだとき、ある係員のことを何かうぜ〜っと感じた。彼は自分よりやや若い女性係員につっこむ、つっこむ。「いや、違うやろ、それ!」、「えぇ〜?!こだわりはそこ?」、「そうじゃないですから!方向、ま逆ですから!」ってな具合。
 その時は分からなかったが、これを読んだ後で思った。「あ、あいつ、銀魂の新八や」と。周りに伝わらないと困るんで、まだ誰にも言ってないが。

 あ、読み方は「ぎんたま」です。

★★★


(634) 『たった一人の反乱』上巻(著:丸谷才一。講談社文庫)

 もと通産省官僚で、防衛庁行きを断って家電会社に天下りした馬淵英介。彼は少し前に妻を病気で亡くしていた。
 学生時代の友人小栗に紹介されたファッションモデルのユカリと、ひょんなことで毎月のアパート代を持つような仲になる。

 で、ある日、ユカリの父野々宮教授が突然家を訪ねる。彼がまた一風変わった人物で、「二人の自由な立場の男女の、自由な、しかし持続的な恋愛、結婚を前提としない親密な関係を、あなたとユカリは試みようとしたわけでしょう。しかしそういう新しい人間関係を古い日本的地盤でつづけることにはどうしても無理がある。〜そういう賢さを今の日本のファッション・モデルに求めても無理な話でしょう。〜ユカリは次善の策として、二号さんになろうと考えたわけですよ。〜ですから〜別に出していただかなくてもいいアパート代を出していただくことにした・・・・〜そして馬淵さんとしても〜そういう前近代的形態によって二人の関係にいわば安定を求める気持は、やはりおありだった」というような解釈を展開してみせる。

 再婚に至るきっかけもおもしろく、父親のことをユカリに電話した時、つい「大体、君としては、ぼくと結婚する気なんかないんだろう」と言ってしまい、ユカリが沈黙の後「とんでもない勘ちがいしてたわ〜あたし、結婚の申し込みというのはもっとロマンチックなものだと思ってたのよ〜現実ってこういうものなのね」と、話がとんとんと進んでしまう。

 さらに事態は加速していく。
 ユカリも知らなかったのだが、彼女の祖母は殺人罪で服役しており、出所してきた祖母が、一人暮らしは淋しいといって、新婚家庭に転がり込んできたのだ。

 これは英介の「官僚としてのぼくの経験から言うと、既成事実がある程度できあがった場合は〜そういう『時の勢い』を尊重するほうがいい」という処世術が大いに影響しているのであろう。

 しかし、英介の、「酔った頭でおかしなことを思いつめたのだが、それは、たしかに日本の警官のなかには悪い奴がいるかもしれないけれど、しかも何もそのせいで僕が年寄りの泣き言を聞きながら黙々と稲荷ずしを食べる羽目にならなくてもいいじゃないか〜何も栃木刑務所で五月から八月まで、味噌汁が極端に薄く〜一週間に一度くらいの夕食の牛肉、ないし豚肉、ないし鯨肉(これが一番多い)がほかの八ヶ月の半分くらい(三月にくらべれば三分の一か四分の一)しかなくたって、僕が妻にくどくどと謝られ〜結局はこの結婚が間違いだったのではないかなどと反省しなければならない理由がどこにあろうかと、憤慨」する気持は何となく理解できる。

★★★

 


(635) 『たった一人の反乱』下巻(著:丸谷才一。講談社文庫)

 下巻に入るなり登場したのが、朝鮮人参酒のセールスをしつつ、空き巣の下見をするニンジンお豊。ユカリの祖母歌子はお豊の脱獄の幇助をしたため出獄が伸びたようなのだ。

 ユカリの父野々宮教授は大学紛争のあおりで教授会ともめ大学をやめてしまう。
 また、防衛庁行きを断って通産省をやめ、妻からぶつぶつぼやかれるのがおもしろくなく、わだかまりがつづいていた頃、「奉公人の分際でこんな・・・・・でも奥様の御機嫌は何とかいたしますから、英介様、気になさらずに、どうぞ・・・」といわば賛成と激励を受けて以来、その忠誠心を疑うことのなかった女中ツルが突如スカウトを受けて家を去る。

