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中国美術展(2)大阪市立美術館「海を渡った中国の書」鑑賞記

1 特別展の内容について

 天王寺公園内の大阪市立美術館で2003年4月8日から6月1日までの間、「海を渡った中国の書」と題した特別展示をやっている。「エリオットコレクションと宋元の名蹟」という副題がついている。
 書聖・王羲之(おうぎし)の「行穣帖」(こうじょうじょう)日本初公開というのが、大きな「うり」である。
 このほか、「蘇軾(そしょく)、黄庭堅米芾(べいふつ)や趙孟頫(ちょうもうふ)らの代表作が一堂に会する、空前の展覧会になります」ともいわれている。
 なんか、えらい展覧会らしいので、とりあえずのぞいてみることにした。




2 鑑賞雑感

 入場し、とりあえず特別展示室へ。いきなり三つの軸がど〜んとぶら下げてある。作品名は、というと、文徴明「行書太液池詩」(ぎょうしょたいえきちのし)、王鐸(おうたく)の「臨王羲之近得書・四月廿三日帖」(りんおうぎしきんとくしょ・しがつにじゅうさにちじょう)、そして傅山(ふざん)の「行書曹唐小遊仙詩」の三作。

 いずれも、とにかくでかいので、迫力がある。真中の王鐸の書は、「臨王羲之〜」とあるので、王羲之の書を忠実に真似ッこした書の筈だが、なかなか奔放な筆致であった。王羲之って、よく知らんけど、こんな字体なんやろうか、と思って解説を読むと、本書はそれほど正確に模写しているわけではなく、字句も適当にとばしたりしているらしい。

 で、本格的に展示室へ。いまの三作品もそうなのだが、最初はエリオット・コレクション(ジョン・B・エリオット氏による米国屈指の中国書蹟の蒐集。現在、プリンストン大学付属美術館に収蔵)が並ぶ。

 索紞(さくたん)の呉の時代の「隷書道徳経」なども並んでいたのだが、やはりうりものの王羲之「草書行穣帖」の所へ。(チラシのページへ飛ぶにはここをクリック)
 恥を忍んで告白するが、私は、あのような断片的な書(たった二行だし)では、良さがよくわからんのです。(「蘭亭序」などは、確かにしっかりとした素晴らしい書だなとは思うのだが)
 相変わらず、所蔵印がぺたぺた押してあるし、跋文(董其昌乾隆帝など)がやたら多い。ただ、巻頭に「王羲之行穣帖真蹟 神品 内府秘寶」などと書いてあり、収蔵者の思い入れは伝わってくる。

 おかしかったのは、私の横でこの書を眺めていた観覧者のおじいさんやおばさん達が、
「さすが王羲之やねえ」
「書聖て、言われてるんやで。やっぱ見事な字やなあ」
 などと感心していたこと。

 いや、感心するのはかまわないのだが、跋文のとこを指してたのだ。私も、この書がすべて読めるわけちゃうけど、あなたが指差してるとこ、「〜董其昌〜」って書いてますやん。「草書行穣帖」ってなってるのに、あなたが見てるとこ明らかに楷書ですやん、と思ったのだ。

 何か偉そうに言ってるようにとられると困るのだが、「王羲之の書は、ここからここまでですよ〜」ってな解説があってもいいかな?とちらりと感じた。

 この書の巻頭には「真蹟」と書いてあったが、実際はほんとの「真筆」(←何か変な言い方だが)ではない。解説によると「双鉤填墨」(そうこうてんぼく)という手法で特に精緻に再現したものらしい。どんなすごい手法なのだろうか?
  
