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仏画(31)平成17年度美術史ゼミナール  番外編「釈迦八相」場面別解説 「涅槃」編
                          〜 私の右手は、どこでしょう? 〜


1 はじめに

 釈迦八相とは前回でも説明したとおり、釈尊の生涯における主要な事蹟を挙げたものであるが、この八場面とする、といった明確な基準が定められているものではない。

  ここでは、主な場面について、大まかな特徴をあげていきたい・・・のラスト2回目。


2−1 涅槃(死)

  図録『特別展 ブッダ釈尊』(奈良国立博物館)の解説によると、涅槃図は大きく形式が二分されるようである。

種別 特徴 作例
第一形式 (1) 画面は方形もしくは横長

(2) 釈尊は両手を体側につけ真っ直ぐ宝台に横たわる。

(3) 宝台のまわりに参集する仏弟子等の人数は少なく、一人一人大きく表される。

(4) 中国の涅槃図では原則として動物の参加を認めなかった伝統をうけて、動物の姿は少ない

(1) 和歌山 金剛峯寺本
(2) 奈良 達磨寺本
(3) 奈良 新薬師寺本
(4) 兵庫 鶴林寺太子堂後壁画(1112年)

※ 後代だが似た様式のもの
(5) 村山家 東京国立博物館本
(6) 滋賀 石山寺本
(7) 奈良 宗祐寺本
(8) 愛知 宝生院本
(9) 和歌山 浄教寺本
第二形式 (1) 画面は縦長

(2) 右脇を下にし、右臂を屈して手枕にするなど涅槃経の所説を忠実に再現する。

(3) 仏弟子などの会衆を数多く描く。仏弟子の表情は宋元画の影響で、晦渋な羅漢相で描かれる。(阿難も老相で)

(4) 参集する動物も数多く、ラクダ、手長猿などが混じる。
 

(1) 福井 本覚寺本

(2) 奈良国立博物館本 

 まずは仏涅槃図の代表作から。 

仏涅槃図 和歌山 金剛峯寺本 <参考画像(31)−1>
仏涅槃図 和歌山 金剛峯寺本 平安時代(応徳3年=1086)

 涅槃図は、周りの会衆などに着目してもおもしろいのだが、今回は特に釈尊の右手に着目する。

 本図は確かに右手を身体に沿って伸ばしている。

 全体の参考画像は、HP「高野山霊宝館」:絵画などで。

 この絵では参集する動物としては、右隅に獅子が一頭だけ描かれている。

 

 手の形が似たものとしては、

仏涅槃図 東京国立博物館本 平安時代(12世紀)

仏涅槃図 京都国立博物館本 南北朝時代

仏涅槃図 和歌山 浄教寺本 鎌倉時代(13世紀) など。

仏涅槃図 滋賀 石山寺本 <参考画像(31)−2>
仏涅槃図 滋賀 石山寺本 鎌倉時代(12世紀)

 右手にご注目いただきたい。
 右臂を曲げて、さらに目を見開いているものだから、何だか「よぉっ!」と声を掛けられているように見える。

 続いて次のパターンを。

仏涅槃図 愛知 宝生院本 <参考画像(31)−3>
仏涅槃図 愛知 宝生院本 鎌倉時代(13世紀)

 上掲の分類では一応第一形式に含まれているが、だいぶ第二形式に近付いているように思われる。

 手枕には違いないが、腕は体側についており、何故だかスーパーの食品売り場で掌を頬に当てて「う〜ん 晩御飯のおかずは何にしようかしら?」と悩んでるおばちゃんのようにも見える。

 なお、左で切り取った画面の右下隅で目をつむって嘆き悲しんでいる阿難とその横で碗を手に持ち、介抱しようとする阿那律(悲嘆のあまり悶絶した阿難に阿那律が冷水を振り掛けて正気づかせる)も描かれている。

 さらに、次のパターンを。

仏涅槃図 奈良国立博物館本 <参考画像(31)−4>
仏涅槃図 奈良国立博物館本 元時代(13世紀)陸信忠

 要するに、完全な「手枕」のパターンである。

 なお、全体の画像は奈良博HPのここから。

 これは、中国で描かれた涅槃図である。
 『仏画の観賞』の解説によると、インドや中国での涅槃図では沙羅樹は左右に1本ずつ、計2本描かれる。
 そして、日本で描かれた涅槃図では宝台の四方に2本ずつ、計8本描かれるのが特徴だそうだ。
(沙羅双樹であるから2本セットでないといけないのだが、ペアの組み方が違うのである)

 さて、これまでの涅槃図と、下に掲げる涅槃図の大きな違いがおわかりだろうか。

左下
<参考画像(31)−5>
仏涅槃図 京都知恩寺本 鎌倉時代

右下
<参考画像(31)−6>
仏涅槃図 京都 長福寺本 宋時代

仏涅槃図 京都知恩寺本 仏涅槃図 京都 長福寺本

 左の知恩寺本では手の形がわかりにくいが、袖の形から推測するとやはり手枕をしている。
 右の長福寺本は、手の形自体は上掲の石山寺本とほぼ同じ。

 どこが違うか、と言うと「視点」が違うのである。釈尊が乗っているベッド(宝台)を足元の方から見た形になっているか、それとも頭の方から見た形になっているか、が異なるのである。

 一般に、上掲のような知恩寺本や長福寺本のように、釈尊の頭の方から見おろした形で描かれるものの方が鎌倉時代以降で、時代が新しいようである。

 今後、画面の形、右手の形、沙羅双樹の本数、会衆の人数、動物の種類、宝台の傾きなどに着目して「涅槃」図をご覧になるとおもしろいのではないだろうか。


仏涅槃図 福井県 谷田寺本
 鎌倉時代

釈迦八相図
(東林寺HP) 涅槃

釈迦八相図(海圓寺HP) 入涅槃



 

 それでは、皆さんごきげんよう♪ 


 

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