 学生たちが機動隊と暴れ、一般人の野次馬も投石しまくった夜(新宿騒乱事件か?)、歌子がユカリの知り合いの社会派カメラマン貝塚に保護され真夜中に帰ってくる。野球選手のようにきちんとワインドアップして、何かを叫びつつ執拗に機動隊に砕石を投げ続ける和服の老女、それが歌子だったのだ。

 貝塚はある写真賞を受賞したが、選考委員を代表してある評論家が祝辞を述べようとした時、貝塚が「断る。お前の祝辞は断る」とどなったことで授賞式は大混乱となる。そして、その夜、ユカリは帰ってこなかった。

 次々にいろいろなことが起こるのだが、最後は何となくハッピーエンドになる。
 貝塚と浮気したユカリだったが、英介の妻として生きるしかないと覚悟を決めて家事に励むようになった。
 英介は、栃木の工場長に転任し、最初こそ業績が悪かったが、長年の課題だった人手不足問題を根本的に解決して大好評を得る。職場で冴えぬ中年男が「何しろ栃木で女が集まっているところと言えば、刑務所だけですからな」とつぶやいたことで女囚活用というアイデアを思いついたのだ。英介は刑務所から通ってくる女囚と、昼は同じ食堂で食事をし、昼休みにはともにバレーボールやドッヂボールに興ずる。この偏見のなさに周囲はすっかり舌を巻いたが、何のことはない、英介は栃木刑務所あがりの殺人犯の女囚と同居していたのだから。
 ツルは、最初に任せられたスナックバーは店じまいしたものの、ラーメン屋に切り替えたところ、今度は押すな押すなの盛況。
 野々宮教授は、貝塚の授賞式の大混乱を飛び入りのスピーチで何とかおさめてしまったことが評判となり、講演や原稿で多忙を極め、TVの深夜番組までもつようになる。

 巻末解説で秋山駿氏が評しているとおり「いかにも華やかで、ふっくらとしていて、そして豊富な小説」であった。

 それと印象に残ってるのが、女性が、男には思いもやらぬことにこだわり、傷つくということ。男がそれだけ鈍感だと言い換えても良いと思うが。
 ツルは辞める間際に「あの、英介様、今度の人には『女中』という言葉は使わないよう、奥様や御隠居様におっしゃるほうがよろしゅうございますよ」と切り口上で言った。
 また、ユカリが家を空けた翌日、英介は貝塚のアパートに行った。そこにいたユカリが「愛情が薄いからこういうことに・・・」とつぶやき、思わず英介が「おい」と大きな声を出し「たとえばどういうことだ。言ってみろ」と顎をしゃくったとき、ユカリは「たとえば・・・・・ベッドのことね。前の奥様のベッドをそのまま使わせるなんて、ひどいじゃない。あたし、あれが厭で厭で。たとえば・・・・そういうことなのよ」
 これで思い出すのが、嫁さんと結婚する少し前、私の母親と一緒に家財道具を買いに行った時のこと。嫁さんはほんと身一つで来たので、うちの家から使い古しで使える家具を持って行ったり、最低限のものだけ買って新婚生活を始めることにした。
 ライサーてな名前だったと思うのだが、縦長の米びつがあった。1、2、3という数字がついたレバーがついており、「1」のレバーを押し下げると1合の米が出てくる。5合出したい時は、「2」と「3」のレバーを同時に押し下げるんだったかな?
 で、私の母親が「まあ、米びつはいらんわな」と言い、私も別にあんな大層なものなんかなくても、米袋にカップ入れてすくえばええやんと思ったので「せやな」と言って、次のものを見に行こうとした。
 すると、嫁さんが、私の袖を引っ張って、泣き出しそうな声で「・・・米びつ欲しい・・・」と言ったのだ。ああ、米びつ欲しいんや、と思った。
 英介は、ユカリに「今まで言わなかったじゃないか、そんなこと、一言だって」とうろたえながら返す。うんうん、「今まで言わなかったじゃないか」という英介の気持、そして「言わなきゃわからないじゃないか」と訴えたい気持はよくわかる。でも・・・・「言わなきゃわからないじゃ、だめなのよ」、今の私には、そう奥様方から返されることもわかるのだ。

★★★

 


 今月も、まだまだ書評が大量に積み残し。



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