 あとは、アトランダムに。
 私は書に詳しくない。きっと自分でも書道をかじっていると、こんな展覧会でも、もっと深く理解ができると思う。あんな運筆はできないなあ、とか墨色がすばらしいとか。

 北宋の米芾の書があった。「行書三帖」とある。「歳豊帖」「逃暑帖」「留簡帖」の三つ。確か冒頭に、いずれも「芾頓首再拝」とか書いてあったので(正確には覚えていない)手紙なんだろう。(チラシのページへ飛ぶにはここをクリック)
 「留簡帖」は、他の二つに比べ、余白が多かったり、少し字が走り書きっぽいように思えた。時間がなかったのか、気のおけない友人に出したものなのかもしれない(←何も確たる根拠はありません)。

 趙孟頫といえば、NHK「故宮」のとき、代々南宋に仕える名家でありながら、早々と元朝に仕えフビライの側近となった・・・とあった。浴馬図調良図など絵画が多く紹介されていた。
 その趙孟頫の書がたくさん展示されていた。「楷書湖州妙厳寺記」。巻頭のタイトルが篆書で大書されてるのがおもしろい。篆書ってデザイン的によくできているなあと思う。
 本文は、薄く方眼紙のように切られた桝目の中に、かっちりした文字が連ねられていた。

 明代の祝允明(しゅくいんめい)の「草書李白蜀道難・懐仙歌」李白が題材になっているせいもあるのかどうか、とにかく実に自由奔放な筆遣い。
 右回り、左回り、途中で逆回転と楽しそうに筆をぐるぐる回してる姿が眼に浮かびそうだ。ひょっとすると、電磁波を回避する効果があるかもしれない。(←こんな要らない時事ネタを加えてると、「当時、渦巻模様で電磁波の悪影響を防ぐと称する白装束の集団があって・・・」なんて解説を付けねばならなくなるな)
 同じ作者でも「臨孝女曹娥碑・洛神賦」の方はかっちりきっちりした字体なのだ。
 そうそう、洛神賦といえば、先の趙孟頫が行書で書いたもの(チラシのページへ飛ぶにはここをクリック)も展示されていた。

 王守仁「行書与鄭邦瑞尺牘」(ぎょうしょていほうずいにあたうるせきとく)もあった。王陽明という方がわかりやすいだろう。ゆるぎない意志と深い哲学的思想がうかがえる書・・・とまではわからなかった。特にこれといった特徴は感じなかったのである。すんません。
 なお、本展示会では書名に尺牘(せきとく)という単語が頻出する。広辞苑によれば「てがみ、書状、文書」とある。いわゆる書簡文が多く展示されているということである。

 どど〜んと大きな軸がさげてあるコーナーがあった。清代の伊秉綬(いへいじゅ)と、同じく清代の何紹基(かしょうき)の「隷書七言聯」(れいしょしちごんれん)である。
 要は隷書という字体で七文字×二行、大書してある。伊のは「蒼官青士左右樹 神君仙人高下華」、何は「宇宙無邊萬山立 雲煙不動八窓明」

 隷書というのも、大きな字で観ると何か、とってもよろしいものですねえ。「止め」や「払い」のとこなんか、字というよりデザイン画のようで。


3 鑑賞雑感(その2)

 展示室は大きく二分される。後半は「日米収蔵 宋元の名蹟」と題されている。米・メトロポリタン美術館と東京国立博物館、藤井有鄰館など国内諸機関協力による展示である。

 トップは、蘇軾「行書李白仙詩」(重文 大阪市立美術館)。(チラシのページへ飛ぶにはここをクリック)
 ただ、正直に言って、私はこの書の良さがよくわからない。何か六行目くらいから左に傾いていってるでしょ。それと、例えば七行目の「梅」って字とか、目立つんだけど気に入らない字があって。字の大きさや傾きなんかもばらばらすぎる気がして。これを「力強い奔放な行書」と呼ぶべきなんだろうか。
 同じ蘇軾でも「黄州寒食詩巻」(こうしゅうかんじきしかん)などは素直に美しい!と思うのですよ。すんません、誠に至らぬことで。

 黄庭堅「草書廉頗藺相如伝」(そうしょれんぱりんしょうじょでん。メトロポリタン美術館)。『史記』列伝の一節を草書で綴っているのだろうが、達筆すぎて読めましぇん状態。
 縦ににょろにょろ〜と筆を伸ばして伸ばして、他の行は五つも六つも文字があるというのに、そこは縦の波線一本だけという行もあった。
(黄庭堅の「贈張大同書」チラシ参照)

