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アジア映画れびゅう(32)「至福のとき」 
 

(ご注意)かなりネタばれです。まだ観てなくてストーリーを知りたくない人は、お気をつけください。
 
また、記憶違いなども多いでしょうが、ご容赦ください。


「至福のとき」

(ストーリー)
 初老のチャオは、これまで何度も見合いに失敗している。今度の交際相手は、2度の結婚歴があるし、子どももいる太った女性だったが、チャオは何とか話をまとめようと必死だ。彼女は、立派な式を挙げるには5万元はかかるという。

 チャオは友人のフーに金を借りようとするが、フーは金はないが、いい考えがあるという。それは、広場で置き捨てられた廃バスを改造して、恋人達の休憩所に貸し出そうというアイデアだった。
 チャオは乗り気ではなかったが、けっこう人気があった。彼女の家に遊びに行って、ホテルの共同経営者だと自慢するチャオ。彼女の家には、彼女にそっくりの太った生意気な男の子のほかに、前夫の連れ子の少女がいた。前夫は、家の金を持ち逃げしたうえに、眼の不自由なウーイン(呉穎)を置き去りにして行方をくらましているのだという。
至福のとき   彼女は、チャオにウーインをホテルで住み込みで働かせろ、マッサージは上手いという。仕方なくバスのある広場に連れて行くと、役所が、公園整備のため廃バスを撤去していた。

 チャオは、仲間に頼んで廃工場の一角に「マッサージ室」を急拵えで造った。場所は造ったが、客がいない。仲間に「客」になってもらうことにしたが、みんなリストラ中の身なので金がない。
 仕方なく、チャオはみんなに少しずつチップ用の金を渡したが、こんな生活が続く筈もない。
 TVを質に入れたりしたが追いつかず、やむなく、紙幣の代わりに手触りの似た紙でごまかすことにしたのだが・・・・・

(あれこれ)
 名監督による感動の佳品といったところなのだが、その実、つっこみどころ満載の映画といってよい。

 誰しもが感じる疑問点と思うが、おさらいしていきたい。
1.なんで、あんな女に?
 チャオの交際相手は、ごっつい女性。外見だけじゃなくて、性格も悪い。息子が、またくそ生意気で最悪。
 中国では一人っ子政策の影響で、子どもを周囲が甘やかすので「小皇帝」と呼ばれるワガママな餓鬼が増えているそうだが、まさにその典型として描かれている。
 まあ、彼女にしたら、ウーインとは血がつながっていないし、前夫を愛しているならともかく、喧嘩別れしたうえに金を持ち逃げし、娘だけ厄介払いで残していったのだから、可愛がれと言う方が無理とは思う。
 しかし、チャオが見ている前では息子と同じようにアイスクリームを与え、彼が帰ったとたん「何様のつもり!」と取り上げたりする。あー、食べ物で差別するとは、何てわかりやすい継子いじめ。

 また、チャオがウーインを「ホテルの従業員としての面接」で連れ出したが、すごすごと帰って来た時、ウーインはショックを受ける。自分の部屋が、息子用に変えられていたのだ。
 家具の配置が違うので、呆然と手探りしながら歩くウーインが、あちこちでぶつかるシーンには、あざとい演出と思いつつも、ほとほとウーインに同情してしまう。

 つまり、この母・息子ペアがあまりにも「悪役」として類型的・典型的に描かれすぎて、物語の造りが薄っぺらになっている。
 で、しかも、何でチャオがこんな女に夢中になっているのか、本気で結婚したがっているのか説得力がない。

 さらに、この女がけっこうもてていて、チャオが「ホテルの社長」ではないと知るや、さっさと別の男(けっこう裕福そう)に乗り換え、結婚まで済ませている。う〜ん。中国は、トンガとかのように「デブ専」(←専門用語ですみません)が多いのだろうか。
 
2.なんで下着姿で?
 ウーインはパジャマを着る習慣がないのか、持ってないのか(多分継母が与えていないのだろうが)家の中では上はアンダーシャツ、下はパンティ一丁という下着姿で歩き回っている。

 思いっきり好意的に解釈すると、継母がウーインに食事もろくろく与えずがりがりに痩せていること(主役のドン・ジエは、撮影前にずいぶんきついダイエットを強いられたらしい。「胸」などはほぼ平面)、年ごろの女性なのに夜着も与えられていないことを表現するため、と言えないこともないが、普通に考えれば、監督の個人的趣味か、または観客へのサービスショットといったところか。チャオの家でも再び下着姿で歩き回るのだが、別にこのシーンの必然性はないし。

