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(No156) 仏教と落語と相愛大学


 平成22年10月15日の相愛大学講演会の鑑賞メモ。

 

 


講師:釈徹宗

 キリスト教を知らないとクラシック音楽を本当に知ることができないと思うのですが、それと同じような関係が仏教と落語の間に成立すると思います。

 

 古典落語に「浮世根問」など「根問」ものというジャンルがあります。物知りの隠居に無学な者が繰り返し質問することで笑いを生むものです。

 そこで「極楽」はどこにある、仏壇の中にあるというような会話の中で、この落語での隠居は浄土真宗大谷派、いわゆる東本願寺派の信者であることが分かります。というのも、この落語のオチである鶴と亀の形をした仏具、ろうそく立てを用いるのが大谷派だからです。

 「芸能」のほとんどは宗教儀礼からスタートしています。「藝能」という字は、「表現」という意味や、真似をするという意味の字でできています。

 そこから、「わざおぎ」という存在が生まれました。「わざおぎ」とは俳優、芸能を金儲けの手段とした人間のことです。

 

 演劇は「勧進劇」からスタートしています。寺院への寄付を集めるためにエンターティメントをしたのが勧進劇です。

 折口信夫は、「平安末以降の芸術のほとんどすべてで、踊念仏の影響を受けていないものはない」と言っています。

 「高座」というのは落語で生まれた言葉ではなく、仏教のお説教をするため高く設えた場を「高座」というのです。



 「説教」については二つの流れがあります。

 一つは安居院流(あぐいんりゅう)。この祖は天台宗の澄憲(ちょうけん)及びその子の聖覚(せいかく)。

 もう一つは三井寺流。この祖は定円(じょうえん)。

 三井寺流は安居院流に吸収されました。さらに三井寺流は浄瑠璃に転化しました。

 澄憲は還俗して子の聖覚を得て、聖覚は法然の弟子となりました。親鸞は兄弟子である聖覚を深く尊敬していたといわれています。

 安居院流は御文(おふみ)に活かされ、さらに『平家物語』にも影響を与えたといわれています。

 安土桃山から江戸時代の浄土宗の僧侶安楽庵策伝は『醒睡笑』を著しました。説教のコツは「初めしんみり、中おかしく、終わり尊く」と言われています。『醒睡笑』は、この「中おかしく」ばかりを集めたものと言えます。

 落語で有名な「平林」とは彼の出家する前の名字とも言われています。

 露の五郎兵衛は日蓮宗の僧侶です。そのほか米沢彦八、鹿野武左衛門が金をとった、いわば職業落語家の起源と言われています。

 落語とはメーキャップなし、声色なし、背景なし、衣装なしの世界唯一の芸術です。

 語り手の存在が消えてしまうのが理想だと言われています。

 上方落語の中心は船場です。築城の時関わった人が集まった場所です。
 大阪城の地にはもともと石山本願寺がありました。御堂さんがあります。浄土宗の門徒さんが多いのです。

 こうした船場の子女の教育を一手に引き受けてきたのは相愛大学であると過言ではありません。 ・・・・・・・・少々過言しないと面白くない。

 


 お疲れ様でした。

 
 
  

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