 先ほどは米芾の「行書三帖」という作品があったが、ここでは同じ米芾で「草書四帖」(重文 大阪市立美術館)という作品が。「元日帖」「吾友帖」「中秋詩帖・目窮帖」「海岱帖」の四つ。

 朱熹(しゅき)の「行草書論語集註残稿」(ぎょうそうしょろんごしっちゅうざんこう。京都国立博物館)。朱熹というより「朱子学」の朱子といった方が日本史好きの人にもわかりやすいかも。
 文章を二重線で消したり、「吹き出し」を入れて新たな字句を挿入したり、推敲のあとが生々しく残っていて、興味深い。

 張即之(ちょうそくし)の「楷書金剛般若波羅蜜経」(かいしょこんごうはんにゃはらみつきょう。国宝 智積院)。南宋宝祐元年(1253)の作らしい。
 巻頭の「金剛般若波羅蜜経」という題名で八文字。次の行からは、一行につき十文字ずつ美しい楷書で経文がかいてあるのだが、題名の下、二文字分のスペースにちょうど収まるよう、ひとまわり小さい文字で智積院と縦に三文字並べ、枠で囲んだ赤い収蔵印がさりげなく押してある。べたべた押してなくて、実にシンプル。

 耶律楚材(やりつそざい)の「行書送劉満詩」(ぎょうしょりゅうまんをおくるし。メトロポリタン美術館)。 
 耶律楚材といえば、すぐ陳舜臣氏の著作を思い出すが、契丹族出身で金、モンゴル二朝に仕えた名臣である。本書は部下(だったかな?)の劉満という人物の旅立ちに際して壮行というかはなむけに書いたものと思うが、実に力強い、エネルギーの迸るような書である。

 耶律楚材に対しては、知的な文吏としてのイメージしかなかったので、やや意外な感も抱かせる書風であった。もっとも、考えてみればあの激動期に生き抜いているのだから、柔弱なようでは、もつ筈もないか。
 なお、耶律楚材の書というと、これ以外ほとんど現存していない、と解説に書いてあったように思う(←確たる自信なし)。

 趙孟頫「行書蘭亭十三跋」(ぎょうしょらんていじゅうさんばつ。東京国立博物館)。
 紙がぼろぼろなこと、まともな形をしていないことに、まず驚いた。趙孟頫が蘭亭序に書いた跋文らしいのだが、火災にあって欠損し、残っている部分も焼け焦げたりしているのだ。

 元代の馮子辰(ふうししん)の「行書居庸賦」(ぎょうしょきょようふ。東京国立博物館)。
 友人と居庸関に遊んだおり、その素晴らしさについて語るのに倦んだ筆者が書き上げたのがこの賦だとか。私も一度居庸関を訪れたことがある。何か私にも「ああ、あそこのことを言ってるのか!」と思える一節がないかと探してみたが、まともに読めないので早々にあきらめた。

 一番最後に印象に残ったのが、やはり元代の虞集(ぐしゅう)「隷書訓忠碑」(藤井有鄰館)。と言っても「ああ、やっぱ隷書はええの〜」くらいのアホな感想にすぎないのだが。
 


4 その他あれこれ

 
後半の「日米収蔵〜」の方、展示期間が限られており観ることができなかった書がけっこうあったのが残念であった。特に藤井有鄰館から出展されてるものが4点も「4月17日まで」ということで観られなかった。

 あと、「双鉤填墨」なのだが、展示室を出たところの記念品・参考図書売り場にあった本に「「双鉤填墨」の手法解説があった。
 ごく大雑把にいうと、ルーペなどで拡大しながら、筆跡の輪郭を正確に写し取る。そして、あとは、そのワク内に、はみ出さないよう気をつけながら墨を入れる。何のことはない、マンガ家のアシ(スタント)がよくやらされる「ベタ(塗り)」と同じじゃないのか?


 展示会は6月1日まで。あまり日がないので、興味のある方はお早めに!

 

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