3.何をさせるつもりやってん?
 チャオは、ウーインを連れ出し、フーと一緒に「面接試験」をする。そこで、チャオが「あんたのお父さんは、何で出ていったんだ?」とか聞く。
 まあ、これはチャオが面接にかこつけて聞き出すという形で、ウーインの過去を観客に語らせるという意味がある。

 で、ウーインは生まれた時から盲目ではなく、脳に腫瘍ができてだんだん見えなくなった。実母は小さい頃に死別した。学校は小学校で中退した。父と継母は最初からけんかばかりしていたなどとわかる。

 面接後、彼女をバスのところに連れて行き、そのバスがクレーン車で吊り下げられているのを見て呆然とするのがギャグの一つなのだが、もしバス(つまり、お休み処「至福のとき」)が残っていたらウーインを店番にでもするつもりだったのだろうか。眼が見えないから、カップルも気をつかわないとでも?

4.そら、ばれるやろ?
 チャオは工員仲間に頼み、閉鎖された工場の一角を囲み、鉄板にはボール紙か何かを壁紙風に貼って、そこを自分が経営するホテルのマッサージ室と触れ込む。
 改装にあたって、本物のマッサージ店を見学に行き、回転ドアで室内に入り「これはいかん。ここは高級すぎて参考にならん」と、そのまま回転して出て行ってしまうという小ギャグもあった。

 うつぶせになった時、呼吸できるようマッサージ台には顔の穴が開いているのだが、うっかり大きく開けすぎて、寝ると身体がそこにはまり込んでしまうというギャグもあった。

 廃工場なんで静か過ぎると思うと、街頭の雑踏を録音してラジカセで鳴らすし、金がなくなると紙を切って使う。気がつかないと思っているのか。
 身代金のニセ札束でも、上と下は本物を使うのだが。
  
5.なんで轢かれるねん?
 チャオは必死になってウーインを養っているというのに、あの女とはなかなか連絡がつかない。久しぶりに家に行くと、彼女は別の金持ち男と抱擁中。
 なじると、逆に責められた。今までついていたホラが全部彼女にばれていたのだった。

 失恋のショック(←ショック受けるのか!?)で、チャオは道端にへたりこみ、くだを巻いている。やけ酒を飲んで泥酔状態なのだ。
 「デブにろくな奴はいない」と毒づいたのを、通りがかりのデブに聞かれてしまい、殴られる。

 顔を腫らし、ファーストフード店で座っているチャオ。彼は、ふと我に返った。

 紙のお札が通用したことに嬉しくなった連中は、やたらウーインのところに通い、「チップ」をはずみまくった。それで、ウーインは、こんなに稼げたのは初めてだからお礼をしたいと、チャオとフーを食事に誘った。もちろん、「あんたの金を使わせるわけにはいかないから、俺がおごるよ」と言ったのだが。
 そこで、ウーインは、チャオに手紙を渡し、読んでくれるように頼む。継母は読んでくれなかった手紙だ。チャオは、借金を返せないから、そちらへは帰れないとしか書かれていない手紙を読み上げ、ウーインに「私のことは書いてないの」と詰め寄られ、返事に詰まる。仕方なく、何か書いてあるが字が小さくて今は読めない。明日読んでやるとごまかしていたのを思い出したのだ。
 店員にペンと紙をもらい、父になりかわって手紙の続きを書く。そして店を出たチャオは大型トラックに轢かれてしまうのだ。

 殴られた直後なら、絶望のあまり、実質は飛び込み自殺か、とも思われぬもなかったが、酔いもさめ、明日には読んでやろうと考えていたのだから、全くの事故なのだろう。

 持ち上げては「殺してしまう」(本作では意識不明で、まだ死んでないが、この後助かるとも思えない)のは、映画『活きる』でもさんざん使われた演出なのだが。

6.読んでどうすんねん?
 報せを聞き、病院に駆けつける仲間たち。フーは手紙のやり取りの時同席していたので、血染めの手紙を見て、全てを覚る。そして昏睡状態のチャオに「気持ちはわかった。明日、読むよ」と呼びかけ、皆でチャオの家に。

 ところがウーインはおらず、テープレコーダーだけが残されていた。そこには、置き手紙代わりの録音が。
 ウーインは、最初から気付いていたのだ。(←そら、そうやろう)
 これ以上迷惑をかけられないから、出て行きます。探さないでください。お金はニセモノだったけど、皆さんの心は本物でした。私にとっては、初めての至福のときでした・・・。泣かせるセリフのオンパレードだ。

