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アジア映画れびゅう(34)「小さな中国のお針子」  

(ご注意)かなりネタばれです。まだ観てなくてストーリーを知りたくない人は、お気をつけください。
 
また、記憶違いなども多いでしょうが、ご容赦ください。


「小さな中国のお針子」

(ストーリー)
 1971年、下放によって山奥の村に派遣されたルオ(18歳)とマー(17歳)。山の上の段々畑まで肥え桶をかついであがったり、慣れない鉱山作業に苦労する二人。
 
 しかし、苦しいことばかりではなかった。仕立て屋の孫娘「お針子」と親しくなる二人。
 二人は字を知らない「お針子」にバルザックの小説などを読んでやった。

 ある日、ルオが親の病気で故郷の都会に戻ることになった。
 ルオは、留守中「お針子」の面倒を見てやってくれとマーに頼む。

小さな中国のお針子

 実は、「お針子」はルオの赤ちゃんを宿していた・・・・・


(あれこれ)
 村長が、村にやって来た二人の荷物を点検する。
 ルオが持ってきた料理の本を「お前たちは再教育のためにここに来たのであって、宴会をしに来たのじゃない。こんなブルジョアの料理などけしからん」と火にくべてしまう。
 マーの荷物はバイオリン。これも燃やされそうになったが、ルオが「マーの演奏を聞いてみてください」と取りなす。
 曲名を聞かれ「モーツァルトのソナタ」と答えるが、ちゃんと答えろと怒り出す村長。すると、ルオが「曲名は『毛主席を想って』です」と答える。
 村長は字が読めないのでルオの本をさかさまに持っているし、バイオリンが何なのかも知らない。村長をはじめ村人の無知さをずいぶん戯画化しているし、マーの芸術好きだが愛想の言えないタイプ、一方、ルオの機転が利き、良く言えば要領がいい、悪く言えば小ずるいところを冒頭のシーンで手早く表現している。

 都会育ちの二人は、山道で転んで「下肥」まみれになったり、狭い坑道にはいつくばって手で鉱石を掘ったり、マラリアにかかっても医者や薬がないので村長に民間療法(冷たい水の中に放り込み、薬草の枝で背中をたたく)を受けたりする。
 それは異文化との交流なのだが、カルチャーショックを受けるのは都会の二人だけでなく、村人も同じだ。
 それまで日の出とともに起き、日の入りで仕事をやめていた村が、二人の持ち込んだ「時計」によって生活を規律するようになる。
 鉱山で働く村長の側に置かれた時計の針をこっそり進める。村長は「今日はやけに時間のたつのが早い気がするなあ」と首をかしげながら作業の中止を命じるシーンなどは象徴的だ。

 村になかった文字や文学、芸術も「都会」が持ち込んだ。
 二人より先にこの村には「メガネ」というあだ名の若者が派遣されていた。従順に村長の指示に従い農耕に勤しんできたのが評価され、彼は一足先に帰郷することになった。「メガネ」が隠し持っていた外国の小説本を、「お針子」と二人は共謀して盗み出す。
 奪った本を隠した洞窟が、その日から三人の「図書館」になった。

 映画後半、話は現在に飛ぶ。マーはバイオリン奏者としてフランス在住15年。TVで三峡ダム建設であの村が水没すると知り、矢も盾もたまらず飛行機に乗る。
 そして、上海で歯科医として成功しているルオを訪ねる。
 二人は酒を酌み交わしながら、マーの撮影してきた村のビデオを眺める。
 年老いた村長が、そして洞窟が映し出される。想いは27年前の「お針子」との別れへ。
 ある日突然、「お針子」が新たな人生を求め、都会で運を試すといって家を出たと聞き、あわてて追いかける二人。
 途中で追いついたルオ。

「もう決めたことなの」
「何が君を変えたんだ」
「バルザックよ」
「別れの言葉もなしか」
「おじいちゃんをお願い。私は都会でも大丈夫よ」

 頭をかかえて道端にへたりこむルオに軽くキスをして、頭をなぜて立ち去り、決然と歩みを進める「お針子」。 
  
 「あの後『お針子』を探しに行ったんだ。深圳で働いていると聞いて。見つからなかった。香港へ行ったらしい。・・・・・・・お前も惚れていたんだろ。俺たちの愛し方は違っていた」ルオはマーに語りかける。
 しかし、ルオは、「お針子」が出ていって、また、見つけることができなくて、心の中で、どこかほっとしたところはなかっただろうか。
 マーは危険を冒して、「お針子」の中絶手術をしてくれる医師を探した。手術のあと、「お針子」を背負って近くの町へ向かう。つらい手術を乗り越えた「お針子」を慰めるため、これで何か買い物でもしな、とお金を差し出す。村では現金収入を得る途がない。マーは、宝物のバイオリンを売ったのだ。
 ルオは、「お針子」の妊娠を知っていたのだろうか。

 仕立て屋は、「お針子」が小説を読んでいることを知り、ルオに「孫娘の様子がおかしいのだ。1冊の本が人生を変えてしまうことがある。お前に洋服仕立てを教えるからこの村で暮らせ」とすすめる。
 しかし、仕立て屋も、『モンテクリスト伯』の「読み聞かせ」の影響で西洋風の服を作り始めるようになり、「鳳凰山に地中海の風が吹く」ようになる。彼も変わった。
 「女性の美しさこそ最高の宝」というバルザックの言葉を糧に、人生を変えた「お針子」。
 「至福のとき」のヒロイン同様、彼女は明るい未来を約束されているわけではない。むしろ、学歴もコネもない無謀な旅立ちであって、悲惨な末路が大いに予想される。しかし、彼女たちは、現在(いま)の場所にとどまっていることはできなくなってしまった。将来(さき)がどんなものであっても、一歩を踏み出す勇気を「得てしまった」のだ・・・・

(資料)
2002年 フランス作品
監督:戴思杰(ダイ・シージェ)
主演 お針子:周迅(ジョウ・シュン)
ルオ:陳坤(チュン・コン)
マー:劉Y(リュウ・イエ) 

原題:バルザックと小さな中国のお針子
  Balzac et la Petite Tailleuse Chinoise

★★★



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