 吉本新喜劇でよくこんなストーリーのものがあった。都会で就職したダメ社員だが、田舎には見栄をはって「俺は出世競争のトップに立っていて、この若さで、店を1軒任せてもらうようになった」とかデタラメの手紙を出している。ところが、急に母が上京してきて、店のみんなに挨拶に来るという。
 困った主人公は、上司や同僚に相談し、故郷のおふくろさんを安心させたくてやったことだから、と周りの者も母親が上京している間だけ、彼が店長のように一芝居うつことになった。
 平社員に偉そうにされて上司がむかむかっと怒るのだが、「おや、あんた部下のくせに、店長に逆らうんですかあ」などと開き直り、ますます増長はエスカレート。
 上司は歯をくいしばってがまんする・・・てのがお約束のシーン。
 ラストもお約束で、母親が「最初からわかってました」と店のみんなに礼をいうのがパターンであったが、それを連想させた。

 で、フーはやおらテープを巻き戻し、もう一度再生。ウーインの声にかぶせて、チャオの手紙を読み上げる。テレコに聞かせてどうするのか。探しには行かないのか。まあ、チャオの手紙の内容を観客に伝えないといけないしなあ。

7.いきなりひとりで、どうするねん? 
 ラストシーン。雑踏の街を一人歩くウーインの姿に、チャオの手紙を読み上げる声がかぶさる。
 今は無理だが、金をためて必ず迎えにいく。そして、眼を治そう。そうすれば、お父さんの顔を見れる。学校にも行ける。
 つらいこともあるだろうが、信じて頑張りつづけることだ。希望を失わなければ、いつか夢は叶う。すべては良くなる。きっと、その日は来る・・・・・

 コツ、コツ、コツ・・・・・ウーインが突いている(それまでは持っていなかった)杖の音が響く。

 ウーインの顔は、決然としてりりしい。しかし、画面に写る、病院のベッドに横たわるチャオは、管だらけで微動だにしない。
 ウーインも、金はない、父親の行き先のあてもない、親戚や助けてくれる知り合いもない状態で、その日のねぐらすらどうなるものか。

 おいおい、いくら何でも無茶やろう。エンドマークが出た時には、いささか呆然としてしまった。ほんまに、これで終わっちゃうの?、と。

8.ヒロイン可愛すぎ?
 ヒロイン董潔は、5万人の中からオーディションで選ばれたそうだ。
 女の家で初めて登場した時のウーインは眼に光がなく、無表情で爬虫類のような印象を受けた。
 毎日いじめられ、自分を守るためには感情を押し殺すしかなかったのだ。

 マッサージ室に初めて出勤した時、ウーインは「私、一番いい服を着てきたの。いい印象を与えないと」と微笑む。

 自分の足を自分で食う「タコ足チップ」だったが、初めて金を稼いだウーインは、アイスクリームをねだる。
 25元もしたのでチャオはアイスキャンディーですませる。眼が治ったら社長さんの顔が見たいと言って、繁華街の真ん中でチャオの顔、そして身体をたどっていくウーイン。ああ、うらやましい。いや、あの、その、げふんげふん。

 チャオはTVを質に入れ、ウーインに新しいヒマワリの花柄の服を買ってやる。嬉しそうなウーインの表情、マッサージ室で「客」が喜んでくれ、気持ちよさのあまり眠ってしまったので、そっと毛布をかけてやる時の表情。
 それは、あの女の家にいた時の無機質な表情とはまるで別人だ。人から愛されていると感じられること、自分が人の役に立っていると実感できること。それがどんなに大事なことか、あらためて感じさせてくれた。
 この映画のキャッチは「ありがとう 生まれて初めての笑顔です」なのだが、笑顔を取り戻して、ウーインは、初めて「生きている」と思えたのだろう。

 なお、映画のサイトはここから。 
 
(資料)
2002年 中国作品
監督:張藝謀(チャン・イーモウ)
主演 呉穎(ウーイン):董潔(ドン・ジエ)
チャオ:趙本山(チャオ・ベンジャン)
フー:傅彪(フー・ピアオ)     リー:李雪健(リー・ショエチェン)
ニウ:牛犇(ニウ・ベン)      継母:董立茫(ドン・リーファン)

原題:幸福時光   Happy Times

★★☆



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